第6話:状況説明と厨二心の再燃

頭が触れる感触が柔らかい。四方八方から甘い香りがする。



「うっ…頭痛い…」


「大丈夫ですか?」



上から澄んだ声が、心配をたっぷりと乗せて聞こえた。目を開ける。グリーンガーネットの瞳と目が合った。



「大丈夫…じゃないかなぁ。まだあちこち痛い」



少し動かそうとするだけで筋肉痛の10倍くらいの痛みが疾る。呼吸をすることですら今の俺には苦行だ。



「そうですか…もう少し待ってください。痛みを無くしますので」


「ありがと」



本心からかは分からないが、それでもセシリアの優しさが身に染みる。その心地良さに流され、たっぷり数秒の空白の後、俺の頭にふと疑問が浮かんできた。



「なぁ、セシリア」


「どうしました?」


「これ…どういう状況?」



改めて自身の状況を振り返る。頭の下には温かくて、柔らかい感触。目線の先にはセシリアの顔。その後ろにはオレンジに染まった空が見える。



(マジでどゆこと?)



俺が困惑していると、セシリアが答えをくれた。



「ひ、膝枕…です…あの、恥ずかしいので…あまり言及しないで下さると…」



よく見ると、顔が少し赤い。夕焼けに染まっていて分かりにくかったが。



「あー、なんかごめん。もう大丈夫だし、降ろしてくれん?」


「そう言うということはまだ痛むのでしょう?私はまだこのままでも大丈夫ですので」


(優しい…嘘じゃないといいなぁ)



困惑はまだ消えないが、大分痛みには慣れてきた。自由が効くようになったので、体を起こす。



「ほら、動くしもう大丈夫。ありがと」


「あ…本当に大丈夫なのですか?」


「うん。もっかい戦えってのは無理だけど」



俺はそう言ってくっくっと小さく笑う。背中に痛みを感じるがスルー。セシリアは何故か辛そうな表情を浮かべた。



「さて、何が起きたか聞きたいところだけど…まずはご飯探すか」


「覚えていないのですか?」



俺の独り言に、セシリアが困惑しながら聞いてきた。その様子には構わず、俺はセシリアに手を差し出す。一拍の間を空けて、セシリアが手を取った。



「うん。まあその辺含めてまた後で。まずはご飯」



本来なら夜の狩りは危険だが、今はそれすらどうでも良くなるくらい、お腹が空いていた。立ち上がったセシリアが俺の横に並ぶ。セシリアがいなくなった視界の先に、大きな黒い狐が倒れていた。



「ん?なんかいない?」


「ユウトさんが倒したイミタッツィオーネですよ」


「イミタッツィオーネ?」


「別の存在に化けることができる魔物です」


「ふーん、なるほど」



俺はその話を聞くと、イミタッツィオーネの死体のところまで歩き、尻尾を掴んで持ち上げた。そのまま近くの木まで行き、太い枝に尻尾を結んだ。下にぶらんと垂れたイミタッツィオーネはなかなかシュールだ。



「えっと、ユウトさん?何をするつもりですか?」



セシリアがヒョイと顔を見せてきた。相も変わらず困惑中なようだ。



「血抜き。ナイフ貸して」


「まさかイミタッツィオーネを食べるのですか!?」


「え、肉だよ?食べないの?」



セシリアの困惑が驚愕に変わった。



(生き物の肉を食べるのは普通のことじゃ?なんでビックリしてるんだ?)



セシリアが驚く理由が、俺には全く分からなかった。とりあえずスルーして、いつも通り調理を始めた。


簡易炉の真ん中で元気よく燃える火が、イミタッツィオーネの肉を焼いている。なんか臭い。死んだザリガニみたいな匂いだ。



(うーん、魔物とはいえ狐と同じなのかなぁ。焼くの一個だけにしておいて良かった)



狐の肉は結構臭いのだ。魔物だから臭みがないという謎理論を試してみたが、残念ながら臭かった。



「煮込みも作っといて正解だったなぁ」



隣にある生木製の器がグツグツと音を立てている。中を見れば泡まみれになっていた。



(やっぱり灰汁すごいなぁ。多分味もあんまりしないんだろうなぁ)



狐はいつも濃いめの肉料理にしていた。そうでもしないと、ただ臭いだけの肉塊だからである。


灰汁を捨て、川の水を入れる。火の上に設置して再び待機。火力が結構高いから、すぐに沸いた。これで入れ替えも四度目。そろそろ完成でいいだろう。



「焼肉…つまんでみるか…」



セシリアは現在水浴び中でいない。今ならバレることもないだろう。串を地面から外し、いざ実食。



「いただきまーす」



小声で呟き、合掌。イミタッツィオーネの焼きもも肉に齧り付く。途端口に広がる臭み。やっぱり不味かった。



(作った以上、食べきろう)



臭みに耐え、肉を口に運ぶ。なんとか食べ切ったときに、セシリアが戻ってきた。



「お、おかえり」


「ただいま戻りました。どうしたのですか?」



俺の渋い表情を見たセシリアが、心配そうに聞いてきた。彼女の長髪の先から、ポタポタと水が垂れている。水浴びが終わってすぐに戻ってきたようだ。



「なんでもない。とりあえず出来たよ」


「は、はい。ありがとうございます…」



灰汁抜きにより臭みが消えたイミタッツィオーネは、味がほとんどなかった。ちなみにセシリアは、何やら魔法を掛けて食べていた。



(やっぱり魔法ってかっこいい!)



魔法の効力は全くわからんが、それだけは分かった。


満天の星空の下、俺とセシリアは焚き火に当たっていた。俺はご飯を食べ終わったあと、川にダイブして水浴びをしたのである。対岸にちょっと高い岩場があったので、何度も何度も飛び込んでいた。セシリアが木の裏からひょっこり顔を出していたのを見かけたが、何も言わないことにする。



「落ち着いたし、さっき何があったか教えてくれん?」


「さっきですか!?い、いえ、何もないですよ!」



俺がイミタッツィオーネの件を聞いてみたら、セシリアが急に慌て出した。その慌てっぷりに俺が困惑してしまう。



「何もないのにイミタッツィオーネ死んだん?」


「あ、えっと、そうですね…」



セシリアが深呼吸をして、俺の方から焚き火に視線を戻した。



「ユウトさんが私を庇って下さった後、私は旅仲間の一人である、ヴェラスケス様に声を掛けられました…今思えば、違和感しかありませんね…」



セシリアが自嘲するように笑った。



「まあ突然のことだし、パニックになってたんでしょ」


「ぱにっく…?どういう意味ですか?」


「あー、混乱するって意味」


「そうなのですね。確かにそうかも知れません」



セシリアは納得したのか、少し頷く。そして一拍を置いて、再び語り始めた。



「ヴェラスケス様が私に近づいた時に、私の視界に白い何かが映ったのです。それはユウトさんが投げた骨でした。もしユウトさんが助けて下さらなければ、私は今頃生きていなかったかもしれません。改めて、ありがとうございました」



セシリアはそう言って、俺の方へペコリと頭を下げた。滅多に聞かないお礼の言葉。なんだか照れ臭くなって、思わず頬をかいた。



「その後はユウトさんが攻撃を続けて、イミタッツィオーネを撃破しました。ただ大怪我を負っていたので、治療をした後、今に至るというわけです」


「治療してくれたん!?ありがとう!助かった!」


「い、いえ。命の恩人ですし、当然かと…」



セシリアは縮こまって、小声で言う。俺はというと、魔法で治療して貰えたらと思い、勝手に舞い上がっていた。



「なーるほどね。大体わかった。一つ聞いていい?」


「はい、どうしました?」


「セシリアの仲間、探す?」



俺の言葉に、セシリアはキョトンとしたまま固まってしまった。たっぷり数秒の沈黙の後、ハッとした表情で動き出すと、何やら頬に人差し指を当てて考え始めた。



「私達はレサヴァントで落ち合う約束をしているのです。だから大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「レサヴァント?」


「ラグバグノス樹海…あ、この森のことです。ここから出てくる魔物から国を守る要塞のような街です。


腕利きの冒険者が多く、冒険者を中心に賑わっています。魔物の素材が多く出回るので、他ではなかなかお目にかかれない装飾品も売っていますよ。


そのためにわざわざ旅行に来る人もいるくらいです」



セシリアは嬉しそうに俺の疑問に答えた。分かりやすくて非常に助かる限りだが、セシリアはまた俺の厨二心に火花を飛ばした。おかげで収まってきた熱が、爆発する羽目になった。



「冒険者!?見たい見たい!」


「ふふっ、見れますよ。良かったら冒険者組合を案内しましょうか?」


「おおー!楽しみ!」



金髪碧眼の鎧を纏った屈強な大盾使い。緑髪ショートに黄色い目、いかにも魔女然としたローブに帽子の魔法使い。背中に二本のブロードソードを装備した黒髪黒目双剣士。電気屋さんのテレビ画面でしかみたことのないアニメキャラたちが、脳内に次々と湧き出てくる。



(どんな装備あるんだろーなー!?早く見たいー!)


「もう夜も遅いですし、そろそろ寝ませんか?」



一人勝手に大盛り上がりしてる俺に、セシリアは優しい声色で提案した。絶賛テンション大爆発中の俺には睡眠なんて無理だろう。



「先に寝ててセシリア!寝れる気せん!おやすみ!」


「分かりました。ユウトさんも早めに寝てくださいね」



セシリアの小さな寝息をバックミュージックに、星空をキャンパスにして、一人妄想の海に沈んだ。

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