第22話:ラフィの家のお尋ね者

捜索隊が出発してから一週間が経った。今日は補給のために帰還する日。



(ユウトさん…無茶していないかな…)



セシリア様やキュルケー様、ティオナ様に騎士団の皆様と、強者揃いの編成だけど、心配なのは心配なわけで。



「ラフィさん、手が止まってるよ」


「あ、ごめんなさい」



こんな風にいつもの仕事が手に付かない。いつもなら指摘されることもないのだけれど。



(しっかりしなきゃ。大丈夫…ユウトさんなら大丈夫だから…)



そう自分に言い聞かせて、目の前の書類に集中しようとする。けれど結局、頭の中はあの無邪気な新人のことでいっぱいになっていた。




なんとか午前中の業務を終わらせた。これから屋敷に戻って捜索隊の受け入れ準備をしないと。



「先にあがりますね」


「午後の方が大変でしょ?頑張ってね」


「はい、頑張ります」



職員専用通路を通って建物裏に出る。そこにはいつも通り、迎えの馬車があった。



「おかえりなさいませ、お嬢様」


「ただいま、今日もお願い」


「ええ、お任せください」



小さい頃からお世話になってる老執事に付き添って貰い、馬車に乗る。コトコトという音と共に動き出した。



「今日は仕事が手に付きましたか?」


「正直そんなに…」



御者席にいる彼に答える。彼のまるで孫を見るような温かい目と一瞬目が合った。



「彼が気になるのですな」


「それは…まあ…」


「その気持ちも分かりますよ。もう少しの辛抱ですから」



やっぱり彼も気にしてくれてるみたい。それもそうよね。だってユウトさんはまだ、冒険者になって二週間も経っていないのだから。




しばらく馬車に揺られていると、少し慌ただしい屋敷に着いた。みんながパタパタと動き回っているのが窓から見える。



「おかえりなさいませ、お嬢様。旦那様が執務室でお待ちです」


「ありがとう、すぐ行く」



馬車から降りて、そのまま執務室へと向かう。階段を上がり、廊下の突き当たりにある扉をコンコンと叩く。



「誰だ?」


「ラフィだよ、お父さん。ただいま」



ガチャっと扉が開き、嬉しそうな顔をしたお父さんが出てきた。



「おかえり、ラフィ」



お父さんに招かれ、中に入る。早速一枚の紙を渡された。



「仕事から帰ってすぐにすまない。これが今日の予定だ」


「ううん、大丈夫」



その紙に目を通して、やることを把握する。



「問題ないか?」


「ないよ。じゃあ着替えてくるね」


「ああ」



私は席を立って、執務室の扉を開けた。その瞬間、私の首に剣が突きつけられていた。



「ラフィ!」


「動くな!」


「くっ…」



私の首筋に当たる刃を見て、飛び込もうとしたお父さんが二の足を踏んだ。



「このまま来い」



お父さんの反応を見るに、この人はかなりの手練れ。抵抗せず、指示に従う。


階段を降りて、玄関前に連れて行かれる。そこには彼の仲間らしき人達がいた。全員不気味な仮面をつけている。



(数は六…この人数でどうやって…?)



騎士も使用人も全員が倒れている。騎士達もかなりの腕の持ち主なのに…



「おー、なかなか綺麗な嬢ちゃんだなぁ!」


「黙れ。さっさと確かめろ」


「へいへーい」



返事をした目つきの悪い大男が、懐から短剣を出した。そのままゆっくりと近づいてくる。



「何をするつもりですか!?」


「大丈夫だぜ。ちょーっと血を貰うだけだからな」


「やめ…っ!」



手に鋭い痛みが奔った。血がポタポタと垂れている。大男はその血を掴むと、ブツブツと何かを唱えていた。



「うーん、悪かねぇが微妙だな」


「そうか」



手をヒラヒラとする大男。興味をなくしたように返事が聞こえた後、私は解放された。脚に力が入らず、へたり込んでしまう。


なんとか振り向けば、やっぱり仮面をつけた男がいた。ただ、他の人より少し意匠が豪華だ。



「なー、こいつどうするんだ?」


「好きにしろ」


「へへっ、運がいいぜ」



大男がゆっくりと近づいてくる。その動きに、全身が、本能が悲鳴を上げる。



「あーあ、怯えちゃってるじゃん」



やたら幼い声が響く。見れば周りよりも一回り小さな人がいた。



「いいじゃねぇか。泣き崩れる瞬間が楽しみだ」


「うわぁ、相変わらず趣味わる〜い」


「なんとでも言いやがれ」



徐々に徐々に、大男の手が近づいてくる。まさぐるような動きに鳥肌が立つ。



(嫌…嫌…だれか…)



涙で視界がにじむ。恐怖で全身が震える。



「ぐほぁぁ!」



あの手が私に触れる寸前、大男が消え、そこに彼がいた。



「ただいまーラフィ」



いつもと変わらない調子で、軽く手を上げるユウトさん。それが私の心に温かさをくれた。


私は涙を拭いて、はにかんだ笑顔を浮かべてユウトさんを見つめ返した。



「おかえりなさい、ユウトさん」





ーーーー





ラフィの反応を見た感じ、ギリセーフらしい。


「誰だぁ?邪魔しやがって」


「俺?悠人だよ、よろしく」


「よろしくぶっ殺してやるよ!」


「きゃあっ!」


奴が踏み込んだ瞬間、ラフィを抱えながら回避。風が真横を駆け抜け、ラフィが小さく悲鳴を上げる。


「はっや!でもヴェラよりは遅いね!」


「煽ってんのか!?ああ!?」


漆黒の仮面越しでも伝わってくる怒りのオーラ。その圧がかなりのプレッシャーを与えてくる。てかその仮面なに?かっこいいじゃん。


周りを一瞬確認。入り口方面はガチギレ中の奴が構えている。そこから二十歩くらい右に五人。さらに離れた位置に、デザインが違う仮面が一人。


後ろには二階への階段。それからこっちを伺う気配が一つ。それがシュッツだと俺の勘が言ってる。


シュッツにラフィを預けて、俺が囮に。そこからキュルケーの詠唱時間を稼いで一気に殲滅かな。


方針を決めた瞬間、階段に向かって全速全身。


「あ!?おい逃げんのか!?」


奴の声を無視して階段を駆け上がり、右廊下へと飛び込む。やっぱりそこにはシュッツがいた。


「シュッツ!ラフィを連れて逃げて!」


「いや、私が戦います!奴らは強敵です!」


そう言って前へ出ようとするシュッツに、ラフィを押し付ける。


「はい!預けた!ラフィ、シュッツ、また後で!」


「ユウト殿!?」


「分かりました、お気をつけて!」


階段を飛び、陰翳を抜刀。階段を上っている仮面の大男を蹴り落とした。


「は!なんだ、餓鬼だけかよ!」


素早く体勢を整えた大男が、落下する俺に合わせて拳を振るう。拳に向かって刃を立て、相打ちを狙う。


「ちっ!」


「かはっ!」


奴の拳が当たると同時に、俺は階段に叩きつけられた。ただ肉が裂ける感覚はあった。その感覚は正しく、奴の手からは血が流れている。


奴の速さに体は追いつかない。けど目だけはついていける。ならカウンターだ。


陰翳を納刀。腰を落として鍔に親指を置く。後ろは階段、左は壁。来るなら上か正面か右。上以外は視覚の範囲内だ。奴はクラウチングスタートの体勢。次は防御ごと押し潰すつもりなんだろう。


床が爆ぜ、奴が一気に加速する。真っ向からの突撃に合わせて、抜刀。


渾身の一撃が空を斬った。


「がは!」


「ふぅー!綺麗に入ったぜ!」


顔面にめり込む、奴の足。そのまま振り抜かれ、壁を突き破って吹っ飛ばされる。赤く染まる視界で周りを見れば、ここは中庭だった。


壁の大穴から、奴がゆっくりと姿を現した。寝ている場合じゃない。陰翳を杖に、なんとか立ち上がる。


「いい場所じゃねえか。お前の墓場にしては豪華すぎるがな!はっはっは!」


「あーあー、かわいそうに。あたし、弱者いじめはきらーい」


上からやたら幼い声が響く。見ればさっきまでエントランスにいた奴らが、屋根の上に勢揃いしていた。


「るっせえな!こっちは楽しんでんだよ!邪魔すんな!」


「じゃましてないよー、きゃはは!」


「ちっ、まあいい」


舌打ちをした大男の姿が消える。最初のは全力じゃなかったのか。目で追えない。


背中に悪寒が奔る。その直感に任せて深くしゃがむ。頭の上を、奴の足が掠めた。


「おー、動けんじゃねえか。せいぜいあがけよ!」


勘を頼りに左にステップ。ギリギリで奴の拳を交わし、陰翳を振り下ろすが空振り。その勢いを殺さず前転。後ろで炸裂した一撃が爆風を巻き起こす。吹き飛ばされ、背中から壁に激突した。


無理矢理立ち上がり、陰翳を正眼に構える。土煙が晴れた瞬間、高速で動く影が見えた。


反射で袈裟斬り。なんとか奴の一撃を止めたが、あまりの重さに腕がビリビリと痺れる。手首を返し、奴を後ろに流す。


「おお!?」


体勢を崩した奴に、上段振り下ろしからの燕返し。さらにがむしゃらに振り回して、斬って斬って斬りまくる。


「効かねえよ!」


左から衝撃。弾き飛ばされ、二度、三度と地を跳ねる。顔を上げて奴を見れば、赤い蒸気と共に、傷が癒えていた。


奴の姿が消え、爆裂音が響く。右、左、右、左と地が抉れ、奴の軌道が残る。フェイントのつもりなんだろうけど、俺の勘が狙いは上だと告げている。


陰翳を振り上げ、奴に当たる瞬間に脱力。奴の足を斬り裂きつつ、衝撃を地へと流す。


「うおっ!上手えな!」


足払いで奴を転がし、全力で陰翳を振り下ろす。俺の一撃が奴の腹を貫通し、赤色の液が飛び散った。


追撃はせず、後ろに飛びずさる。正眼に構え、荒ぶる息を整える。血の匂いしかしない。


「やるじゃねえか、死ぬかと思ったぜ」


一段と激しい蒸気を上げ、怒気を孕んだ声で奴が言った。


奴の闘気が高まる。バリバリッという布が裂ける音と共に、奴の腕が膨張した。姿を現したのは、黒い稲妻模様が疾る金色の毛並み。虎の獣人?かっこいいじゃん!


「手加減無しだ。全力でーー」


奴は両手を地面につけ、獣のように構える。両手脚に力を込めれば、中庭にひびが入った。


「ーー潰してやる」


視界が赤色の光で埋まる。それは全て魔法陣だった。それぞれが緻密に噛み合い、一つの巨大な球を成している。


轟く咆哮。紅の球の中心で、煌々とかがやく炎の虎が、猛々しく吠える。


あはは!なんだよそれ!


ネスティが叫ぶ。とっくに声を出せない俺の代わりに、歓天喜地かんてんきちの境地を歌う。


奴の炎の斬撃が、嵐のように降り注ぐ。地を抉り、豪邸を吹き飛ばし、俺を殺さんと迫り来る。当たれば即死の弾幕の中、右へ左へステップを踏む。


辺りを埋め尽くす魔法。天を駆ける炎虎。肌を焼く殺気。一寸もない距離に死が満ちる世界で、俺はただただ笑い踊る。


刹那、炎の海が揺らぎ、炎虎の爪が俺を捉えた。陰翳の峰で受け流し、直撃をまぬがれる。数瞬間が空いて、今度は背後に迫る一撃を弾く。ヒットアンドアウェイの連撃をいなして、躱して防ぎ続ける。


不意に連撃が止み、炎の奥の殺意が膨れ上がった。斬撃も単調なリズムへ変わっている。奴に一発見舞う、千載一遇の機会チャンス


水面の凪を思い浮かべる。さっきよりも大きく、広く。湧き上がるイメージのまま口だけを動かし、言の葉を紡ぐ。


水よ・集い流れよーー


俺の背後に青の魔法陣が展開される。それは最初の発動よりも大きく、そして強く輝いていた。


ーー《ワーテル》


鍵言葉を紡いだ瞬間、俺の心ネスティの昂りが魔法陣を介して炸裂する。


炎を穿つ水弾。それに飲み込まれながら陰翳を納刀。全身から脱力し、水に乗る。


奴とすれ違う瞬間に抜刀、一閃。手ごたえ…あり。


「があああああ!!!」


白飛びする世界の中、奴の断末魔が木魂する。限界を迎えた俺は、そのまま意識を手放した。





ーーーー





「があああああ!!!」



真っ二つに斬られた炎虎あいつが絶叫した。自力で治せるというのに、毎度毎度騒がしい奴だ。


それとは関係なく、奴…ユウトだったかの一撃で結界に限界が来た。そろそろ厄介な奴らが来てしまうな。



「くっそが!絶対、絶対殺す!」


「やーい、ぶった斬られてやんのー」


「情けない…」



蒸気と共に傷を治した炎虎あいつを、周りが煽る。炎虎あいつは額に青筋を浮かべていた。



「喚くな。退くぞ」



我らが王の城門を思い浮かべ、言の葉を紡ぐ。目を瞑り、開いた次の瞬間、我々はそこに立っていた。


しかしーー



(ユウト…か。あれは実に厄介だな)



ーーこれからの事を思うと、少し気が重くなった。

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