第9話:入り乱れる青と赤
突如決闘を申し込まれたユウトさんは、困惑したままキュルケーを見つめ返しています。
(ユウトさんからすれば、知らない人にいきなり戦えって言われているようなものですから…)
この決闘を止めることは出来ます。でも先程キュルケーに言われた事が、頭から離れません。
ユウトさんが魔族かもしれない。本能はそれを否定しますが、理性はキュルケーを支持しています。
「ほら、訓練場へ行くわよ」
キュルケーはスタスタと訓練場へ歩いて行った。ユウトさんはというと、目の前の受付嬢をポンポンと軽く叩いていました。ハッと息を吹き返した受付嬢は、ユウトさんをジッと見ています。
「あ、動いた。訓練場行ってくるから冒険者証よろしく」
「わ、分かりました」
それだけを言うと、ユウトさんはキュルケーの後を追って訓練場に入っていきました。私も慌てて二人を追いかけます。
訓練場に入ると、真ん中で二人が向かい合っていました。その二人を遠巻きに眺めている冒険者達がいて、何やら話しています。どうやら二人の決闘の行方について語っているようです。
「相手を戦闘不能にする、もしくは降参宣言をさせれば勝ちよ」
「シンプルだなぁ」
「なんて?」
「分かりやすいってこと」
「あんたみたいな馬鹿にはちょうどいいでしょ?」
フンッと鼻を鳴らしながら、腰の魔導書を引き抜きました。それを見たユウトさんの目がキラキラと輝きます。
「か…」
「か?」
「かっこいいいい!!魔導書それ!?見せて見せて!」
ユウトさんの純粋すぎる反応が、逆にキュルケーを困惑させます。
(ユウトさん…私の魔法を見たときもあんな感じでしたね…)
この一週間の付き合いでしかないですが、ユウトさんのあの表情は鮮明に覚えています。
「あーもう!いいから始めるわよ!」
困惑を強引に振り払うようにキュルケーが言い放ちます。
「えー」
「えーじゃない!セシリア!合図ちょうだい!」
「は、はい!はじめ!」
私の合図をきっかけに、キュルケーは魔導書を開き、詠唱を始めます。
「ーー紅蓮の炎・十の砲門・灰燼の景色ーー」
キュルケーの前で五つの魔法陣が回転し、ユウトさんを囲う炎の円が現れます。その上には円よりも大きな火球が幾つも浮かんでいます。
「ーー《イグニルクス》ーー」
まるで太陽のような火球が、キュルケーの声と共にユウトさんを襲います。爆風が荒れ狂い、圧倒的な熱が訓練場を満たします。
「大丈夫ですか?セシリア様」
「あ、ありがとうございます」
近くにいた冒険者の方が、その大盾で防いでくれました。余波だけでかなりの威力。これに耐える訓練場の丈夫さには常々驚かされます。
二人の周りに、結界が張られました。反対側にいる魔法使いの方が掛けてくれたのでしょう。
「まさか、ここまでの威力とは…さすがリディマギア王国次期女王、キュルケー様ですね」
「は、はい」
キュルケーの家系、リディマギア王家は、祖先が過去に魔王を討った勇者の仲間の魔法使い、魔導師リディマギアと言われています。代々強力な魔法使いの血筋で、彼女もそれに漏れることなく強力な炎属性と水属性の魔法を扱います。
(それを直撃だなんて…ユウトさん…)
火球は徐々に勢いを増し、今では雨のように降り注いでいます。結界の中は灼熱地獄と化しており、安全なのはキュルケーの周りだけ。自身は被弾しないように魔法を調整しているようです。
爆音が、振動が結界の外でも伝わってきます。この結界を維持する魔法使いの方の額にも汗が浮かんでいます。それでも火球の雨は止まる気配すらありません。無慈悲に残酷に、ただ眼下の敵を滅さんとその猛威を振るい続けます。
炎の集中砲火が止まったときには、灰が結界を満たしていました。
「ここまですれば本性を現すでしょ!魔族!」
「ま、魔族!?」
キュルケーの叫びに、周りの冒険者達が騒めきます。
魔族。それはこの大陸に存在する三つの魔境の奥に棲むと言われている、魔王の配下の子孫の事です。彼らは時折現れては、甚大な被害を及ぼして消えます。
魔族は角や翼といった、その種族を象徴する特別な器官を持っており、そして人よりも圧倒的に魔法に長けています。リディマギア王家と並ぶくらいと例えられるほどです。
ユウトさんが本当は魔族で、今は人に化けている。そしてそのまま何処かの国に入り込み、また被害を起こそうとしているのではないかと、キュルケーは言っていました。
確かに聞き覚えのない言葉を使う事が多かったり、故郷もラグバグノス樹海の奥の方からだったりと、魔族と疑える要素はあります。ですが、魔法に向ける子供のような目は、どうにも演技とは思えないのです。
(それすらも、魔法で思い込まされているのでしょうか…)
そんなはずはない、そんなはずないと何度言い聞かせても、どうしても拭えない不安があります。
灰の砂煙が晴れると、そこには骨を杖に、苦しそうに息をするユウトさんがいました。
「キュルケー!もういいでしょう!ユウトさんは魔族ではありません!」
「まだよ!こいつはまだ何か隠してる」
もう一度ユウトさんの方を見ます。ジッと目を凝らすと、ユウトさんの表情が見えました。
(笑ってます?)
「くっくっく、あっははははは!」
ユウトさんは突然、のけ反りながら大きな声で笑い出しました。その顔は、魔法を見た時同様、子供のようにキラキラと輝いています。
「本性を現したわね!」
「あぁ、サイッコーだ!なんだ今の!」
ユウトさんの反応に、キュルケーは顔を引き攣らせながら身構えます。
「五つの多重魔法陣からの、炎の円!逃げ場を無くしてからの連続爆撃!かっこよすぎるだろぉ!!!」
「は、はあ!?」
(あ…いつも通りですね)
続く言葉に、なぜか安堵してしまいました。キュルケーはというと、理解不能という感情がありありと現れています。
「もっかい!もっかい見せて!」
「っ!ふざけんじゃないわよ!いい加減本性を見せなさいよ!」
(キュルケー…それがユウトさんの本性なのです…)
深呼吸をし、再び詠唱を始めるキュルケー。凛とした声が紡ぐ言の葉を、ユウトさんは嬉しそうに聞いています。
「ーー三叉の水槍・刹那の一閃・血雨の喝采ーー」
キュルケーの足元に、青く輝く魔法陣が展開されます。六芒星を中心に、六つの円が頂点に描かれており、そこから水柱が勢いよく上がります。水柱は三叉槍の形を成し、先端がユウトさんを捉えます。
「っあはは!やっば!あれは死ぬわ!」
ユウトさんは腰を落として、骨を下段に構えます。相変わらず満面の笑みで、真っ直ぐに三叉槍を見ています。
「ーー《ヒュドルリエナ》ーー」
キュルケーの鍵言葉と共に、三叉槍が消えます。ユウトさんは前方へ大きく踏み込みつつ、反転。下段の骨を振り上げます。骨に弾かれ減速した三叉槍が再び姿を現します。
(速すぎて目で追えません…ユウトさんは本当に目がいいですね)
加速し、再び消える三叉槍。ユウトさんは右、左と踊るように交わし続けます。
突如、キュルケーの背後に数多の赤い魔法陣が出現します。そこから顔を覗かせるのは、ユウトさんよりも巨大な火球。キュルケーが腕を突き出せば、一斉に放たれます。
ユウトさんは正面の火球を弾き、空いた空間に体を滑り込ませますが、爆風に負け、別の火球の前へと飛ばされます。弾いては転がされ、弾いては転がされ、ただ一度の失敗も許されない回避を続けます。
爆炎が収まり、土煙が舞っています。キュルケーが一息ついた瞬間、煙が揺らぎ、骨を上段に構えたユウトさんが飛び出てきました。空中からの大振りな振り下ろしが、キュルケーを狙います。
それが直撃する瞬間、ユウトさんの背後に三叉槍が現れます。咄嗟に身を
「ユウトさん!」
結界が解かれ、訓練場が再び一つに戻ります。慌ててユウトさんの元へ飛び出します。
三叉槍が消え、ユウトさんが地面に落ちます。見ればユウトさんの腹部には大きな穴が空いていました。
(ひ、酷い傷…とりあえず回復を…)
深呼吸をし、両手に構えた杖に意識を集中させ、傷を負う前の元気で無邪気なユウトさんを想像します。
「ーー我が始祖がもたらす慈愛の翠光よ・彼の者を現世に繋ぎ止めたまえーー」
私の前とユウトさんの元に緑に輝く複雑な紋様が現れ、魔法陣を描きます。ユウトさんは傷は一刻を争うほどの重傷。失敗はできません。
「ーー彼の者が背負う苦しみを除きたまえーー」
温かい光が二つの魔法陣を繋ぎ、緩やかに回り出します。その回転が早まるにつれ、集中力が落ちていくのを感じます。もう一度杖に意識をむけ、魔法に意識の焦点を当て続けます。
「ーー彼の者に世界の祝福を・彼の者に世界の純愛をーー」
さらに五つの魔法陣がユウトさんを囲い、お互いが支え合うように噛み合い、回転を加速させます。集中も、気力も、全て振り絞ります。ユウトさんを助けれるのは私しかいないから。彼を助けるのは…
「ーー痛みの鎖は今解き放たれるーー」
視界は激しく点滅し、何が起こっているか全く見えません。耳鳴りもひどくなり、周りの音がかき消されます。それでも言の葉を紡ぎ続けます。彼を助けたいから…。どうしてここまでするのかも分かりません。それでも、私の思いのままに…
「ーー《シュメルタミエンティオ》ーー」
ーーーー
「うぅ…クラクラする…」
吐き気がする。耳鳴りがする。頭が痛い。お腹が減った。
「お、目が覚めたか坊主」
目を開けると、大剣を持った冒険者らしき人がいた。その他にも、何人かの気配があるのを感じる。
「ん…?誰?」
「観衆の一人だよ。お前らの決闘のな」
「決闘…そっか、俺負けたのか」
「ああ…しかし見事な戦いだったぜ。魔法も魔道具もなしにあそこまでやるとはな」
痺れる体を無理やり起こし、立ち上がる。周りを見れば、訓練場にいた何人かの冒険者が俺を囲っていた。
(セシリアとそのお友達は…いないな)
「おい、まだ寝ていろ。瀕死の重傷だったんだぞ」
大剣使いが心配そうに声をかけてきた。
「もう大丈夫。それよりセシリアとお友達は?帰った?」
「…お前、何者なんだ?セシリア様を呼び捨てとは…」
「俺は…っ!!」
「うぉ!」
俺は咄嗟に大剣使いを突き飛ばす。ついで背中から感じる強い衝撃。俺はそのまま訓練場の壁に叩きつけられた。全身がびちょびちょで、服の先から水が垂れている。
「よくもセシリアを…」
「キュルケー様!あいつはまだ…」
「うるさい!あいつは魔族なのよ!魔族のくせに…」
立ち上がれば、セシリアのお友達がいた。目を吊り上げ、俺を睨んでいる。
「魔族じゃないんだけど…」
「私は騙されないわよ!あの動き、絶対に邪眼族じゃない!その眼、魔眼なんでしょ!?だから私の魔法を…」
「キュルケー様!あいつは避ける時、魔法を見ていませんでしたぜ!」
さっきの大剣使いが暴走気味のセシリアのお友達と俺の間に入ってくれた。
「見ずに避けたって言うの!?」
「ああ。ありゃ勘に任せて戦ってるやつの動きだ。目に頼っちゃいねえですぜ」
大剣使いの意見に同調するように、周りの近接系の冒険者たちも頷いていた。セシリアのお友達は、反論できなくなり、黙って俯いた。
「とりあえず、セシリアは?もしかして俺…巻き込んだ?」
「セシリア様があんたを治したんだよ。我らが王女様が直々に手当して下さったんだぜ?光栄だな」
「ん?王女?セシリアが!?」
「そうだぜ?」
セシリアが王女だという事実に、俺の中に衝撃が疾った。一方俺の周りは常識だと言わんばかりの雰囲気を放っている。
「そっか…どうりで上品な雰囲気をしてるわけだ…」
今までの所作や言動の高貴さに、ようやく合点が入った。
「あのユウトさんはいますか?」
「「「ラフィ姐!」」」
入り口から聞こえた声に、何人かの冒険者が反応した。
「いるよー!」
「お待たせしました。冒険者証が完成したので…ってびしょびしょじゃないですか!何があったんですか?」
「まあちょっとね」
「みなさん新人いびりをしたんじゃないでしょうね?」
受付嬢が圧を飛ばす。最初に反応した冒険者達が、ブンブンと必死に横に首を振った。
「えっとラフィ…で合ってる?怖がられてるの?」
「ええ、ラフィです。改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「では、受付に行きましょうか」
ラフィは俺の疑問はスルーしつつ、出口に向かう。俺もラフィについてエントランスに向かった。
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