第7話:再開までにまでに一悶着あったとさ

空の黄色が錦糸卵みたいになっている。



(あれ…いつの間にか寝てた…)



重い瞼をこじ開ければ、朝日の天辺が挨拶していた。後ろを向けば、眩しいのか、セシリアの眉が小さく動いているのが見えた。


空目掛けて腕をピンと伸ばして、大きくストレッチ。座った体勢で寝たせいで、凝り固まった体をほぐす。ついでに屈伸と伸脚。ほんのちょっと温まった体に、朝の新鮮な空気を流し込む。



(セシリアが起きるの待つかぁ)



ボーッと朝日が昇るのを眺めていると、視線を感じた。敵意は特にないし、様子見をされているようだ。攻撃を仕掛けられた場合に備えて、セシリアの近くへと寄る。相変わらずセシリアは、スースーと規則的な寝息を立てていた。




朝日が昇り切った瞬間、感じる視線の色が変わった。


(殺気!?なんで!?)


ヒリヒリとした感覚が、左右と前から伝わってくる。俺は焚き火のそばに置いていた大猪の骨を拾った。正眼に構え、臨戦体勢へ。俺と奴らの間に緊張の糸が張っていく。


(右!)


直感に任せて右横に薙ぎ払う。骨の先端に当たったバスケットボールくらいの火球が俺の頭上を掠めた。即座に反転、無骨なブロードソードの振り下ろしを受け止める。兜の隙間から覗く、奴の碧眼へきがんと目が合った。


(こいつ…かっこいい!聖なる双剣士って感じ!)


白と青で染められているフルプレートアーマー。背中にはもう一本の剣がある。碧眼の双剣士は鍔迫つばぜり合いをやめ、一歩距離をとった。すかさず間合いを詰め、右、左と打ち込んでいく。奴は冷静に俺の一撃を受けては弾いていく。


足元が揺れた。反射的に右にステップ。刹那、先が尖った岩が全てを貫かんと隆起した。頬を少し掠めたが支障はない。バックステップでセシリアの前へと戻る。横目で見ると、まだスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「いや、なんで寝てられるん!?セシリア!起きて!」


「もう少しだけ…」


俺の全力ツッコミ兼目覚ましをセシリアに見舞う。だが寝ぼけた声しか返ってこなかった。


「少しもクソも無い!敵襲敵襲!」


「敵ですか!?」


さっきよりも大きな声で言ってやれば、セシリアは飛び起きた。そのまま横にあった杖を持ち、寝起きとは思えないほど凛然とした声で詠唱を始めた。


「我を象る聖なる器よ・魔を退け闇を拒む・盾となれーー」


三つの魔法陣が、俺とセシリアを囲う。その三つがそれぞれの方向へと回転し、共鳴するように光り始めた。


「ーー《エスクード》」


三つの魔法陣は消え、少し白を帯びた光が俺たちを包む。だが不思議と、視界は明瞭なままだった。


初めて自分に魔法を掛けてもらった瞬間を目撃してしまった俺は、案の定テンション噴火現象が発生してしまった。


「やっば!今の魔法陣かっこよすぎ!」


「ユウトさん!前です!」


「へ?」


勢いよくセシリアの方を振り向けば、鋭い警告が返ってきた。背中に衝撃が走り、俺はセシリアが寝ていた木に真正面から突っ込んだ。そのまま地面にべちゃっと落ちる。


「ふげっ…あれ?全然痛くない」


かなりの勢いで顔面をぶつけたにも関わらず、全く痛みがない。見上げれば、セシリアが苦笑しながら杖を構えていた。


「少しの攻撃と魔法を防いでくれる魔法です。私は攻撃魔法が苦手なので、こういうことしか出来ませんが…」


「助かる!攻撃は任せろ!」


正面に飛び出せば、俺を吹っ飛ばしたと思われる、これまた白と青のフルプレートアーマーに身を包んだ大盾使いが立っていた。速攻飛び蹴りを大盾に入れ、壁キックの要領で宙を舞う。身をひねれば、風の槍が横腹を掠めた。


着地と同時に左へ一閃。双剣士の剣撃の出鼻をくじく。双剣士は流れるような動作で二本目を抜き放つと、踏み込みの勢いそのままに左の突きを放ってきた。首を捻ってかわし、突きの腕を掴んで、足で体を掬い、奴を背中から地面に叩きつける。


飛んできた火球をステップで避け、突っ込んできた大盾を飛び越え、背中に蹴りを入れる。体勢を崩した大盾使いを引っ張って追撃の火球にぶつける。ご丁寧に毎度射撃位置を変えているようだ。


さっきの位置より右の、木の裏から光が漏れた。地を蹴り、一気に距離を詰め、上段から振り下ろす。脳天に直撃し、魔法使いは膝から崩れ落ちた。


「セシリアー!怪我ない!?」


「そ、そんな大きな声で言わなくても…」


セシリアが無事なことを確認した俺は、魔法使いを持ち上げて、ノビている双剣士と大盾使いの横に寝かせた。



「こいつら知り合い?」


「いえ、ただこの甲冑は…」



寝ていた位置からほとんど動いていないセシリアに聞いてみると、首を横に振られた。何か小さな声で呟いていたが、よく聞こえなかった。



(まあ、いっか)



なんとはなしに三人を観察していると、手元に違和感を感じた。


試しに大盾を持ち上げてみると、そのまま腕までついてきた。拳をこじ開けてやろうとすれば、そもそも指がないことに気が付いた。



(これって…またイミタッツィオーネのパターン?)



骨を両手に持ち、全力振り下ろしを見舞う。案の定シュワシュワという音とともに、赤黒い泡が出始めた。



「イミタッツィオーネだったんですね…」


「うん」



セシリアの呟きに、俺は頷く。一応他二人の手も見てみたが、やっぱり指がなく、杖とブロードソードが直接くっ付いていた。ちなみに三人とも右手のみだ。


流れ作業で魔法使いと双剣士も叩き、完全に仕留める。赤黒い泡が消えれば、そこには昨日と同じくらいのサイズのイミタッツィオーネが一匹、それより一回り小さいイミタッツィオーネが二匹、姿を現した。



「イミタッツィオーネかぁ…調理に時間掛かるんだよなぁ」


「ユウトさん…すぐ食べようとしますね…」


「そりゃ、俺が仕留めた獲物だからな」



とはいえ、イミタッツィオーネ三匹は量が多い。まだ昨日の食べ残しもかなりあるのだ。勿体無いが、埋めることにした。


俺たちはイミタッツィオーネに土を被せた後、朝食を済ませた。



「お腹いっぱいになったし、出発するか」


「はい」



昨日同様に河原に出て、上流向けて歩いていく。ただ普通に歩くのもつまらないので、ひと工夫加えることにした。



「あの…ユウトさん。本当に大丈夫ですか?」


「わからん!なんとかする」


「え、ええ…?」



困惑するセシリアの隣で、俺は視界の情報を断ち切る。俺を後ろから見ている状態をイメージ。空は相変わらず暗闇だが、今度は足元に敷き詰まっている石は見えるようになった。そのまま一歩を踏み出す。



「あた!」



右足の小指に痛みが疾った。反射的に目を開ける。そこには俺のイメージにはない、他よりちょっと出っ張っている石が転がっていた。



(もっと鮮明に!もっとリアルに!)



もう一度目を瞑り、イメージ。石の大きさにばらつきがあることを意識する。一歩、二歩と足を動かす。


そして俺は目を開けた。



「セシリア、これ遅すぎる」



振り返ってそういえば、セシリアは再び苦笑を浮かべた。



ーーーー




時たま聞かれたことに答えながら、ひたすら足を動かす。時折休息を取ってはまた歩く。ただそれだけの時間が四日ほど経ったとき、俺たちの視界に変化が訪れた。



「お!あれがレサヴァント?」



木々の奥に、暗めの灰色が少しだけ見えたのだ。俺がそれを指差してみても、セシリアは首を傾げていた。



「ユウトさん、目がいいのですね」


「うーん、どうなんだろ?俺の勘違いかもしれんし」



とりあえず進まないことには変わらないので、再び歩く。一時間ほど進めば、森が開け草原に出た。足首くらいまである緑の草の先には、まさに中世の城壁といった風の壁がせせり立っている。



「着いたー!」


「はい…」


(お仲間さんのこと、心配なんだろうなぁ)



セシリアの声色には、安心と不安と疲労が入り混じっていた。



「とりあえず、入り口どっち?」


「えっと…こっちです」



セシリアの案内に従い、草原を歩く。ところどころ水牛のような奴らが、ご飯中なのが見えた。



(あいつら美味いのかなぁ)



想像するだけで、お腹が鳴りそうになった。直近の食糧が味薄のイミタッツィオーネだけなのが、拍車をかけてくる。



「ユウトさん…レサヴァントに入ったら食べられますから…」



優しく諭すようにセシリアに言われた。俺は驚いて、バッとセシリアの方を向く。



「なんでバレた!?セシリアってエスパー!?」


「えっと…えすぱあってなんですか?」


セシリアが俺の反応に苦笑しながら聞いてきた。



「心読める人のことだよ」


「なるほど…それなら違いますね。そういう魔法があるというのは聞いたことがありますけど」


「おお〜!やっぱりあるのか!」



どんな魔法陣が見れるのか、どんな詠唱をするのか、イメージがどんどん膨らんでいく。


気がつけば、目の前には城壁と大差ない、見上げるほどの大きな門があった。開門されており、城壁より上にある黒く光沢を放つ門は随分と重そうだ。閉門時にはおそらく、それが降ろされるのだろう。



(めっちゃ重そうだけど…動くんかなぁ?)



そんなことを考えていると、突然横にいたセシリアが走り出した。



「ちょっ、セシリア!?」



慌てて俺も、レサヴァントに飛び込んだ。





ーーーー





レサヴァントの冒険者組合である菖蒲あやめ天啓てんけいが目に入った瞬間、私は思わずユウトさんを置いて飛び出していました。



「ちょっ、セシリア!?」



ユウトさんの驚いた声が聞こえます。それでも私は、振り返ることなく走り続けます。



「セシリア!走るのはいいけど、そんな格好じゃ転けるよ!」



いつの間にか追いついたユウトさんから注意されました。その瞬間、石段に躓き私の体勢が崩れました。



「きゃっ!」


「言わんこっちゃない…」



私の体が、ユウトさんの方へグッと引き寄せられます。お陰で私が転ぶことはありませんでした。



「焦っても怪我するだけだし、落ち着いて。お仲間さんが心配なんだろうけど」


「…はい」



ユウトさんに諭され、深呼吸をして一度冷静になります。



「で、どこ行くの?」


「案内する予定だった冒険者組合、菖蒲の天啓です。私達が合流するところなのですが…」


「殺めの天啓?なかなかかっこいい!」


「何か違う気もしますが…」



ユウトさんの純粋な反応に、思わず笑ってしまいます。どうやら心の余裕が戻ってきたみたいです。



「着きましたよ。ここが菖蒲の天啓、レサヴァント支部です」


「おお〜!デカい!」



レサルシオン王国内でも有数の規模を誇るレサヴァント支部。


五階建の建物はもちろん、職員、冒険者、素材買取の商人まで、王都支部と変わらないほどです。入り口の上にある、レサルシオン王国の象徴である女神の翼と、菖蒲であしらわれた看板が、ここが菖蒲の天啓であることを主張しています。



深呼吸をして扉に手をかけます。なぜかユウトさんの視線を物凄く感じますが、逆にそれが私の背中を押してくれました。扉が開く速度が妙に遅く感じます。


開いた瞬間、私の目によく見慣れた姿が飛び込んできました。



「キュルケー!!」


「セシリア!?」



無事再開できた私達は感極まって、思わず抱きしめあっていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る