第23話:炎虎襲撃の後処理

ヴェラスケス様が腕を引いた時、硝子がらすが砕け散るような音が響きました。



「壊れたわ!」



キュルケーが言うと同時に、目の前の霧とも光とも言えないもやが晴れます。


熱気が溢れると共に、燃え上がるレサヴァント邸と、その前で動く二つの人影が姿を現しました。さらにその足元には、たくさんの使用人や騎士が仰向けになっていました。



「レサヴァント卿!ラフィ様!ご無事でしたか!」


「ティオナ殿!ええ、ユウト殿のおかげでなんとか…」



ティオナとシュッツさんが情報共有をする中、私は倒れている人達に回復魔法をかけていきます。幸い軽度の火傷くらいだったので、あっさり治すことが出来ました。



「あと中にはどれくらいの人が?」


「おそらく二十一名かと」


「む!救助は俺に任せろ!」



二人の会話を聞いていたヴェラスケス様が、燃えるお屋敷の中へと飛び込んで行きました。



「はぁ、全くがあるからって油断しすぎね」



そんなヴェラスケス様の様子を見て、仕方なさそうにため息を吐いたキュルケーが、魔導書を開きます。


「水よ・集い流れよーー」


お屋敷の上に、巨大な青の魔法陣が現れます。初級魔法もキュルケーが詠唱すれば、大魔法に匹敵する出力になります。


「ーー《ワーテル》」



圧倒的な量の水が、一気に炎を鎮火します。おかげでかなりの濃さの湯気の霧で、辺りが包まれました。その霧の奥から、七人担いだヴェラスケス様が出てきました。



「消火助かったぞ!キュルケー!」


「べ、別に…当然のことをしたまでよ」


「ではもう一度行ってくる!聖女殿、こやつらを頼んだぞ!」



キュルケーにお礼を言ったヴェラスケス様は、また霧の奥へと飛び込んで行きました。



(ユウトさん…)



レサヴァント邸にいた人たちの救助をしながらユウトさんの姿を探しますが、一向に見つかりません。



「あの…ユウトさんは…」



あっという間にお屋敷内の人たち全員を連れてきたヴェラスケス様に、ラフィさんが心配そうに聞きます。それに対してヴェラスケス様は明るく返しました。



「いなかったが、ユウトなら問題ない!どこかで生きているはずだ!」


「その自信はどこから出てくるのよ」



励ましているというより、本気でそう思っているヴェラスケス様に、キュルケーがツッコミます。



「あやつの眼を見ればわかる!というわけで探してくるぞ!」


「待ってください!ユウト様は恐らく重傷です!」



早速走り出そうとしていたヴェラスケス様に、ティオナが静止の声を掛けます。



「下手に動かすこともできないと思うので、見つけ次第ここに戻って来てください。私とセシリア様で向かいます」


「承知した!」



ヴェラスケス様の姿が消えます。速すぎて全く目で追えないです。


倒れている人たちの治療は終わりました。最後に、ずっと治療の手伝いに奔走していたラフィさんを呼び止めます。



「ラフィさん、手を出してください」


「私は良いので、先に彼らを…」



騎士や使用人達を案じる彼女に、できるだけ優しい笑みを向けます。



「彼らの治療は終わりました。あなたが最後ですよ」


「あ、ありがとうございます!」



ラフィが勢いよく頭を下げます。顔を上げるよう伝え、手を治療。傷のない綺麗な手に戻りました。



「ティオナ殿!ユウトがいたぞ!あっちの木の下だ!」



ヴェラスケス様の焦った声に、私とラフィさんが勢いよく振り返ります。



「わかりました、すぐに行きます。セシリア様、ラフィさん、失礼します」



ティオナは私たちを抱えると、一気に加速します。景色が後ろへと飛んでいき、ものの数秒でユウトさんの目の前に着きました。



「「「っ!?」」」



あまりにも凄惨な光景に、私たちは声にならない声を同時にあげました。


皮膚なのか服なのか区別がつかないほどの火傷。裂けたり溶けたりして形が歪になった両腕。普通はありえない方向に曲がった両脚。場違いなほど綺麗なままのユウトさんの剣が、より一層その景色を不気味にしています。



「う、うぁ…」


「ティオナ!ラフィさんの目を塞いでください!」



正気を失いかけているラフィさんをティオナに庇ってもらい、私は深呼吸をします。正面に杖を構え、意識を集中。焦りを抑え、ゆっくり、ゆっくりと言葉を紡ぎます。


       「ーー我が始祖がもたらす慈愛の翠光よーー


        ーー彼の者を現世に繋ぎ止めたまえーー


       ーー彼の者が背負う苦しみを除きたまえーー


          ーー彼の者に世界の祝福をーー


          ーー彼の者に世界の純愛をーー


         ーー痛みの鎖は今解き放たれるーー


         ーー《シュメルタミエンティオ》ーー」



視界は激しく点滅し、耳鳴りがけたたましく聞こえます。そんな中でも、下からユウトさんの温もりと鼓動が伝わってきます。徐々に徐々に力強くなっていくそれに、ホッとして意識を手放しました。





ーーーー





「あれ…生きてる…」



俺の記憶では確か、炎虎をぶった斬った後、そのまま意識を失ったはずだ。



(お仲間さんに殺されると思ったんだけどなぁ。てかここどこ?)



ボヤけている視界とくぐもっている聴覚を頼りに、周りを確認する。背中側は草が当たってる感覚、お腹の上には温かさ。目の上には青と薄橙と金…ってもしかしてーー



「ラフィ?」



ようやくピントが合った視線の先には、沈痛な面持ちのラフィがいた。俺が名前を呼んだ瞬間、俺は温もりに包まれた。



「ユウトさん…本当に良かった…」



ラフィはぼろぼろと涙を溢しながら言った。



「無事に帰ってきたと思ったらすぐ大怪我して…死んじゃうんじゃないかって…」


「うん」



か細い声で吐露される心の内。本気で心配してくれたのだろうか。そうなのかな。そうだと…いいなぁ。



「怖かった…」


「…ごめん」



くっついているラフィの頭を撫でる。木々に囲われた中で、すすり泣くラフィの声が小さく響いていた。




一通り泣いたラフィは、疲れたのかそのまま寝てしまった。彼女を起こさないよう、ゆっくりと体を起こす。そしてお腹の上の温かさの正体が目に入った。



(セシリアだったのか…)



セシリアもラフィも落ちないよう支えつつ、完全に体を起こす。俺は二人に小さくお礼の言葉を呟いた。



「ラフィ、セシリア、ありがと」



陰翳を鞘に納め、スースーと規則的な寝息を上げる二人をなんとか抱きかかえて立ち上がる。すると、タイミングを見計らったかのように、木の陰からティオナが出てきた。夕日に照らされた彼女は、イタズラっぽく笑っている。



「ご気分はいかがですか?」


「バッチリ。怪我もないし、感覚も戻ってきた」


「そういう意味ではないのですが…」



俺の答えに何故かティオナは苦笑した。



「とりあえず、戻りましょうか」


「はーい」



ティオナに続いて歩く。林を抜けて出た先は、変わり果てた姿のラフィの豪邸だった。さっきまでいたのは林ではなく庭だったらしい。


正面玄関の方まで行くと、ヴェラとキュルケーとシュッツが何やら話していた。



「ユウト殿、よくぞご無事で」


「む!生きていて良かったぞ!」


「そうね。今いなくなったら寝覚め悪いし」


「セシリアがいなかったら死んでたよ」



笑ってそういえば、苦笑いだけが返ってきた。


とりあえず情報共有のため、ティオナが三人に俺の状況を説明してくれた。ヴェラはどうやら俺の怪我を見ていたらしく、改めて俺の無事を喜んでくれた。



「あんた…よく生きてるわね」


「セシリアすげぇよな」


「あんたも大概よ」



キュルケーが顔を痙攣ひきつらせて言った。周りを見れば、全員キュルケーに賛同らしい。この人達にそう言われるのはちょっとショック。


シュッツが空気を変えるように咳払いをした。



「ユウト殿、聞きたいことがあるのですが」


「なに?」



シュッツの方を見れば、真剣な表情だった。真面目な話が始まるらしい。



(この二人を寝かせてあげたいんだけど…)



そう思うが、言い出せる空気ではない。とりあえず落とさないよう位置を調整する。



「奴らの正体と目的について知りたいのですが、奴らの特徴や感じたことを教えてくれませんか?」



シュッツに言われ、ボヤけ気味のさっきの戦いを思い出す。不思議と相手のことだけは鮮明に覚えていた。



「最初に俺がぶった斬ったのが炎の虎に変身できる炎の魔剣士。


んで、子供っぽいちっちゃいのと、後はリーダー…先導者って言えばいいかな?それっぽい仮面が違う奴。


他三人は全くわからん」


「虎に変身?それはどのように変身しましたか?」



俺の答えにシュッツだけでなく、周りの雰囲気までが鋭くなった。俺がその変身過程を詳しく説明すると、キュルケーが強く歯軋りをした。



「落ち着け、キュルケー」



ヴェラがキュルケーを軽く撫でながらなだめる。ハッとしたキュルケーは、大きく息を吸って吐いた。



(なるほど、あれが魔族なのかぁ)



キュルケーの反応から察する。しかし初めての対面が戦闘とは…なんというかあれだ。もっとじっくり見たかった。


重い雰囲気は変わらず、みんなが口を噤んでしまった。これはチャンス。



「あのー、ちょっといい?そろそろ二人をちゃんと寝かしてあげたいんだけど」


「これは失礼しました。そうですね…近くの宿まで行きましょう」



俺たちはティオナに案内され、宿へと向かう。なお提案者であるシュッツは指示があるとかで後から合流するとのこと。




さて、部屋を融通してもらい、そこのふわふわベッドに二人をそっと寝かせた。その隣にあるテーブルにティオナとキュルケーとヴェラが座った。



「ユウト、あんたはそこにいなさい」



そうキュルケーに言われ、俺はベッドに座っている。テーブルのお菓子は取りにくいけど、椅子の数が足りないし仕方ないか。



「ユウト様、ちょっとお邪魔しますね」


「どぞー」



ニヤニヤしてるティオナが席を立ってこっちに来た。そしてセシリアとラフィの寝る位置を何やらいじっている。最終的に二人は、俺に縋る形で寝かされていた。


席に戻ったティオナは、キュルケーと意味深に目配せをした。



「ねぇティオナ、これ寝づらいと思うんだけど」


「いえ、それの方がいいのです」


「そう?ならいっか」



食い気味に否定されたので、このままにしておく。そうこうしているうちに、シュッツが戻ってきた。



「お待たせ致しました」


「おつかれー」



最後の一席にシュッツが座ると、少し緩くなっていた雰囲気がキュッと絞まる。



「では会議を始めましょうか」



あれだけニヤニヤしていたティオナが、一転して真面目に取り仕切る。



「まずは報告ね。バタバタしてて聞けなかったけど、他国からの連絡は?」


「成果無しとのことでした」


「そう…」



シュッツの返答にキュルケーはため息を吐いた。つまり、見つかってないのはあと二人。ツァールライヒとヴァレンティーアだ。どんな人なのか全くわからんけど。


そういえばそもそもヴェラをどうやって見つけたのか知らないや。



「ヴェラとどうやって合流したの?」


「む!それはだな…」


「アルアーンサイクロプスの腹の中から出てきたのよ」


「だいたいそういうことだ!」



キュルケーとヴェラが息ぴったりに教えてくれた。しかしあの爆発に巻き込まれてピンピンしてるなんて、どんな鍛え方したんだろう。それか魔力による身体強化か。



(あ、この世界に魔力は無いんだった)



セシリアに教えてもらった基礎を思い出し、その仮説を否定する。結局思いついたのは、純粋なフィジカル、身体強化魔法、魔法をまとえるの三つだった。いつか答えを知りたいものだ。



「ちなみにサイクロプスのお腹の中ってどんなんだった?」


「暗すぎてよく分からなかったぞ!」


「そうかぁ」



爆散してしまったし、もう一度会わないと中身を知れないっていうのはちょっと残念。



「次にですが、今後の捜索をどうするかです。先程の襲撃が魔族であろうとなかろうと、あの硬さの結界魔法を使える相手は非常に厄介です」


「結界!?」



また俺の厨二心にぶっ刺さる言葉…じゃなくて分からないことが出てきた。



「ユウト様が戦っている間、レサヴァント邸全体を覆うように掛かっていた靄です。ヴェラスケス様の攻撃にもしばらく耐えれるほど頑丈でした」



ティオナが丁寧に説明してくれた。ヴェラがどれくらいの威力を放つのか知らんけど、俺を軽々投げ飛ばすくらいだし相当なんだろう。



「捜索は続けるわ。どうせどこかで生きてるわよ」


「む!そうだな!」



キュルケーとヴェラの反応から、信頼の深さを感じる。ビジネスでも、契約でも無い、心の底からの信頼。すごく眩しくていい。友情もの王道ストーリーには必須の要素ファクターだ。



「ただレサヴァント卿令嬢が狙われていたこともあり、こちらにも人数を割かないといけません」


(レサヴァント卿令嬢…ラフィのことかな?)



俺の知らない話題がポンポン上がってくる感じ、俺はだいぶ置いてきぼりらしい。いつものことだけど、やっぱり事前に教えて欲しいものだ。



「アルアーンサイクロプスみたいなことがあったら厄介だし、私たちのうちの誰かが残るのは不安ね。かといって騎士達を残していっても戦力不足」


「ティオナが残るのは?」



分析中のキュルケーに言ってみたが、首を横に振られた。ティオナなら速いし強い。ヴェラと並ぶ力の持ち主だと思ったんだけど。



「私にはヴェラスケス様ほどの瞬間火力はありません。よって結界を張られると打つ手が無くなってしまうのです」


「援軍待ちの時間稼ぎも?」


「相手の手の内が分からない以上は…」



あまりいい返事は聞けなかった。要は、実質無理ということだろう。



(あのティオナでも手も足も出ない結界をぶっ壊すなんて、ヴェラやばいな)



ヴェラのヤバさを見せつけられたところで、パンッと手を叩く音が響いた。



「とりあえず、結論を出すのは明日にするわ。これ以上考えても意味ないわよ」



キュルケーが行き詰まった会議を終わらせる。



「む、そうか。ではユウト、風呂にでも行こうではないか!」


「お!行く!」



待ってましたといわんばかりに立ち上がったヴェラ。俺も間を置かずに賛成。それにより、真剣だった雰囲気が一瞬で霧散した。



「私もご一緒してもいいですか?」


「もちろん!」


「む!そうだな!」



俺は二人をゆっくり寝かせると、ヴェラとシュッツとお風呂へと向かった。

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