第15話:捜索隊の仲間入り

あの後、渡された新品のローブに着替え、セシリアに菖蒲の天啓ギルドの食堂で甘いジュースを奢って貰った。


もはや奢りがデフォルトの空気になっていたのが非常に恐ろしい限りだ。おかげで喉と口の痛みが大分退いたので感謝してるんだけど。というか甘味が美味しすぎて中毒になりそう。



それはさておき、俺はセシリアとキュルケーに連れられて、レサヴァント中央の超巨大な豪邸に来ていた。


道中の屋敷のサイズにすらビビっていたのに、その一回りも二回りも大きい屋敷を見れば、こうとしか表現出来ないのも仕方ないと思う。そんな大豪邸を物ともせず、一歩前でスイスイと庭を進んで行く二人に、心の底から尊敬の念を送った。



豪邸に近づいてくと、出入り口らしきところに何やら人が並んでいた。扉までの脇道を固めるかのように立っている。


見覚えのある青と白のフルプレートアーマーを着ており、剣、大剣、槍、メイスなど、様々な武器を装備していた。


奥には、これまた見覚えのある青と白のローブを着て、杖や魔導書を装備する人達が立っていた。


その隊列の先頭に、黒い礼服でビシッとキメた金髪碧眼の男が堂々と立っている。ガッシリとした体型の二メートルはありそうな長身。鋭い目つきとは裏腹に、どこか優しい雰囲気を纏っている。



「お待ちしておりました、セシリア様、キュルケー様。そしてユウト殿。捜索隊の皆様は既にお揃いです。どうぞ中へ」


「はい」



そう言って彼は、サッと道を譲るように脇に避けた。キュルケーとセシリアがその隊列の真ん中を堂々と進んでいく。置いていかれる前に、慌てて後を追う。



(ヤバい。武器も甲冑も逐一かっこいい)


平静を装いつつ、周辺視野で武器やアーマーを思いっきり堪能する。その統一されたデザインから、騎士団いや、聖騎士団のプライドが滲み出ているのが良い。とても良い。



「気になりますか?ユウト殿」


「ば、バレた」



いつの間にか隣りを歩いていた礼服の男が言った。どうやら俺の興味の視線は全然隠せていなかったらしい。



「後にじっくり見れる機会がありますから、是非そのときに堪能してください」


「おお〜!楽しみ!ありがと!」


「いえいえ」



気がつけばローブを着た人達がいるゾーンになっていた。短剣をサイドウェポンに持ってる人が多く、その短剣を胸の前で掲げている。



(うーん、かっこいい。レンジ潰されて短剣で戦う魔法使いもいい)



装備の色合いはどちらかというと僧侶とかヒーラーの類だが、見た目は魔法使いっぽい彼ら。どっちでもかっこいいなぁなんて考えていると、俺の身長の倍はありそうな扉についた。


立っていたメイド服の女の人と、執事服の男の人が、その大きな扉を開ける。



(す、すげぇ。本当にメイドと執事がいる!)



その事実に感動で胸がいっぱいになりつつ、中へ入ると、豪華なシャンデリアに照らされる中、沢山の執事とメイドが綺麗に列を組み、一糸乱れぬ姿で礼をした。



「「「ようこそお越しくださいました。セシリア様、キュルケー様、ユウト様」」」



そのあまりにも美しく、かっこよく整った立ち振る舞いに、言葉を失った。たっぷり数秒固まった後、ようやく動けるようになったが、今度は口がうまく回らない。


前を進んでいたセシリアとキュルケーが振り向く。セシリアは仕方なさそうに笑い、キュルケーは吹き出すのを我慢しているように見えた。



「ユウト殿、如何致しましたか?」



礼服の男が心配そうに言った。


「あ…か…」



まだ口が回らない。俺の中の激動を言語に変換できない。手が、口が、脳がカタカタと震えている。



「ユウト殿?」



礼服の男が視界に映る。金の立派な口髭がよく似合うイケおじだ。



「かひゅっ!」



別の思考が入った瞬間、忘れていた呼吸が変な声と共に戻ってきた。足りない酸素を補うための息が荒い。



「こ、呼吸を忘れるなんて、ふっ、ふふ、ふふふ」


(マジでそれどころじゃなかったんだよぉ!)



笑い続けるキュルケーに心の中ネスティで絶叫する。キュルケーの笑いが収まる頃には、俺の中に酸素が少し戻って来ていた。



「ユウトさん、大丈夫ですか?」


「な、なんとか…」



心配してくれるセシリアに、我ながら弱々しいサムズアップで返す。深呼吸して無理矢理姿勢を正すと、心臓のあたりをドンッと強く叩いた。



「よし!治った!」


「「「ええ…?」」」



場の空気を代弁するかのように、三人が困惑の声を上げるのだった。





ーーーー





あの後微妙な雰囲気の中で、ゴリ押しで場を仕切り直した礼服の男の案内に従い、俺はフワフワで高級な見た目の長椅子に座っていた。



(これがソファーかぁ。いいなぁ。なんかしみじみする)



通りがかりのホームセンターに飾ってあった白いソファーを思い出す。まあ、家具を買うという概念すら皆無だったし、見てることしか出来なかったが。


出された美味しい甘味を楽しみながら、ボーッと周囲を見渡す。綺麗な艶が出たテーブルに対面にあるフワフワなソファー。横の小さなテーブルには、何やら花が生けられている。


ちなみにセシリアとキュルケーはというと、何やら別の場所に案内されていた。



「お待たせ致しました、ユウト殿」



ガチャリという音と共に、礼服の男が入室して来た。



「いや全然。ていうかこのお菓子めっちゃ美味しいね。サクサクあまあまで病みつきになりそう」


「お褒めに預かり光栄です。そちらを作った料理人もさぞ誇らしいでしょう」



俺の感想に、礼服の男は本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。



「改めて自己紹介を。レサヴァント領主、シュッツ・テラトゥリィ・レサヴァントです」


「久城悠人だよ。よろしく、シュッツ」



差し出した右手を、礼服の男ことシュッツはガッシリと握り、熱い握手を交わす。ファブロのとき同様、俺の手は包み込まれてしまうのであった。



「あなたのことは、娘から聞いています。とても勇敢で強き心を持っていると」


「娘?」


「菖蒲の天啓レサヴァント支部で受付嬢をしております、ラフィ・テラトゥリィです」



そう言ってシュッツは嬉しそうに笑った。その顔を見ながら、散々世話になったラフィの顔を思い出す。



「髪色と瞳が一緒だ…」


「顔と華奢な体つきは私の妻譲りですがね」



シュッツの表情に一瞬影が出て、消えた。またさっきのような笑顔を浮かべている。きっと何かあったんだろう。



(実は妻が敵派閥に所属してて…みたいな?まあ、深くは聞かないほうがいっか)



勝手に結論を出し、勝手に納得する。結論を出し終えた俺に、陽気な声でシュッツが言った。



「さて、ユウト殿。実は一人、紹介したい方がいます」


「へぇー、だれだれ?」



そう言ったとき、タイミングを示し合わせたように扉が開いた。



入って来たのは、スラッとした長身の女の人だった。


一つ結びにされた蛍石のような青緑の髪。エメラルドのような濃く深い緑の両瞳。腰にはシンプルなレイピアを携えている。


他のガッツリフルプレートな騎士達と違い、身軽で動きやすそうなアーマーを装備している。その魅力的なアーマーを前に固まらなくて済んだのは、さっきのメイドさん執事さん達のおかげかもしれない。



「レサルシオン王国騎士団、蒼銀の神盾そうぎんのしんじゅん所属、ティオナ・ガルディエーヌです。


この度の捜索隊隊長を務めさせて頂きます。以後、お見知り置きを」



ティオナは柔らかい口調でそう言って、フワッとした笑みを浮かべた。レイピアに惹かれる目を強引に引っ張って、ティオナに目を合わせる。



「俺は久城悠人。よろしく、ティオナ」


「ふふっ、あなたのことはセシリア様から聞いていますよ。もし私が聞いた通りなら、今もこれが気になってしょうがないのでは?」



一瞬で抱いた疑問は吹っ飛び、一も二もなく頷いた。ティオナは腰のレイピアを外し、俺の目の前に持ってくる。そして「どうぞ」っと言って、レイピアを貸してくれた。



「おわっ!とと」



セーフ。


想像以上の重さに落っことしそうだったよ。それはさておき、改めてじっくりと見る。


異なる角度の三つのリングが成す鍔。それが重なる一点で煌めく黄金色の宝石。穿つことを突き詰めたような剣身は細く鋭い。



(ほわぁ…かっけぇ)



レイピアに見惚れていると、軽く肩を叩かれた。



「ユウト殿、そろそろ隊員の方達との顔合わせの時間ですので…」


「あ、ごめんごめん、思わず見惚れてた。ティオナ、ありがとう」


「いえいえ、構いませんよ」



ティオナにレイピアを丁寧に手渡す。そのタイミングで、吹っ飛んでいった疑問がどこからか返って来た。それを流れるまま口から出す。



「ティオナ、そうぎんの神盾って?」



俺の一言にティオナは目をぱちくりとしたあと、変わらず柔らかい声色で教えてくれた。



「蒼銀の神盾は、レサルシオン王国騎士団の近衛騎士部隊です。主にレサルシオン王家の護衛をしています。有事の際は戦力として戦場に出ることもありますよ」



脳内に、玉座の両脇を固める二人の剣士のイメージが湧き出て来た。片方は大柄で巨大な盾と剣を背負って、もう片方は、その細身とはアンバランスな巨大な双剣を持っている。



「おお!王様直属の騎士!ていうことは少数精鋭?」


「ご明察です。部隊と一応名乗っていますが、実際は称号に近いものでして…」


「つまりティオナはめっちゃ強いってことだね!?」


「まだまだ未熟者ですよ」



そう謙遜するティオナの瞳からは、本当にティオナ以上の実力者がいることを窺わせた。



(どれだけかっこいい騎士に会えるんだろうなぁ!)



これからが楽しみだ。





ーーーー





今度はティオナとシュッツに案内されて、謎の扉の前に立っていた。シュッツ曰く、「すぐにお呼び致しますので少々ここでお待ちください」とのこと。



(何が始まるんだろうなぁ)



廊下をキョロキョロと見渡しながら待っていると、数分と経たずにメイドさんが来た。


黒のワンピースをベースに白いフリルエプロンの格好。メイドといえばこれ!っというイメージを体現している。



「お待たせ致しました、ユウト様。どうぞお入りください」



メイドさんはそう言って、丁寧な所作で扉を開き俺を中へ招いてくれた。


視線の先にはセシリアとキュルケー、ティオナ、シュッツがいた。ティオナとキュルケーがセシリアをサンドイッチし、シュッツは一歩引いた位置にいる。



「どうぞセシリア様の前へ。あとはシュッツ様がご指示をくださいますのでご安心を」


「わかった、ありがと」



メイドさんに言われた通り、セシリアの前に行く。セシリアと目が合うと、彼女はニコッと笑った。



「総員、抜剣!」



さっきまでの様子からは考えられないほど凛とした声で、ティオナが号令を掛ける。


左側からザッという音が聞こえた。統率された集団が、一斉に同じ行動をとるときに発する、あの音。つられて左を見れば、一糸乱れぬ姿で剣を胸の前に掲げる騎士達の姿があった。



「これより、クジョウユウト殿の入団式を行う」


(か…か…かっっっっこいいいいい!!!)



厳かな雰囲気でシュッツが言う。そのおかげで俺の熱は心の中で叫ぶだけに止まった。


まだ冷めやまない熱に口が動こうとするが、そこは式の厳格なかっこよさをぶち壊さないために必死に我慢。側から見たら耐えきれていないのかも知れないが。


式は淡々と、厳正な雰囲気で進んでいく。その間に正面の騎士達をじっくり堪能。


今回は意匠こそ似ているものの、フルプレートアーマーは一人もいない。捜索隊というだけあって、防御力よりも身軽さを意識した、薄手のアーマーを装備している。


捜索隊は魔法部隊が十人、近接部隊が二十人の全三十人。


どうやら遠距離一人と近接二人の三人一組スリーマンセルベースに、三十人固まって行動するらしい。ラグバグノス樹海の奥まで行くため、少数精鋭で、メンバーを見失わないようにすることが一番大事とのこと。


捜索期限は一週間。一週間経ったら一旦戻って二日休憩と補給の後に再出発。これを見つけるまで繰り返す。


他国も捜索隊を出すので、発見報告がある可能性も。それは捜索から戻ったときに知らせるので気にしなくていいって。


一通りの説明が終わり、シュッツは一息ついた。



「ではユウト殿、こちらへ」



アーマーを堪能するのをやめて、シュッツに言われた通りセシリアの前へ行く。セシリアの後ろから、メイド姿のラフィが何やら布に包まれたものを持って来た。



「こういう場合って、俺は膝をつく方がいいのかな?」



小声でセシリアに聞けば、小さく首を横に振られた。だからいつも通り、セシリアの正面に立つ。


セシリアはラフィからそれを受け取ると、布を勢い良く外した。そこにはシャンデリアに照らされる、夜空のように美しい鞘に包まれたイエンイの姿があった。その重く幻想的な風貌に、ファブロの店のときのように再び魅入られてしまう。



「ユウトさん、その知恵と力を私達に貸してくれますか?」



厳かな式とは思えないほどラフな言い方のセシリアに、思わず笑ってしまった。



「くれた恩を返すくらいの働きはしたいな」


「はい、お願いします」



そう言って笑みを浮かべたセシリアは、手に持ったインエイを俺の方へと差し出した。一瞬戸惑ったけど、これは受け取るのがお約束。なので握りと鞘を持って、インエイを掲げた。


掲げたインエイを下ろし、左手で鞘を持つ。セシリアから数歩距離を取り、腰を落として右手を握りに添える。


抜刀。一歩踏み出し振り下ろし。飛びながら回転し、燕返しをキメる。赤黒紫の三色が、入り混じりながら線を描く。クルクルと二度回して納刀。太刀だからか結構重い。



「どうですか?」


「ヤバい、叫びそう」



もう一度見ると間違いなく咆哮を上げるので見ないようにするが、セシリアの一言で見たい衝動が噴き上がってくる。そこにシュッツによる救世の言葉がかかった。



「以上を持ちまして、入団式を閉じます」


「総員、納剣!」



ティオナの号令により、騎士達が一斉に剣を下ろし、鞘に収めた。それと同時に、厳格な式の雰囲気が霧散する。


俺は入ってきた扉から飛び出して、屋敷の外で力一杯叫んだのだった。

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