第10話:セシリアとキュルケーの容体

受付に着くと、ラフィに銀色のカード、というかプレートを渡された。



「これが俺の冒険者証!?」


「ええ、これで今日からユウトさんも冒険者です」


「やったー!ありがと!」



俺は思わずガッツポーズをした。ラフィはそんな俺を見て笑っていた。



「この数字が階級で、これが…俺のジョブか。名前があって年齢と性別だね」


「じょぶ…ですか?」


「職業ね」


「あ、その通りです」



冒険者証には、俺のジョブは骨使いと書いてあった。



「骨使い…他にいる?」


「いえ、ユウトさんだけです。仮なので後で変えれます」


「なんか良いのあったら変えよ」



とりあえず冒険者証をズボンのポッケに突っ込んだ。それから気になっていた事をラフィに聞いてみる。



「ラフィ、セシリアはどうなったん?」


「セシリア様…?いえ、何も聞いていませんが…何かあったんですか?」


「さっき俺の怪我治してくれたらしいからお礼言いたくて」


「絶対合わせないわよ」



突然真横から声が飛んできた。セシリアのお友達だ。



「セシリアのお友達さんじゃん。俺が決闘に負けたからダメってこと?」


「キュルケー・ラディ・リディマギアよ。あんた魔族の可能性がまだあるんだから、会わせられるわけないじゃない」



相変わらず棘のある口調で、敵意のナイフをグサグサ刺してくる。



「だから俺は魔族じゃないって言ってるだろ」


「信じれるわけないでしょ?」


「じゃあ何のための決闘なんだよ」


「あんたを殺すためよ」


「うーん、殺意全開!」



よほどイラついているのか、カチカチという歯を鳴らすような音が聞こえてくる。



(キュルケー…だっけ?なんか様子おかしくない?)



キュルケーは視線が定まらず、あちこち泳いでいる。片足でトントントンと地を鳴らすスピードは徐々に上がっていて、その裏にカサカサという謎の音が混じっている。


とりあえず落ち着かせるため、キュルケーの頭に右手をポンッと軽く置いた。その途端、何かが俺の手によじ登ってきた。



「うわっ気持ちわる!透明なムカデ!?」


「百足!?おい、その手を離せ!」



誰かからそんな声が飛んだ。周囲の雰囲気が一気に殺伐としたものに変わる。



「え?ちょ、あれ?手が動かない」


「ちっ、手遅れか!」



まだ動く左手で右腕を殴る。透明ムカデが怯んだのかよじ登ってくる感覚が少し止まった。


キュルケーを右手から外し、ゆっくり地面に寝かせる。そしてちょっと離れて、床に右腕を叩きつけた。透明ムカデは意外と頑丈らしく、硬い感触に腕が痺れる。



(剥がしてやろ)



何かに掴まれてる感触がある部分を左手で掴む。見えはしないが、硬い何かがあった。



「せーの!」


「ばか!やめ…!」



静止の声が聞こえるが時すでに遅し。俺が全力でそいつを引っ張った結果、右腕の肉半分と一緒に透明ムカデが取れた。



「いってぇ!けどこれで見える!」



俺の血と肉で赤く染まったムカデは、すっかり透明では無くなっていた。



「離れろ!」



男の声が聞こえたと同時に、大きくバックステップ。燃え盛る火球がムカデを襲う。激しく燃えるムカデは身を捩り、踠き続ける。火が消えた時には、ムカデの姿はなく、灰だけが残っていた。



「全く、無茶をする。おい!誰か回復できるやつはいるか!?」


「できるわ!手を出して!」



エントランスにいた冒険者が慌ただしく集まってくる。俺の腕を淡い緑の光が包み、みるみる肉が戻ってきた。



「うぉぉ!魔法やっぱすげぇ!」


「それどころじゃないでしょ!治療室まで連れていって!まだ毒が残ってるから」



俺は屈強な冒険者に担がれて、治療室に運び込まれた。


治療室には幾つかの清潔なベッドが並んでおり、その隣の棚に、何やら薬の入った瓶が大量に並んでいた。奥のベッドを見れば、セシリアとキュルケーが寝かされていた。



「あれ?キュルケーさっきまで一緒にいなかったっけ?」


「お前の応急処置中に運んだんだよ」


「なるほど」



俺はキュルケーの隣のベッドに寝かされた。



「しかし、お手柄だったぜ坊主。躊躇無く自分の腕ごと引き剥がすとは…」



俺を運んでくれた冒険者が、少し小声で話しかけてきた。心なしか引かれてる気もするが。



「いやー、肉が千切れるなんて思わなかったから」


「は?お前あの百足のこと知らないのか?」



そう答えれば、怪訝そうな顔で返された。



「あんなクソデカいの見たことない」


「くそでかい?」


「大きいってこと」


「あのなぁ、坊主。シエンジャクアスといえば、ここいらで知らない奴はいない魔物だぞ」



冒険者は呆れながら俺に説明してくれた。


シエンジャクアスは、透明なムカデのような魔物で、そいつらは復讐の果てに力尽きた人の死体を好んで食べるという、なんとも不思議な生態をしているらしい。その毒は、憎しみを増幅する作用と、体をぐずぐずに柔らかくする効果があるんだとか。



「素材としてはかなり上物なんだが、いかんせん処理が面倒くさくてなぁ…」


(ムカデの装備…鎧みたいになりそうだなぁ)



そんなどうでも良いことを考えていると、治療室に入ってきたラフィが謎の液体入りの瓶をくれた。



「これを飲んでください。解毒剤です」


「ここは魔法の出番じゃないの?」


「シエンジャクアスの毒はちょっと特別なんです。セシリア様であれば治せるでしょうけど…」


「セシリアなら治せるんだ…ってキュルケーには飲ませたん?」


「ええ、先程」



それを聞いて安心したので、便を開けて、中身を一気に飲み干した。口内に広がる苦味とえぐみ。どこか懐かしさを感じる。



「うっ!マズい…」


「一気に飲むからですよ…」


「ティエンの実の汁を一気飲みか。さすが腕を引きちぎった男だ」



ラフィは呆れて俺をジト目で見つめ、冒険者は一周回って尊敬し始めた。



「ティエンの実ってもしかして、黄色くて黒い点が入っためっちゃ甘い匂いがするやつ?」


「ええ。よく知ってますね」


「前に食べたから…」


「「「ティエンの実を!?」」」



ラフィと冒険者の他に、もう一つ声が混じった。横を見れば、ベッドから飛び起きたキュルケーが、驚愕に顔を染めている。



「あ、キュルケー。おはよ」


「おはよ、じゃないわよ!さっきの言葉本当なの!?」


「マジマジ。なんも食べる物なかった時に、甘い匂いがするからって齧ったのが間違いだった…」


「でしょうね…」



元気になったキュルケーの声には、さっきまでの棘はすっかり無くなっていた。シエンジャクアスの影響は完全に消えたらしい。



(ティエンの実の即効性すごすぎだろ…)



ティエンの実の有用性をありありと実感させられる。



「それで…その…」



キュルケーがモゴモゴと何か言い淀んでいるが、なかなか話し始めない。俯いて、指をいじいじしている。待つのが面倒に感じたので、とりあえずまだ解消してない疑問を聞いてみることにした。



「セシリアは大丈夫なん?」


「あ、うん。ただ気絶してるだけだし、明日には目を覚ますと思うわ」


「そっか。なら良かった」



心配事が消えたため、少し肩が楽になった。ホッと一息つけば、今度はキュルケーからジト目が飛んできた。



「ていうかあんた、私にもセシリアにも敬語使わないのね」


「あ、そっか。セシリアは王女だったもんな」


「あんた、それすら知らないのね…って、私も王女なんだけど!」



キュルケーの鋭さ、タイミング共にバッチリなツッコミ炸裂。部屋の空気に強烈な一撃が叩き込まれた。



「じゃあ敬語にした方がいいですか?」


「いや…やっぱり敬語じゃなくていいわ…」



敬語を使ってみれば、何故か嫌そうな顔をされた。その頃ラフィと冒険者はというと、俺達のやり取りを見て笑いそうになるのを我慢していた。



「俺の敬語って、そんなに変?」



ラフィと冒険者にそう聞けば、二人は我慢できずに笑い出した。

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