第8話:ギルド観光

セシリアは扉を開けた瞬間、中へ飛び込んで見知らぬ誰かに飛びついた。二人の反応を見る感じ、どうやらお仲間さんらしい。


クリスタルのような透明感が少しあるウルフカットで、そこには赤と青の輝きが混じっている。タンザナイトのような紫の瞳は、再開を喜ぶ涙目に濡れている。抱きしめてるセシリアよりは背が高そうだ。


格好は、魔法使いと呼ぶに相応しい立派な黒い帽子に、肩から掛けている短いマント。腰のベルトには魔導書のような厚い本が付いている。言うなれば、快活な魔女といった雰囲気だろうか。



(目的達成かな?なら俺はギルド探索だ!案内ありがと、セシリア!)



感謝の念をセシリアに送り、早速奥にあるカウンターらしき場所へと行く。そこには青をベースに、白いフリルのワンピースを着た女の人達がいた。腰の後ろが大きなリボンで結ばれていて、ポニーテールはシュシュのようなもので止められている。


大きなカウンターには羽ペンらしき物や、呼び出しベルのような物がいくつも置いてある。カウンターの後ろには関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉があり、これまた青をベースに白のマントを合わせた格好の男の人達が、何やら運んでいた。



「こんにちは。何か御用でしょうか?」



そんな風にカウンターを物色していたら、金髪碧眼へきがんの受付嬢に声を掛けられた。



「こんにちはー、初めてきたから探索しようと思って。お邪魔するねー」


「良ければ案内しましょうか?ここレサヴァント支部はかなり大きい建物ですので」


「いいの?仕事は大丈夫なん?」


「ええ。この時間は冒険者の方達はあまりいませんので、手は空いているんです」


「じゃあ、案内頼む」



そんなこんなで、受付嬢の人に案内してもらえることになった。カウンターの出口から出てきた受付嬢が、俺の横に並ぶ。



「ではまず、ここの説明からしますね」



そう言って受付嬢は、俺が物色していたカウンターを手で示した。



「ここは見ての通り、受付です。右から順に依頼の申請、依頼受注申請、達成報告、素材買取と、四つに分かれています。


この建物に入って真っ直ぐなので、わかりやすい位置にありますね。


ちなみにこの奥は職員専用の部屋となっています。主に依頼の難易度分けや整理、買い取った素材の管理といったことをしています」


(結構細かく分かれてるなぁ。仕事してるとこ見てぇ〜)



受付嬢の説明を聞きながら、俺は小さく相槌を打つ。



「依頼の掲示板とかないの?」


「もちろんありますよ。あちらです」



俺の疑問に対し、今度は別の場所を示す受付嬢。その方向に俺たちは向かう。



「え!?でっか!」



その掲示板はもはや壁と言っても過言ではなかった。高さは俺の身長の倍くらいだが、横幅は俺が六人手を広げても足りないくらいだった。



「大きいでしょう?レサヴァント支部の規模が規模だけに、依頼も多いんです。それに合わせるために大きくしたらこのようになってしまったそうです。


今見ているのは低級の依頼の掲示板で、奥に行けば行くほど難易度は上昇します」


「おお〜。なかなか合理的だなぁ」


「今は冒険者の方達が依頼を受けているのでこのくらいですが、朝はここを埋め尽くすほどあるんですよ。まあ、ほとんどが高難易度に部類される物ですが」


(埋め尽くす!?多すぎでしょ!)



俺の驚きが表情に出ていたのか、受付嬢はクスッと笑った。俺は驚愕から戻ってくると、思いついた疑問を聞いてみる。



「ちなみに、難易度はどうやって分かれてるの?」


「一から十まであります。一は迷子の猫を探したり、家の片付けたりと言った感じです。


二から三は植物や鉱石採集です。ここまでは、駆け出しや低級の冒険者が優先される依頼ですね」



受付嬢はそう言って、掲示板の一番左端のあたりを手で示した。次に俺たちのちょうど正面の方を向く。何やら人の名前だったり、ゴブリン殲滅だったり書かれていた。



「四から六は幅が広く、魔物の討伐や少し危険な場所での採集、行方不明者の捜索などがあります。中級以上の冒険者でなければ受けられない依頼です」



受付嬢は今度は右へ歩いて行くと、ドラゴンらしきイラストが描かれた依頼があった。他は依頼の紙を千切った後が残っているくらいだった。



「七と八は上級でなければ受けられない、危険な依頼です。九は特級でなければ受けれない特に危険な依頼です」



少し間を開け、受付嬢は右端を示した。



「最後に十は、特級でも危険な依頼です。国と我々が協力して解決しなければいけないような依頼や災害と言ったものがあります。滅多にお目にかかれないのですけどね」


「なるほど、分かりやすい」



受付嬢の一通りの説明を咀嚼し、飲み込む。そこで湧いた新たな疑問を聞いてみた。



「冒険者の階級はどうやって決めるの?」


「私達が提示する試験に合格して頂ければ昇級で来ます。試験は自身の階級と同じ難易度の依頼を一定回数こなした時に私達の方からお声掛けします」


(なーるほどなぁ。ていうか冒険者の階級はクエストの難易度と同じ表記なのか。ほんとにわかりやすい)


「では、次の場所に向かいましょうか」



納得した俺は、受付嬢の誘導に従い歩き始めた。




受付嬢についていった先にあったのは別の建物だった。さっきの建物とは渡り廊下で繋がっている。位置的には掲示板のあった方と反対側だ。



「ここは訓練場です。冒険者の方達が技を磨いたり、鍛錬をしたりする場所となっています」



そう言って受付嬢は訓練場の扉を開けた。その途端、中から耳がビリビリと震えるほどの怒号が飛んできた。あまりの大きさに、受付嬢は耳を塞いでいる。



「いつもこんな感じ?」


「こんな感じです。声というのは己に喝を入れるためにも、相手を威圧するためにも必要なのだと聞きました」


「確かに大事だけど…ここまで大きいと威圧というよりも攻撃じゃない?」


「そうですね…」



俺と受付嬢は互いに苦笑しあった。


俺達は奥へと進み、訓練場の中に入った。そこでは二十人くらいの人達が、各々の獲物を使って素振りをしたり、模擬戦をしたり、魔法を的に撃ったりしていた。



「か、かっこいい!!やっば!!」



片手剣と小盾を持った剣士。俺の身長くらいありそうな大剣を振り回す大男。重そうな槌がついたハルバードで鋭い突きを放つ人に、連続で風の刃を放つ人。俺が電気屋のテレビ画面でしか見たことのない世界が、クラスメイトの会話でしか聞いたことのない世界が、今眼前に広がっていた。


幾つもの魔法陣が入り乱れ、炎や風が飛び交い、剣撃が響き、雄叫びが轟く。お互いがお互いを主張し、技を磨き上げていく。



(異世界に来た気分!まさかこんな場所が本当にあるなんて!ヤバすぎるだろ!)



俺は彼らの鍛錬にすっかり魅入っていた。勝手にテンション上がっていると、肩をトントンと軽く叩かれた。



「虜になっているようですが、先に進んでもいいですか?」



受付嬢の一言に、まだ菖蒲の天啓ギルド観光の途中だったということを思い出した。



「ごめん!つい夢中になってた!」


「いえ、構いませんよ。では、巻き込まれると危ないので、端を通っていきましょうか」



鍛錬中の冒険者からある程度距離を取りつつ、別の扉に向かう。



「ここは更衣室兼簡易浴場です。鍛錬で流した汗を流して帰れます。ただ簡易なので、本格的にお風呂に入りたい場合は、銭湯へ行ってください。こちらは男性専用で、入り口挟んで反対側が女性専用です。間違えないでくださいね」


「はーい。こっちに入ればいいのね」


「ええ」



お風呂などという贅沢が簡単に味わえるとは、受付嬢が大きい支部というだけはある。




軽く風呂場を紹介されて、次に案内されたのは、入り口を出て直ぐ左にあった建物だ。



「ここは治療室です。訓練場で怪我をした際、簡易的な治療を受けることができます。こちらも銭湯同様、簡易ですので、本格的な治療は治療院で行うことになります」


「やっぱり怪我する人は多いの?」


「命に関わるほどの重傷というのはそうそうありませんが、切り傷や火傷といった類はしょっちゅうありますね」


「うわぁ、みんなガチなんだぁ」


「ええ、レサヴァントの冒険者は大抵七以上の方達ですから」



俺の反応に対し、受付嬢が少し誇らしそうに言った。



「七!?上級ばっかりってことじゃん!」


「何せラグバグノス樹海に隣接している街ですから…」



俺の驚きに、受付嬢は苦笑して返した。




冒険者のレベルの高さに驚いた後、今度は二階に来た。ジョッキとナイフとフォークが描かれた看板がある。その扉を開ければ、陽気で豪快な笑い声が溢れてきた。



「ここは見ての通り居酒屋です。レサヴァント内には様々な良い店がありますが、私達のところも負けていないと自負しています」



酒と料理の濃い匂いが一気に押し寄せてきた。中を見れば、結構な人数がいるにも関わらず、半分ほどしか席が埋まっていなかった。



「おお〜、これぞ冒険者って感じ!」


「これが彼らの楽しみだそうです。仕事終わりの一杯が最高なんだと聞きました。私もここのお酒好きなんです」



少し得意げになる受付嬢。半分の席しか埋まっていないのに?っというツッコミは置いておく。



「夜には満席になっていますよ」


「満席!?上級冒険者多くない!?」


「この国の上級冒険者のほとんどが集まる街ですので」


「なるほど」



最大にして最強のギルドというわけらしい。というかサラッとツッコミを否定された。



(うおー!各々の武勇伝とかあるのかなぁ!?聞きてぇ!)



俺は今後はここに通うことを決意した。



「ちなみに私おすすめの一品は『メガログリオスの溶岩焼き』です。あのお肉の旨みとたれの辛みが『水霊の霧』との相性が完璧なんです」


「すいれいのきり?」


「私が一番好きなお酒です」


「へぇー、オシャレな名前だね」


「ええ。名前の通り見た目もとっても綺麗なんですよ」


(いつか『メガログリオスの溶岩焼き』食べてみたいなぁ)



そんなことを考えていると、お腹が空いてきた。お腹が鳴らなかったのが唯一の救いだ。



「では、最後の場所に案内しますね」


「はーい」



居酒屋から離れ、階段を登る。次の三階には、本の描かれた看板があった。ちなみにその先は階段がなく、壁になっていた。どうやら三階が最上階らしい。


受付嬢が前に出て、扉を開ける。そこには見上げるほど大きい本棚が何列もあった。その棚の中には所狭しと本が並んでいる。



「ここは資料室となっています。植物、動物、魔物についてのことは勿論、剣技や体技、魔法などの指南書、各国の歴史や地理まで、様々な情報がここにあります。貸し出しは出来ませんが、ここで読む分には無料で提供していますので、ぜひ見て行ってくださいね」


「すっげえ!こんなにあるの!?魔物の本見てぇ!」



あまりの規模の大きさに、俺は思わずはしゃいでしまった。そんな俺の様子を見ながら、受付嬢が不思議そうに聞いてきた。



「魔物が好きなんですか?」


「魔物も、魔法も、技も、武器も、全部好き!」


「ふふっ、そうですか。それでは帰れなくなってしまいそうですね」



俺の答えを聞いて、受付嬢は笑った。



(本当に帰れなくなりそう)



受付嬢の言うことがあながち間違いじゃなさそうで、俺も笑ってしまった。



「そういえば、冒険者登録はしていますか?」



唐突にそんなことを聞かれた。人生でリアルに冒険者を見ることすら初めてだし、当然登録していない。



「してない」


「せっかくですし登録していきますか?」


「え!?俺も出来るの!?」


「ええ、冒険者登録の条件は十歳を超えていることだけですので」


「するする!」


「分かりました。では一旦受付まで戻りましょう」



あまりも魅力的な提案を出された俺は、一も二もなく頷いた。



俺達はさっきまで登ってきた階段を降り、受付に戻ってきた。依頼申請用のとこだ。受付の中に入っていった受付嬢が、何か書かれた紙を持ってきた。



「それは?」


「登録する際に作成する資料です。これを使って階級の管理や、依頼の許可などをしています」


「すげぇ量になりそう…」


「あはは、確かに量は多いんですよね…今それを改善するための道具を開発中らしいので、それに期待しています」



俺の率直な感想に、受付嬢は遠い目をしながら苦笑いをする。どうやらその道具にも然程期待していなさそうだ。



「そっか。そりゃ完成が待ち遠しいね」


「ええ、それだけで仕事量がかなり変わりますから…」


「今度、なんかあげるよ…」


「お気遣いありがとうございます」



そのあまりの悲惨な様子に、少し同情してしまった。


ふと見ると、受付嬢は何やら紙に羽ペンを走らせていた。



「さて、いくつか質問させてもらいます。まずはお名前と年齢をお願いします」


「久城悠人、たぶん十八歳」



サラサラと、ペンが奔る音がする。



「分かりました。では次に、戦い方もしくは職業をお願いします」


「戦い方かぁ。最近はこの骨を振り回してるけど、だいたい殴ったり蹴ったりかなぁ」


「背中のそれ、武器だったんですね。骨を使ってる人は初めて見ました」


「俺もこいつ以外で骨は使ったことないよ」



骨を武器にしていることに驚いた声を上げる受付嬢。俺も苦笑いしかできない。それでも意外と頼りになるのがこいつなのである。大猪さまさまだ。



「質問は以上です。冒険者証を制作するので少し待っててくださいね」


「あれ?これだけなの?」


「ええ、これ以外の情報はこちらで調べますので…」


「そ、それも仕事なんだ…」



想像以上に菖蒲の天啓ギルド職というのは過酷なようだ。同情の念がより深まった。


そのまま作業をしている受付嬢と世間話をしていると、職員専用通路から見慣れた淡い水色髪が出てきた。



「ユウトさん!」


「あ、セシリア。お友達とは合流出来た?」


「はい、ではなくて、何処に行ってたのですか!?急にいなくなって…」


「あ、ごめんごめん。ここを案内してもらってた」



そう言って受付嬢の方を見れば、石化したように固まっていた。受付嬢の前で手をブンブン振ったり、ピースしたりするが、全く反応がない。



「固まっちゃったよ…」


「その反応が普通よ。あんたがおかしいの」



凛としたよく通る声が響く。そっちを見れば、声の主ははっきりと敵意を剥き出しにしていた。



「セシリアのお友達?」


「ええ、そうよ。それよりあんた何者?」


「俺?久城悠人だけど。今日漬けで冒険者になった」



俺の答えの何かが気に食わなかったのか、ムッとした表情を浮かべるセシリアのお友達。そして何やらヒソヒソとセシリアに耳打ちすると、セシリアは驚いた表情を浮かべた。



「それはあまりにも危険です!絶対ダメですよ!」


「あんたはお人好しすぎるのよ。いいから私に任せておきなさい」



そう言われたセシリアは口を噤んで下を向いた。お友達は俺の方を見ると、ビシッと指差して、声高らかに宣言した。



「クジョーユウト!決闘よ!」


「あ、うん、はい?」



人生で初めて決闘を申し込まれた瞬間だった。

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