第17話:捜索隊、出動!

朝日が昇り始め空が白んできた頃、俺達はレサヴァントの門前に集まっていた。


騎士達が準備万端で並んでいる様子はなかなか壮観だ。ちなみに俺はセシリアとラフィに挟まれて、彼らの前に立っている。絶景を眺めれるし、いいポジション。



「これより、ヴェラスケス様、ツァールライヒ様、ヴァレンティーア様の捜索を開始します!」



ティオナの号令が、早朝のレサヴァント前の草原に響く。奥には相変わらず、ラグバグノス樹海が広がっていた。



「ラグバグノス樹海は全体的に搦手からめてを使う魔物が多いです!油断することなく進みましょう!」


「「「はっ!」」」



騎士達の覇気ある声と共に、捜索隊はラグバグノス樹海目指して進軍を開始した。


出掛ける前に挨拶をしようと二人の顔を見れば、シュッツの堂々とした顔とは反対に、ラフィの顔色は良くなかった。



「気分悪い?」


「い、いえ、大丈夫ですよ」



ラフィにそう聞けば、少し上擦った声が返ってきた。ラフィも緊張しているのだろうか。



「そう?なら良いけど。じゃ、行ってくるー」


「ユウト殿、ご武運を」



見送りに来てくれたラフィとシュッツに軽く挨拶をする。シュッツは丁寧に礼をし、それに合わせてラフィがカーテシーをした。さすが領主の娘と言うべきか、すごく様になっている。



「ユウトさん、行きますよ」



セシリアが俺のローブの袖をクイクイと引っ張った。



「セシリア様、キュルケー様、どうかご無事で」


「もちろんよ。すぐに見つけて戻ってくるわ」



さっきと同じように、キュルケーとセシリアにも礼をするシュッツとラフィ。キュルケーとセシリアは堂々とした振る舞いをする。まさに王族と貴族って感じのいい絵だ。


挨拶を済ませた俺達が部隊に混ざろうとしたとき、後ろから軽く引っ張られた。振り返れば、ラフィがそこにいた。



「あの…無茶はしないでくださいね」


「それは保証出来ないなぁ」


「そう…ですか…」



ラフィに素直に言えば、より顔色が悪くなった。慌てて言葉を重ねる。



「大丈夫!騎士さん達はみんな強いから!」


「そう…ですね。大丈夫ですよね」



ラフィがゆっくりと手を離す。どうやら少し落ち着いたらしい。



「んじゃ、今度こそ行ってくる」


ラフィに手を振って、いつの間にか先に行っていたキュルケーとセシリアを追いかけた。





ーーーー





草原は何事もなく通過し、俺達捜索隊はラグバグノス樹海を進んでいた。


キュルケーとセシリアを囲うように騎士達が固まり、全方位を警戒しながら進む陣形だ。具体的には、キュルケー、セシリア、ティオナが中心で、その周りに遠距離部隊、さらにその周りに近距離部隊といった感じ。


俺はその集団の先頭を進んでいた。以前は後ろをついて行くだけだったから前をいけるのはめちゃくちゃ嬉しい。


周りが警戒で程よい緊張感が流れる中、鼻歌を歌いながら歩いていた。



「随分とご機嫌ね」



一歩後ろを歩く槍使いの女の人に話し掛けられた。クルッと反転、後ろ歩き。



「ふっふっふ、初めて前に立ったからね。大将になった気分」


「楽しそうで何より。それより、前を向かないと転けるわよ」


「はーい」



もう一度クルッと反転、前を向く。その瞬間、地面がズンッと揺れた。中途半端な体勢だったのもあって、バランスを崩して転んだ。



「ほら、言ったじゃない」



槍使いが笑いながら言った。立ち上がって、ローブに付いた土を叩く。



「タイミング完璧だ…」


「たいみんぐ?」


「場面とか状況とか、そんな感じ」



何事もなかったように話し掛けてくるので、俺も何事もなかったかのように振る舞う。



「ふーん、噂の通りね」


「噂?」



何やら噂になっているらしい。今までされてきた噂といえば、やれ人を食い殺しただの、やれ負の感情の化身だの、やれ夜中に血塗れで彷徨っていただの、化け物エピソードに尾鰭おひれが付いたものくらいだ。まあ、事実もあるけど。



「あなたが意味不明な言葉の歌を歌ってるっていう噂よ」


「意味不明?」


「じゃすとびりいぶゆあうぇい?ばんどあにゅうでい?そんな感じだったわよ」


「あー、最初のはただ己の道を信じろ、その次のは新しい一日って意味」


「ふーん、聞いた事ない言葉ね」


「そうなのかぁ」



そういえば、今までカタカナで書く言葉は全部伝わらなかったのを思い出した。



(日本語以外はダメな感じかな?異世界に来たみたいでいいなぁ)



とりあえず、言葉選びは気をつけようと思った。




ふと、流れる空気がピリッとしたものに変わった。警戒ではない。明確な敵意だ。


背負っている陰翳を抜き放つ。俺の行動を見たからか、背後から感じる警戒が強くなった。



「わー!待て待て待て!俺は敵じゃねえ!」


「あ!助けてくれた人!」



そう言いながら飛び出してきたのは、いつぞやの庇ってくれた冒険者だった。


あの時と同じように大剣を背負っている。その後ろには、杖を持った男の人と女の人がいた。どうやら三人パーティらしい。



「ん?おー!誰かと思えばラフィ姐お気に入りのユウトじゃねえか!」


「あれ?俺名乗ったっけ?」


「お前は今ちょっとした有名人なんだよ。即座に腕を捨てる判断が出来る奴なんてそうそういないからな!」



大剣使いはガハハと豪快に笑った。



「そういや、そんな大所帯でどこへ向かうんだ?」


「探索!」


「お、おう。そうか、怪我のないようにな」


「そっちもね〜」



軽く話をして、俺達は進軍を続けた。





ーーーー





それからは進展もなく、ただいたずらに時間が過ぎていった。ときどきエンカウントする魔物は、騎士達によって一瞬で殲滅されていた。おかげでだいぶ暇である。


ラグバグノス樹海に入って既に四日。そろそろ戻る時間である。重苦しい雰囲気に包まれて足を帰路に向ける。そんな時に転機は訪れた。



「あ!なんか光ってる!」


「ちょっ、おい!」



河原を歩いていたたら、川底で光が反射しているのを見つけた。


陰翳を騎士に渡し、川に飛び込む。潜って拾ってみれば、結構な重さがあった。


川から顔を出し、拾ったそれを見る。


黄金に光るヴァンブレイス。前腕を守るそれは、傷一つなく美しい造形を保っていた。



「見て見て!めっちゃかっこいい腕甲わんこうあった!」



岸辺にいる騎士達に、見つけたお宝を自慢する。その瞬間、それを見た全員が歓喜の声を上げた。



「お手柄だ、ユウト!」


「すごいでしょ!?見てこの綺麗な形!色!これきっと黄金の騎士だよ!」



水から出て、ヴァンブレイスについた水滴を払う。騎士達が道を開け、そこを通ってきたセシリアとキュルケーが、それを見た瞬間に飛び上がって喜んだ。



「ユウトさん、本当にお手柄です!それは間違いなくヴェラスケス様の甲冑です!」


「良かったわ…手掛かりすら見つからないと思ってた…」



よく見るとキュルケーは涙ぐんでいる。よっぽど嬉しかったんだろう。



(持ち主いるのかぁ…残念だけど、仕方ないか)



俺のヴァンブレイスにならないのは残念だが、とりあえず喜んで貰えたので良しとする。そうと決まれば、さっさと手放すに限る。黄金のヴァンブレイスをキュルケーに渡した。



「ありがとう、ユウト…」


「え?」



ボソッと呟かれた感謝の言葉に困惑した。困惑してしまった。



「な、なによ」


「いや…今ありがとうって言った?」


「い、言ったわよ!何か悪い!?あーもう二度と言わない!」


「悪くないけど…そっか。どういたしまして」



キュルケーはフイッと顔を逸らす。それを隣のセシリアは微笑んで見ていた。



(そっかぁ。キュルケーはヴェラスケスって人が好きなのかぁ。なら心配はいらないね)



ヴァンブレイスを大切そうに抱えているキュルケーを見て、一人勝手に納得。抱いていた懸念を一つ手放した。





ーーーー





ようやく手掛かりを得た日の夜、野営用テントの一角で会議が開かれていた。


参加者は、セシリア、キュルケー、ティオナ、そして何故か俺。セシリアに甘いお菓子を振る舞うと言われて付いて行けば、いつの間にか巻き込まれていた。お菓子、恐るべし。



「それでは、今後の方針について話し合いたいと思います」



司会進行はティオナ。何故かあるテーブルに地図を広げて、あるポイントを指差した。



「ここが、今日ユウト様が腕甲を見つけた場所です」



そして川に沿って指をスライドしていき、その先にあるレサヴァントを指差した。ちなみにレサヴァントと反対側は真っ黒になっている。



「上流は魔族の領域ですね…」


「この黒いのが魔族の領域?」



セシリアにそう聞いてみれば、コクリと頷いた。



「へぇ〜、行ってみたい!」


「行くわけないでしょ!?」



俺の言葉が嫌だったのか、キュルケーがテーブルを叩いて拒絶の意を叫んだ。見ればあの時のように、瞳に憎悪の黒炎が映っている。



「うっ、ごめん。もう言わない」



反射的に謝れば、キュルケーがハッとした表情で姿勢を戻した。キュルケーが深く息を吸う音が聞こえる。



「取り乱して悪かったわ。これからは、川に沿ってレサヴァントに向かいつつ、その周辺を捜索って感じでいいのよね?」


「そのつもりでしたが、少し事情が変わりました」



ティオナの纏う雰囲気の重みが増した。ティオナは、今日の野営地から下流に少し向かったところを指してこう言った。



「先ほど見張りから来た報告で、ここに巨大な魔物の影が見えたそうです。おそらく、サイクロプスではないかと…」


「「「サイクロプス!?」」」



二種類の驚愕の声が、テントの中に響いた。



(ようやく知ってる名前の魔物だぁ!キュクロープスことサイクロプス!一つ目の巨人!見てぇ!)



テンション大爆発でぴょんぴょん跳ねている中、三人の雰囲気はとんでもなく重たかった。



「サイクロプス…何でこんなところにいるのよ…」


「わかりません…」


「とりあえず現状の戦力だと厳しい相手です。キュルケー様、倒すことは可能ですか?」


「あれを一撃でたおす威力…出来るけど、詠唱の隙が大きすぎるのよ」



真剣に攻略法を話す三人の会話か、気になる言葉が聞こえてきた。そういうわけで、早速首を突っ込む。



「お!やっぱり再生力強い系かぁ!じゃあ、囮いれば問題ないよね!」


「無理よ!それだけの威力に耐えられるわけがないじゃない!」


「セシリア様の防御魔法で何とかなりませんか?」


「一人が限界ですね…それに怪我をしない保証もできません…」



ヒートアップするキュルケーと、落ち込んでいるセシリアとティオナ。どうやらティオナも囮はやりたくないらしい。実際ティオナがリタイアした場合、騎士達で対応できない魔物が出たら手詰まりになるし。これはビッグチャンス。



「はいはいはい!囮やりたい!」



囮役をすることを全力で主張。セシリアの特大防御魔法とキュルケーの特大攻撃魔法が見れる上に、サイクロプスと出会えるという、千年に一度もないであろうシチュエーション。逃す手は…ない。



「絶対にダメです!」


「なんで!?」



ここで予想外すぎる反撃が入った。セシリアだ。



「危険だからに決まってます!」


「ええ、セシリア様の言う通りです」



何とティオナまで敵に回ってしまった。



「はっきり申し上げます。この中で最も弱者であるユウト様にそのような役目を負わせるわけには行きません。それならば、まだサイクロプスを避ける道を探す方が良いです」


「うぐっ」



ど正論。正論パンチ過ぎて返す言葉が全くない。クリティカルヒットを前に項垂れていると、思わぬ味方が現れた。



「私は賛成よ。このまま放置してレサヴァントに被害が出るよりも絶対にいいわ」


「キュルケー!」


「勘違いしないで。私はあんたの味方じゃないわ」



キュルケーは一瞬こっちに視線を向けて、またセシリアとティオナの方に戻す。



「キュルケー!あなたはまた…!」


「それとこれとは別よ。ユウトなら私の魔法を恐れることはないから、囮に丁度いいと思ったのよ」


「それは…」



さっきとは打って変わってキュルケーは冷静だった。そんなキュルケーの指摘に、ティオナは顔に手を添えて何やら考え始めた。



「でも…それではユウトさんが!」


「こいつの反応見たでしょ?喜んで引き受けてくれるわ」



キュルケーがこっちを見たので、大きく頷いて返す。



(なかなか良い流れ!頼むキュルケー!あともう一押し!)


「でも…」



それでも引き下がらないセシリアに、キュルケーは更なる追撃を仕掛ける。



「じゃあ他に囮を出来る人がいるわけ?言っておくけどティオナはだめよ。騎士達より強い魔物が現れたら困るもの」


「わかっています。詠唱が間に合わなければ意味がありませんから。でも…」



セシリアと目が合う。気のせいか、目の縁が濡れているように見えた。しかし、どれだけ辛そうな顔をされても譲れないことだってある。今がそうだ。



「ユウト様、囮役をお願いします」


「ティオナ!?」



ここでティオナが味方になった。思わずガッツポーズ。



「申し訳ありません、セシリア様。ですがこれが最善なのも事実です。


ここからサイクロプスを避けてレサヴァントに行くまで最短で五日。そこから援軍を要請するのに三日は掛かります。


その間にレサヴァントが襲われないと断言は出来ません」



ティオナがシュミレーションしたであろう、避けていく場合の日程を説明する。



「でもレサヴァントには階級七以上の冒険者達がいます!」


「セシリア、わかってるでしょ?もしアルアーンサイクロプスだったら難易度九相当よ」


「アルアーンサイクロプス!?何それかっこいい!!」


「あんたは黙ってなさい」


「はい」



謎の種族らしき名前が追加されたサイクロプス。絶対強いという確信が、俺の脳内に焼き付けられる。実際難易度九って言ってたし。


しばらく沈黙が続いた後、セシリアがようやく口を開いた。



「わかりました。ユウトさん、お願いします」


「よっしゃ!任せろ!」



不本意というのが丸出しの声色でセシリアが言った。そういうわけで、俺は千年に一度のビッグチャンスを掴み取ったのだった。

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