第14話:伝え忘れてたこと

「っ!」



燁炎が起こした爆風を、風魔法を用いて受け流す。想像以上の重さに、私は歯を食いしばって耐える。


風が止み、晴れた視界の先でユウトが死んだように倒れていた。



(仕方ないわね。ユウトはまだ始めたてだもの)



私はため息をつくと、風でユウトを浮かせた。隣まで持ってくれば、小さく呼吸しているのが分かる。せっかくあげた服はボロボロだけど、火傷とかは大したことないみたいね。


ユウトの状況を確認しつつ、片手間で土魔法を発動。草原を元通りにする。



(はぁ…限界まで使うなんて…仕方ないとはいえ、勘弁してほしいものね)



草原がすっかり直ったことを確認して、私はユウトを運びながらレサヴァントへと戻った。


菖蒲の天啓の治療室に着いたので、早速ユウトを寝かせる。相変わらず死んだようにピクリとも動かない。



(セシリアから反動のことを聞いたはずよね?どうして加減しないのよ…)



呆れのあまりため息がでる。しばらく悶々としていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。治療室の扉が開き、二日前にお世話になった受付嬢が丁寧にお辞儀した。



「キュルケー様、失礼します」


「来たわね。私は用事があるから、後は頼むわ」


「は、はい」



受付嬢にユウトを押し付け、私はセシリアと合流するために治療室を出た。




菖蒲の天啓を出て、セシリアに言われた集合場所を目指す。


そこはレサヴァントに来てから、よくセシリアと二人行く喫茶店。名前は杜鵑草ほととぎす


少し落ち着いた洒落た雰囲気のお店で、そこで話しをする時間がお気に入りだったりする。大通りから逸れたところにあるため、行きにくいのが少し難点ね。



慣れた細道に入り、先へ進む。そして目的の喫茶店に着いた。まるで異世界のような、神秘的な緑に包まれた建物。いつ見ても心が癒されるわ。


扉を潜れば、チリンと鈴の音が鳴った。誰もいないので、真ん中の席に座ったわ。



「いらっしゃいませ」


「いつものをお願い」


「承知致しました」



この店は受付と席が同じになっていて、全体的にこぢんまりとしているのよね。店長しかいないし、今後も一人でやっていくつもりらしいから、ちょうどいいみたいだけど。っていうのは表向きの話。


本当は私の直属の諜報部隊の隊員。諜報員としての能力は疎か、料理の腕まで高いので、こうして各地でお店を出している。場所によっては大きな店を構えているから、凄いものよね。



「お待たせ致しました。林檎の寄木焼きです」


(いい香りね…さすがだわ)



彼の腕の良さがよく分かる綺麗な編み目の生地。ぼんやりとした照明の下、キラキラと宝石のように輝いてる。


食事用の小刀と三叉槍を手に取る。刃を通せば、サクッという軽やかな音と共に、ふわっと甘い香りが立ち上った。一口大に切り分け、下準備を終える。


早速一切れ目を口に運ぶ。しっとりとした甘みが、軽やかな食感と共に口に中で踊った。



「相変わらず美味しいわね」


「お褒めに預かり光栄です」



じっくりと林檎の風味を味わっていると、鈴の音と共にセシリアが入ってきた。何やら布に包まれた筒のような物を背負っている。



「いらっしゃいませ」


「こんにちは。いつものお願いします」


「承知致しました」



同性の私も見惚れるような、綺麗な所作で席に着くセシリア。私の隣だけ神界のような感じがするわ。



「それで、用事は済んだわけ?」


「はい、この背中の物がそうです」


「ふーん」



嬉しそうに、そして愛おしそうにそれに触れるセシリアは、まるで女神のよう。その様子を見て、ある一つの疑問が浮かんできた。



「ねぇセシリア、あんた…ユウトのこと好きなの?」


「い、いえそういうわけでは!」



セシリアはビクッと大きく体を震わせて、素っ頓狂な声を上げた。顔は林檎のように真っ赤になって、湯気をあげそうな勢い。さっきまでの美しい雰囲気は霧散し、可愛らしく恥じらう姿だけが残った。



(セシリアにとってのユウトってどんな感じなのよ?)



白馬に乗り、優しくセシリアに手を差し伸べるユウトを想像してみるが、あまりにも似合わなかった。



「まあいいわ。とりあえず、件のユウトについてね。アイツは今、菖蒲の天啓で面倒を見てもらってるわ。限界まで魔剣を使った反動で寝込んでるの」



顔を手で覆い、小さく縮こまっているセシリアに現状の説明と訓練の進行度合いを伝える。とりあえず聞いているのか、ほんの僅かに頷いているのは分かったわ。



「それで午後の顔合わせまでに起きなかったときは、あれを使うってことで良いわよね?」



そこでセシリアがまだ朱に染まっている顔をバッと上げた。宝石のように綺麗な長髪がパッと舞う。陽に照らされた若草のような瞳が私をジッと見つめてきた。そこからは不満の二文字がありありと感じらるわ。



「私だって使いたくないわ。でも仕方ないでしょ?」



私がそういえば、セシリアは頬を膨らませた。



「お待たせ致しました。桃の寄木焼きです」


「ありがとうございます…」



セシリアは消え入りそうな声で言った。まだ恥ずかしさは消えていないみたいね。


落ち着きを取り戻したセシリアと寄木焼きに舌鼓を打った後、私達は再び菖蒲の天啓を訪れた。治療室に入れば、案の定ユウトは目覚めてなく、お世話を頼んだ受付嬢が額の氷水を入れ替えていたわ。



「キュルケー様、セシリア様」


「ご苦労様ね。あとは私達がするからいいわよ」


「はい、承知致しました」



受付嬢は丁寧にお辞儀をすると、治療室を出ていった。セシリアはというと、すぐにユウトのそばに寄り添い、頬を突いたり体を揺さぶったりしていた。



「起きないわね。じゃあ飲ませるわよ」


「はい…ごめんなさい、ユウトさん」



セシリアは寝ているユウトに謝ると、懐から赤い液の入った小瓶を取り出した。実はさっきの食事中に、あれを使うようセシリアを説得しておいたのよ。意外とあっさり引き下がってくれて助かったわ。


セシリアが小瓶の蓋を開け、恐る恐るユウトの口に手を当てる。少し開いた口にそれを流し込み、セシリアはそっと距離を取った。


数秒の間が空いて…



「かっっっらぁぁ!!」



ユウトが絶叫と共に飛び起きたわ。





ーーーー





口内で暴れ回るほとんど痛みと変わらない辛さが、俺の体を弾き飛ばした。額からは嫌な汗が、目からは少し涙が出ている。止まらない咳が喉を攻撃し続けて、痛みが治まる気配が一向にない。



「顔合わせの時間よ。準備しなさい」



キュルケーが無慈悲な一言を掛けてくる。その声色にはどこか憐れみが混ざっている気もした。セシリアはというと、隣りで申し訳なさそうな顔をしながら小瓶を手渡してきた。


その中身も確認せずにそれをあおる。じんわりと温かさが喉の奥まで広がっていく。痛みはまだ消えないが、喋れるくらいマシになった。



「セシリア、ありがと」



セシリアに礼を言う。喉が三日三晩叫んだのかってくらいガサガサだった。


改めて自分の状態を見る。あちこち火傷をしているが、どれも比較的軽い。せっかくキュルケーがくれたローブは、あちこちが焼けて穴が空いていた。



「ごめんキュルケー、服ボロボロにしちゃって…」


「考えなしに振り回すからよ。限界くらい考えなさい」



呆れた声で、肩をすくめながらキュルケーは言った。その言葉で考えていたことが正解だったことを確信できた。



「やっぱり魔法にも限界があるんだ」


「待って、あんたセシリアに習ったでしょ?」



キュルケーが高圧的に問い詰めてくる。チラッと横を見れば、セシリアがあっと驚いたように口に手を当てた。



(セシリア…忘れてたんだな)



俺の記憶にないこととセシリアの反応を見る感じ、今の思いつきもまた正解のようだ。というわけで、セシリアを庇うため一芝居打つ。



「い、いやぁ、そんなこともあったような、なかったようなぁ…」


「なるほど、セシリアが忘れてたのね」



俺とセシリアはキュルケーの鋭い一言に、同時に肩を震わせた。セシリアと目が合ったので、そっと目を逸らす。キュルケーの圧が徐々に昂っていき、とうとう最高潮に達した。俺達はキュルケーの怒号に備えて身を固める。



「はぁ…しょうがないわね」


「「え?」」


「ユウト、覚えてなさい。自身の器を超えた理を造るとああなるの」



キュルケーのため息とアドバイスに毒気を抜かれた俺達は、揃って肩を下ろしたのだった。

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