新しい仕事
もう、よろす屋では仕事がもらえないだろう。村の他のお店では、父がお酒で騒ぎを起こしたので仕事はもらえない。どうにかお金を稼がないとパンが買えない。
村長の話を聞いた後なら、案外女の子でも大丈夫な仕事だと考えを変えているかもしれない。ガリードさんが出てくるのを待ってみる。
(出てこないなー)
村長の家に泊まるかもしれない、少し心配になったけど我慢して待つ事にした。頬に当てた薬草が怪我に効いているのか、痛みが少し引いた気がする。村長の家の柵に腰かけて三編みを引っ張りながら、時間を潰す事にした。
どれくらい待っただろうか。日が暮れ始めた頃にガリードさんは村長の家から出て来た。私に気が付くと、ぎょっとした顔をする。
「お前、まだいたのか!」
「はい、雇ってもらえるまで付いて行きます!」
「駄目だ。⋯⋯もう帰れ」
私は歩き始めたガリードさんに黙って付いて行った。ガリードさんは宿屋がある村の中央に向かうようだ。
「何で、女の子はダメですか?」
「怪我をしたら、危ないだろう」
「それは、男の子だって一緒じゃないですか」
「⋯⋯」
「私が自分で大丈夫って言ってるから大丈夫です!」
ガリードさんが足を止めて、こちらを向く。
「どうして、そんなにこの仕事がしたいんだ」
「他に仕事がないから、です。パンを買うお金が必要です」
「なら、パンを買ってやるから仕事はあきらめろ」
「⋯⋯仕事もしてないのに、買ってもらう事は出来ません」
よろず屋の奥さんに食べ物を施してもらう事はある。でも、ささやかでもよろず屋の用事をしているという気持ちがあるから頂ける。こんな風に、やっかいな者を追い払うように施しを受けるのは少し恥ずかしい。
「悪かった。そうだな」
私の表情から、思っている事を読み取ったのだろうか。ガリードさんは深いため息をついた。
「それなら、腹が減ったから食堂まで案内してくれ。それが仕事だ」
「はい!」
村にある食堂は1軒だけだ。私は意気揚々とガリードさんを案内した。重そうなリュックを持とうかと提案したけれど、自分で持つと渡してくれなかった。
「ここです!」
食堂に着くと、ガリードさんが財布を出して私にお金を握らせた。
「え! もらいすぎです!」
1,000リアもある。豆を全部運んでもこんなにもらえないのに。
「パンは300リアあれば買えるので、こんな4個も買えるお金はいりません!」
「3個だ。1,000リアで300リアのパンは3個しか買えないぞ」
(あれ? 300足す、300足す、300足す、300は???)
ガリードさんが呆れたような顔をする。
「お前、買ったパンを夕飯に食べるのか?」
「パンは明日のお昼ごはんです」
「ん? 夕飯は家にあるのか?」
(無い。途中で何か草を摘んで帰ろう。上手くしたら木の実が、もう成っているかもしれない)
ガリードさんが、またため息をつく。
「一緒に来い。⋯⋯俺は1人で食事をするのが嫌いだから一緒に食べてくれ。これも仕事だ。それなら、その1,000リアを受け取るか?」
多分、私が施しを受けるのを断ったから気を遣ってくれているのだろう。断って厚意を無駄にするのも申し訳無い気がしてきた。正直、もうお腹がぺこぺこで倒れそうだし、お言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます」
ガリードさんの後に続いて食堂に入った。中に入るのは初めてだ。外で匂いを嗅ぐだけだった美味しそうな料理があちこちのテーブルに乗っていて、みんなが美味しそうに食べている。見たことが無い料理ばかりだ。
昔、母がまだ生きていた10年くらい前までは、食事らしい料理を食べていた気がするが、もうあまり覚えていない。
「何を食べたい?」
ガリードさんが聞いてくれたけど答えられない。困っているとガリードさんが私の頬を見て言った。
「口の中は切れているのか?」
「はい、少し」
「なら、食べられる物は限られているな。適当に頼んでいいか?」
「はい、お願いします」
ガリードさんは、店員を呼ぶと何品か頼んでいるようだった。
私が珍し気にきょろきょろしているのを、しばらく観察していたガリードさんは静かに口を開いた。
「お前、親はいないのか?」
「父がいます」
「気に障ったら申し訳ないが⋯⋯父親は仕事をしていないのか?」
「父は今は仕事をしていません。以前は傭兵だったのですが心の調子が悪くて、治しているところです」
父は母が死んでから廃人のようになって、お酒ばかり飲むようになった。昔は傭兵として各地で仕事をしていたらしい。
「他の家族はいないのか?」
「はい、父と2人です」
「よろず屋の店員ではないのか? なぜ他の仕事が必要なんだ?」
「よろず屋では雇ってもらっている訳ではないんです。たまに用事がある時だけお仕事させてもらいます」
「⋯⋯もしかして、さっき女だとバレたから、仕事がもらえなくなったのか?」
「⋯⋯」
はい、と言うとガリードさんが気にしてしまいそうだ。何て言おうか迷う。
「いえ、私がこんな怪我しちゃうくらい失敗したからです」
そこに料理が到着した。柔らかそうな肉団子や野菜がたくさん入っているスープ、オムレツなどが並んでいる。私でも見た事があるような、ありふれているけれど絶対に美味しいメニューだ。
ガリードさんが私の分を器に取り分けてくれた。
「ゆっくり食え」
私はスープを一口、匙ですくって飲んだ。
「美味しいです! ポニポニ草とは違う!」
「ぽにぽに草?」
「はい、この季節に生えている草で、お湯で煮て食べます。つぶつぶの食感が特徴です」
「草? 野菜じゃなくて、その辺に生えている草のことか?」
「はい、どこでも生えているわけじゃないですよ」
「お前と俺とでは、住んでいる世界がずいぶん違うようだな⋯⋯」
ガリードさんが遠い目をした。
「山に行ったり泥にまみれたり、魔獣に襲われたり、楽な仕事じゃないけど出来る自信があるか?」
(雇ってくれるの?)
「はい! 自信あります!」
私が元気良く答えると、やっと笑ってくれた。
(笑った時の目が一番好き)
「分かった、雇ってやる。頑張れよ?」
今日は最高な日だ。こんな素敵な人に出会えて、ご飯も食べさせてもらえて、仕事までもらえた。
「ところで、お前、名前は?」
「フレイナです。よろしくお願いします」
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