第16話:闇の剣と心の闇

一通り叫び終えたし、気分も落ち着いた。なので庭の芝生の上で空を仰ぎながら、インエイを眺める。



「綺麗な刃だなぁ…」



ちょっとかすれた声が出る。どうやら結構叫んでいたらしい。



「落ち着きました?」



太陽が遮られ、視界に影が落ちる。メイド服のままのラフィがこっちを覗き込んでいた。



「たぶんね」



起き上がってうーんと手を伸ばす。固まってた体がほぐれて気持ちいい。ラフィと向き合い、ふと思い浮かんだことを聞いてみる。



「ところでラフィは何でメイド服なの?」


「めいど…ですか?」


「あー、女の子の使用人って意味」


「それならこの格好が落ち着くからです。菖蒲の天啓の制服と似てますから。変…ですか?」



ラフィは指をいじいじしながら聞いてきた。あざといというのは、こういうのを言うんだろうか。そういう女の子キャラがいたような、いなかったような。



「いや?似合ってると思うよー」


「ふふっ、ありがとうございます」



違和感も特になかったのでそう返せば、ラフィは少し嬉しそうに笑った。



「そういえば、セシリア様に騎士の皆さんのところへ案内するよう頼まれているのですが…」


「行く!」



ラフィの要件に、俺は即座に喰らいついた。そういう訳で、騎士達が今いるという中庭に移動。





ーーーー





ラフィの案内に従って廊下を抜けると、その豪邸に囲まれた庭に出た。そこではさっきまで式に参列していた騎士達が、各々の獲物で素振りをしていた。



「うぉぉぉ!すげぇ熱気!」



剣が空を斬り裂く音と共に、気合の入った掛け声が響いている。その鍛錬の熱は、男女共に業火と見紛うほどだった。その熱に感化されたのか、こっちまで興奮してしまう。



「総員、素振り止め!各自休憩を取ってください!」



ティオナの凛と張った指示が通る。騎士達は納剣した後、水分補給をしたり、ストレッチをしたり、タオルで汗を拭いたりし始めた。



「こんにちは、ユウト様。落ち着かれましたか?」


「それラフィにも言われた。もう大丈夫だよ」



ティオナに全く同じ事を言われ、思わず苦笑してしまった。隣のラフィも笑っている。



「あと堅苦しいし、悠人でいいよ」


「そういう訳にはいきません。ユウト様はセシリア様のご友人なのですから」


「友人…かぁ」



ティオナの一言が、やけに胸につっかえる。


こそばゆいようで、痛いような。舞い上がるようで、叩きつけられるような。相反する何かと何かの衝突が、俺の中で起こり続けている。



「うーん、わかった。じゃあティオナの気が向いたら呼び捨てにして。あと、敬語もやめて」


「承知致しました」



俺は今、ちゃんと笑えてるだろうか。嫌な気持ちにさせてないだろうか。今度はそんな不安が、俺の中を侵していく。



「ユウト様、もし良ければ、訓練に参加されますか?きっと彼らのやる気向上にもなるでしょうから」


「…うん!せっかくだしやってみようかな」



ティオナの提案に、下向きだった感情が上を向き始めたのが分かる。腰にあるインエイを握り、大きく息を吸った。



(うん…大丈夫)



自分に言い聞かせるように心の中ネスティで呟く。



「総員!休憩を終えて、手合わせを始めてください!」



騎士達はテキパキと二人組を作り、早速訓練が始まった。幾つもの剣筋が描かれ、金属と金属がぶつかり合う音が響く。それは彼ら騎士達の腕の良さを声高らかに主張していた。


再び中庭に満たされた熱に呼応するかのように、俺の中の熱もふつふつと沸いてきた。



「ではユウト様、私達も始めましょう」


「よろしく〜」



ティオナはレイピアを抜き、切先を俺に向けて構えた。インエイの間合いを警戒してか、左手を正面、右手を後ろ上段に置き、半身を切っている。



(この構え…絶対、刺突突撃でしょ。レイピア使いのウンディーネがやってた)



見覚えのある構えをそう分析しつつ、俺も構えを取る。腰を深く落とし、左手の親指を鍔に添え、右手で柄を軽く持つ。



お互いの呼吸が重なり合い、緊張の糸が俺達を結ぶ。



先に仕掛けたのはティオナだった。全体重を乗せた、直線の刺突。予想通り。


レイピアの尖端せんたんが俺を捉えるより速く、インエイを抜刀。同時に半身を切り、飛んでくるティオナを躱す。


そして振り上げたままのインエイを振り下ろす。手応えは無し。そのまま加速して脱出とか速すぎだろ。


目の焦点をよりティオナへと集中していく。今度はレイピアを正面に右を前の半身。


地を蹴り、インエイの間合いへと持ち込む。流れるまま左回転に横薙ぎを見舞う。


次の瞬間、ビリビリと痺れる感覚が腕全体に伝わった。見ればレイピアの尖端で、インエイの一撃を止めていた。寸分の狂いもなく刃にぶつけられたそれは、繊細なコントロールにより力を流されている。


格上。速さ、力、技術。あらゆる面において次元が違いすぎる。


「あっはは!」


神速の細剣騎士、ティオナ・ガルディエーヌ。かっこよすぎるだろ!


自然と口角が上がる。さっきよりも腕に、脚に力がこもる。地を蹴り、身を躍らせ、インエイ…いや、陰翳インエイを振り抜く。


ティオナはこれをバックステップで回避し、その溜めを利用してもう一度突きを放つ。その瞬間、しゃがみながら陰翳を返し、峰をぶつけた。


「くぅ!」


衝撃に負け、背中から転がされる。二度、三度回転して飛び上がった。


即座に陰翳で正面横薙ぎ。俺が転がっている間に突っ込んできたティオナを一度止める。


ティオナが二の足を踏んだ瞬間、一気に攻勢へ。右袈裟と見せかけて左に返す。反応だけでそれを防いだティオナの腕を掴み、体をぶつけて背負い投げ。


刹那、フワッという感覚に包まれた。


「かはっ」


背中から地面に叩きつけられ、肺から空気が漏れる。目の前にはレイピアが突き付けられていた。


「降参しますか?」


「うん…負けた…」


今の一分もない攻防で俺は汗びしょびしょ、息も絶え絶えだ。対するティオナはというと、汗どころか息すら上がっていない。力量の差は明らかだった。



「ティオナ強いね。最後の背負い投げは一本入ったと思ったけど…。てか全然本気じゃなかったし」


「ふふっ、近衛騎士ですから」



そう言って人差し指を口に当てるティオナは、どこかセシリアと雰囲気が似ていた。





ーーーー





あれから俺は、別の騎士と手合わせをしたり、素振りをしたりして、楽しい時間を過ごした。今はというと、その騎士達とラフィの豪邸にある大浴場にいる。熱い湯がモクモクと湯気を上げていて、視界の奥が薄めの霧になっている。


さっきまで一緒に訓練をしていた男の騎士達に囲われて揉みくちゃにされて数分、ようやく解放された。



「いやー、しかしなかなか良い筋してるなぁ!」



最後に手合わせした巨漢の騎士が、豪快な笑い声を真隣で響かせながら、バシバシと背中を叩いてきた。結構痛い。


結局俺は全戦全敗。実力の差をとことん見せつけられた。それはもう月とスッポン以上に差が開いている。


それとは他に分かったことがある。それは、ここレサヴァントはレサルシオン王国というセシリア達が治める国で、彼らはそこの騎士団だということ。めちゃくちゃ今更感。



「一回も勝ってないのに…」


「負けるわけには行かないからな!俺達は仮にも王国の騎士だぜ!」



俺のボヤきに、また浴場が笑いに包まれる。式の時と違って、随分と陽気な感じだ。堅苦しく接されるより楽で、随分助かっている。



「そういや、ユウト。セシリア様とはどういう関係なんだ?やけに気に入られてるじゃねえか」


「そりゃー、あれだぜ!恋人なんだろ!」



どっかから飛んで来た質問を、これまた別の誰かが茶化す。



「それ、セシリアに失礼だぞ」


「んんー?照れ隠しか?照れ隠しだな?」


「違うって」



心地良い大浴場が、今度は俺を揶揄からかう雰囲気でいっぱいになる。少なくとも目に入る奴らは全員、ニヤニヤ笑っていた。居ても立っても居られなくなったので、大浴場から退散退散。





ーーーー





着替えを済ませて、陰翳を抱えて廊下に出る。そしたらすぐに、ドアの脇に立っていたメイドさんに声を掛けられた。



「ユウト様、キュルケー様から前庭に来るよう伝言を預かっております」


「はーい、今から行くよ。ありがと」


「いえ、では失礼します」



足早に去っていたメイドさんとは逆の方向に歩みを進める。


迷子にならないように気をつけながら進んで行くと、無事に玄関に着いた。今度は二人の執事が、大きな扉を開けてくれた。彼らにお礼を言って、前庭に出る。



オレンジに染まった視界の真ん中に、キュルケーは一人ポツンと立っていた。



(何の用だろ?)



聞いてみないことには始まらないので、とりあえずキュルケーに近づく。



「呼んだ?」


「来たわね」



キュルケーがどこかぎこちない動作で振り向いた。よく見ると、唇を強く噛んでいて、握っている拳も震えている。



「えっと…その…」



普段からは想像もできないほど歯切れが悪い。目を見てみれば、よく見慣れた色がそこにはあった。


憎悪。憎み、嫌うことから生まれる、己の身すら滅ぼす地獄の黒炎。長いこと晒されてきたから分かる。あれに侵された奴は碌な結末にならない。


でも憎む人の気持ちも分かる。苦しいのだ。苦しくて辛くて、それでも捨てられない感情。捨ててしまえば、自我が壊れてしまうから。そしてそれを恐れているから。



「キュルケー、言いたくないなら言わなくて良いよ」



それでも、俺はこの言葉しか投げれない。憎まれる側でしかない俺には。



「何言いたいか知らんけどさ、苦しいんでしょ?」



ハッと顔を上げるキュルケー。そこには、驚きの色が見てとれた。



「どうして分かるのよ…」


「見慣れてるからねー」



どこか不満気なキュルケーに、肩をすくめて返す。そのとき、腹の虫がぐぅーっと情けなく鳴いた。少し恥ずかしい。気付いたら頭をいてた。



「お腹すいたし、戻ろ。ラフィがパーティーの準備してるって」


「ぱーてぃー?」



憎しみの雰囲気が少し薄れ、疑問に変わる。落ち着いたのかな?



「宴って意味ね」


「あんたって、時々意味わかんない言葉を使うわよね」


「そう?」



キュルケーにそう愚痴られつつ、俺達は豪邸の中へと戻った。





ーーーー





率直に言おう。ラフィがパーティーで用意した料理は格別だった。それこそ俺と騎士達の実力差くらい別格だった。



「ふう、食った食った。美味すぎてお腹破裂するとこだったわ〜」



ボテ腹にはなっていないが、パンパンになったお腹をさする。



「いい食いっぷりだったなユウト!」



酒でも飲んだのか、真っ赤に染まった顔で騎士の一人が声を掛けてきた。見間違えじゃなければ、重心も安定してない。相当酔っ払っているようだ。



「めっちゃ美味かった〜。そうだ、食後の散歩にでも行ってこようかな」


「そいつはいい!そしたらまた食えるだろうさ!」


「うん、行ってくる」


「おう、行ってこい!」



宴会場のドアを開けて、外へ。



玄関を出て、前庭。月明かりに照らされ、どこか幻想的な雰囲気に包まれた景色が俺を出迎えた。背負っていた陰翳を夜空に掲げれば、そこだけ暗闇が堕ちたように色が変わる。それがまた美しく、俺の視線を奪っていく。



(どっか映えるスポットないかなぁ)



そんな事を考えながら庭をぶらぶら歩き回る。豪邸を中心に半周したとき、座り心地の良さそうな太い枝を持った木を見つけた。



(お!あそこにしよ!)



早速駆け寄り、幹の窪みに手を掛ける。よじ登って枝に座れば、木の葉の間から漏れる月光が俺に降り注いでいた。


そこに抜き放った陰翳をかざす。照らされている部分と、そうじゃない部分のコントラストがまた良い。



(日光もいいけど、やっぱ月光だなぁ!)



想像通り、陰翳は日光より月光のほうが雰囲気がある。俺の実力は大したことないのに、何故か真の強さをひた隠しにしている感があって、すごく好みだ。


そんな風に陰翳の美を堪能していると、誰かが話しながら近づいてくるのが聞こえた。その聞き慣れた声色は、怒りを含んでいる。何やら言い争っているようだ。



「キュルケー、良い加減にしてください!」


「仕方ないでしょ!?」



声の主はセシリアとキュルケー。前の喧嘩より、怒気が多分に含まれている感じがする。



「仕方ないで済むことですか!?貴方だって、ユウトさんが魔族ではないことがもう分かったでしょう!?」


「だからって…!」


「だから何ですか!?貴方だって申し訳ないと思ったから、魔法を教えるのを手伝うって言ったのでしょう!?」


「それは…そうだけど…」



二人が俺のいる木の真下で止まった。


月明かりの下、二人の様子が浮かび上がる。ほんわかした普段の様子からは考えられないほど怒っているセシリアと、俯き、拳を固く握りしめるキュルケー。どちらも怒りに肩を震わせて、息を荒げている。



「ユウトさんが貴方に何かしましたか!?ユウトさんが貴方の何かを奪いましたか!?」


「あんたに何が分かるって言うのよ!あいつにはを…!」



そこまで言ってキュルケーは、ハッと我に帰るように冷静になり口を噤んだ。セシリアも怒りの色が収まり、気まずい雰囲気が流れる。


数分にも感じられる間が空いて、キュルケーが口を開いた。



「ごめんなさい、言い過ぎたわ」


「こちらこそ、申し訳ありません。不躾な言い方でした」



二人は少し刺々しい雰囲気でまた豪邸へと戻っていった。



(あの子?とりあえず復讐路線は合ってるっぽいなぁ)



勝手に盗み聞きした内容と、夕方のキュルケーの感じからそう推測する。キュルケーの抱えているモノの重さを想像し、思わずため息を漏らしてしまった。

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