第13話:限界トレーニング

慣れないフカフカに包み込まれて、俺は無限に沈み込んでいっているような感覚に浸っていた。途轍もなく心地の良いこれは、セシリアが泊めてくれた宿のベッドだ。



「ふあぁ…起きよ」



大きな欠伸をし、寝ている間に固まった体をストレッチで伸ばす。



昨晩はセシリアにご飯を奢って貰った後、そのままの流れで宿まで提供して貰った。カウンターでプラチナか何かでできた硬貨で払っていたのを見て、借りを返せる自信が打ち砕かれたことは記憶に新しい。


ちなみにその時に、キュルケーがここの金銭の感覚を、バカにしながら教えてくれた。



硬貨の種類は全部で六種類。


鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、水晶貨で、後者になる程価値が上がっていく。それぞれ百枚ずつで次の硬貨一枚と同等の価値を持つ。


つまり鉄貨百枚で銅貨一枚、鉄貨百億枚で水晶貨一枚というわけだ。


銅貨一枚で店のパン一個くらいと言っていたので、おそらく銅貨一枚が大体百円。そうなると今泊まっている宿屋は…



(か、考えるだけでもゾッとする…)




セシリアが白金貨を使ったのは大金を崩したかったからなのだが、そんなことは関係ない。その寒気を、フカフカのベッドという癒しに逃げることで忘れようとする。しかしその試みはうまくいかず、結局寒気が消えることはなかった。



「ん?何だこれ?」



ふと横のラウンドテーブルを見ると、何やら紙と、青と白の布の塊があった。近づいて広げてみれば、6日前に見たようなデザインのローブだった。隣に置いてあった紙に目をやれば、セシリアからと書かれた紙があった。なんとなくだけど、セシリアではない気がする。



「着替えが無さそうだったので差し上げます。元の服はボロボロだったので捨てました。セシリアより…か。いやこれ絶対キュルケーが書いただろ」



キュルケーの素直じゃない優しさに笑いつつ、妙に着心地のいい宿提供の寝巻きから着替える。見た目の割に生地が薄く、そこまで暑いとは感じない。ただ長袖は嫌なので、袖は捲った。


ふと窓の外を見れば、まだ朝日は昇ってなく、壁のさらに奥、ラグバグノス樹海の奥の山の天辺あたりから、黄色の光が見えていた。



(散歩でもしようかな)



思い立ったが吉日。早速部屋の外に出た。



宿を出て、まだ静かなレサヴァントの街並みを眺める。この高級宿はレサヴァント中央付近の少し高いところにある。お陰で俺が泊まった三階からだと壁の奥が見えるのだ。


遠くでは菖蒲の天啓ギルドに頻繁に人が出入りしているのが見える武器を持っている人は見えない。職員が朝の仕事に追われているようだ。



「おはようございます、ユウトさん。散歩ですか?」


「うん、散歩。おはよ」



宿屋の前庭から出ようとしたとき、後ろから声を掛けられた。凛としていて、そして澄んでいる声。振り向けば、いつもの聖女然とした格好ではなくラフなワンピースを着ていた。



「ユウトさん、その格好は?」


「朝起きたら部屋にあった。多分キュルケー」


「キュルケーはなんだかんだで優しいですから」



キュルケーのツンデレな態度を思い出しながら、二人で笑った。何かを言うでもなく、俺達は歩き出した。とりあえず、門を出て行きたい方へと歩く。セシリアは俺の隣を歩いていた。ふらふら歩き回っていると、一際目を引く看板が現れた。


剣と鎚がクロスした、鍛冶屋の看板。剣は青と白で神々しく、鎚は赤と黒で禍々しく描かれている。


どうやら開いているらしいので、その扉を潜ってみた。



「おお〜!」



まず目に飛び込んできたのは、手狭な店の壁に、ぎっしり掛けられてる剣の数々だ。どれも鍔の部分に宝石のようなものが付いている。色とりどりな宝石だけでなく、独特な形をした刃や柄も魅力的だ。



「らっしゃい!って誰かと思えば、あのときの坊主か!」



奥のカウンターから陽気な声が響いた。見れば、俺を治療室まで運んでくれた冒険者が、今日は鍛治士姿で立っていた。厚手のエプロンに手袋。顔には少し煤が付いている。



「あ!運んでくれた人!あの時はありがと」


「いや、こちらこそだ。いい戦いが見れた。俺はファブロ、よろしくな」


「俺は久城悠人。こちらこそよろしく」



カウンターを挟んで、ガッチリと握手を交わす。ファブロの手のサイズが大きすぎて、俺の手はほとんど包まれていたのだが、握手は握手だ。



「ところで坊主は何をしに来たんだ?」


「散歩してたら面白そうだったから寄ってみた」


「なるほどな。いい眼をしてるぜ」



俺の返事に、ファブロは満足そうに何度も頷いた。そして俺にとって禁断の果実とも言える、魅力的すぎる言葉が飛び出した。



「そうだ、折角だし俺の作品を見ていってくれ。お前もいつまでも骨じゃ格好がつかんだろう?」


「いいの!?ありがと!あ、今手持ちの金ないし、予約しといていい?」


「ああ、気に入ったのがあったらそうしてくれ」


「正直全部欲しい」


「そりゃとんでもない額になるぜ」



俺の正直な感想に、ファブロは豪快な笑い声を上げた。


ファブロの言葉に甘えて、店内の物色を開始。赤を基調とした、俺と大差ないサイズの大剣。水色と白が織りなす、繊細で美しいレイピア。両刃の白銀が煌めいているショートソード。どれもこれも厨二心を刺激しまくるロマンの塊だ。


カウンターのところで、何やらセシリアとファブロが話しているのが視界の隅に入った。



(セシリアも剣が欲しいのかなぁ)



そんなことを一瞬考えて、すぐに目の前の輝きに意識を奪われた。柄頭ポンメル剣身ブレードに施された数々の装飾が、他では見たことのない様々なガードが、俺の自我を潰す勢いで魅了してくる。


その中で、俺が殊更に虜にさせられた剣があった。赤と黒と紫の三色が絡み合う、禍々しさと神々しさの両方を併せ持つ一本。剣身はさっき見た大剣に劣らないくらい長く、そのスマートな片刃は太刀を彷彿とさせる。つばには闇に暗い緑や赤が飲み込まれていくような色の宝石があった。言うなれば、ブラックオパールがおどろおどろしくなった感じだろうか。



「インエイが気に入ったのか?」



ジッと見つめていたからだろうか。いつの間にか隣にいたファブロに言われた。



「インエイ?」


「坊主が見ていた剣の銘だ」



その太刀から目を離さずに頷く。ファブロは「そうか」とだけ言うと、壁のインエイを取り、カウンターへと向かった。



「んじゃ、坊主に合う鞘用の留め具作ってくるぜ。金が貯まったら買いに来てくれ」



そう言ってファブロは、インエイと鞘を持ってカウンターの奥へと消えていった。返事もする間もなく、ただ呆気に取られていると、ローブの裾を、ちょいちょいと引っ張られた。



「ユウトさん、そろそろ宿へ戻りませんか?」


「ん?ああ、もうそんな時間か。ファブロ!ありがと!」



とりあえずお礼だけを言い、セシリアと共に店を後にした。





ーーーー





宿に着くとすぐに、セシリアはキュルケーの部屋へと向かった。なんでもキュルケーは朝に弱いらしく、毎回起こしに行かないと、昼まで寝てしまうとのこと。


俺はというと、またセシリアの奢りでご飯を食べていた。いい加減自分で払いたいのだが、全然許される気配がない。



(この水めっちゃ美味いなぁ。これがジュースってやつなのか)



故に俺は、運ばれてきた果実水を喉に通し、人生初のジュースに現実逃避した。もちろん値段は見てないし聞いてない。


ボーッとジュースを飲んでいると、昨日知った魔法の数々が脳内に湧き出てくる。



(ついでだし、復習しとくか)



セシリアの講義によると、この世界の魔法は十種類に分類される。


火を操る炎魔法。


水と氷を操る水魔法。


雷を操る雷魔法。


風を操る風魔法。


大地と植物を操る土魔法。


光を操り、光線や結界を扱う光魔法。


闇を操り、毒や幻覚、デバフを扱う闇魔法。


治療とバフを扱う神聖魔法。


時間操作や空間転移といった、特殊な攻撃ができる現世魔法。


そして、これらと一線を画す魔法が


出力、特性、効率。どれをとっても圧倒的に秀でている魔法だ。ただ固有魔法というだけあって、選ばれた者しか使えないんだとか。あと、資質は遺伝するらしい。


もちろん魔法の得意不得意には個人差があるから、得意な属性も不得意な属性もある。なんなら全く使えない属性もあるんだとか。


ただ魔法が全く使えない人は前例がないらしい。ちなみにセシリアは神聖魔法が一番得意。



(そういえば、お約束のデメリットが無いなぁ。魔力関係ないパターンなのかなぁ。杖とか魔導書は、ステアの補助用アイテムだし)



そんなことを考えていると、シャンパングラスの中のジュースが無くなっていた。名残惜しくてジッとグラスを見ていると、セシリアに声を掛けられた。



「気に入ったのですか?」



顔を上げると、セシリアと眠そうに目を擦るキュルケーがいた。セシリアに対して素直に頷くと、クスッと小さく笑って、店員さんに何やらオーダーした。俺がいるテーブルにつくと、今度はキュルケーが目をしばしばさせながらオーダーをしていた。



「ユウトさんにお話しがあります」



オーダーが終わったところで、セシリアは真剣な雰囲気で切り出した。俺もそれに合わせて姿勢を少し正す。



「今日の午後、レサヴァントに捜索隊が到着します。今日は準備期間とし、明日出発の予定だそうです。ですから、午前中は魔法の練習とし、午後は顔合わせと準備ということでいいですか?」


「はーい」



そういうわけで、今日の予定が決まった俺達は、朝食を済ませてレサヴァントの門に向かった。




レサヴァントの外に到着。セシリアはというと用事があるらしく、門に向かう途中で別れた。なので今はキュルケーと俺だけ。


レサヴァントからある程度離れると、キュルケーは燁炎ユウエンを貸してくれた。



「今日は《ステア》に入る練習をするわ。まずは私が魔法を撃つから弾きなさい」



キュルケーは俺から十メートルくらい距離を取り、魔導書を構えた。三つの魔方陣が展開され、火球が放たれる。


燁炎を逆手に構え、迫り来る火球を斬り上げる。炎に呑まれた燁炎から、確かな重みを感じる。


力任せに振り抜くと、炎を纏った燁炎が姿を現した。その輝きに俺の熱が炸裂する。思考が感情とごちゃ混ぜになり、本能のままに体を躍らせる。


炎を斬り裂き、火の海を進む。斬り裂いた先に一瞬見えるキュルケーは、距離を取りながら砲撃を続けていた。


囲む炎の密度が一段と増す。四方八方から熱を感じる。半歩先にあり続ける死の感覚。迫り来るロマンの塊。歓喜が全身を震わせる。


「咲き乱れろ!煌菊コウギク!」


爆発する感情が、魂の叫びが、燁炎を通してこの世界に顕現する。一振りするたびに、燁炎の輝きが溢れ出る。その輝きは火球を押し除けて、俺の心ネスティの存在を世界に刻みつけていく。


地を抉り、風を跳ね除け、緑を燃やす。この世の全てを灰燼と化させる勢いで、ひたすらに振るう、振るう、振るう。


肌がチリチリする。腕が痛い。息が苦しい。それでも振い続ける。数瞬前とは違い、火の海が途絶える様子は全くない。斬り裂いても斬り裂きいても、その先にあるのは圧倒的な熱量だけ。


なんでだろう。どう転んでも灼熱地獄の現状に、ワクワクしてる気がする。その高鳴りがまた、燁炎の輝きを呼び起こす。



突如、太陽に負けず劣らずの景色が闇に包まれた。それは、圧倒的な量の水弾。極地的洪水。全ての輝きを呑み込み、消し去らんとする冷酷な大波だった。


再び燁炎を逆手に持ち替え、低く低く腰を落とす。右腕を後ろに大きく引き、両の脚で力の限り地を掴む。極限まで引き絞った弓のように、体がギリギリと悲鳴を上げた。


溜めたバネを一気に解放し、飛ぶような勢いで回転斬りを放つ。煌菊の輝きが円を描き、凄まじい爆裂音が響き渡った。


「あ…れ…」


世界が白く染まっている。バチバチと激しい耳鳴りが鼓膜を劈く。体はふらふらと揺れ、軸が真っ直ぐにならない。そのまま俺は、草原だった場所へと崩れ落ちた。

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