ステキな魔獣学者が村にやって来た

(な、何てステキな人なの!)


 背が高くてガッシリした体形の男の人だ。年齢は20代半ば頃だろうか。薄い色の上着に焦げ茶色のポケットがたくさんついたズボンをはいている。肩に掛かる程の髪を無造作に後ろに束ねている。


 顔まで分かる距離まで近付いて、ますます心臓の動き激しくなる。口から飛び出しそうだ。


(目がとっても好き!)


 目尻が柔らかく下がっていて、優しさや温かみを感じさせる。薄紫の瞳は美しく輝いている。


 そのステキな人は、店の前まで来て私に目を留めると、大きなリュックの肩ひもに手をかけ背負い直した。


「お前、この店の子供か? ここはよろず屋だろう? 主人を呼んで来てくれないか。俺はガリードという魔獣学者だ」


 話しかけられた事が嬉しすぎて、頭から湯気が出そうだ。ステキな人の顔を見ながら、何度も首を縦に振って急いで店の中に向かった。


「ご主人、ご主人! とってもステキなガリードさんというマジューガクシャが来ましたよ!」


 主人は待ってましたとばかりに外に飛び出した。私も後に続く。


「あんたがガリードさんか?」


 主人が期待外れという顔をしている。


「魔獣学者なんて言うから、もっと賢そうな爺さんを想像してたよ。⋯⋯本当に大丈夫なのかい」


 ガリードさんは、眉をひそめてため息をついた。


「大丈夫かどうかは内容による。あんたが寄越した使いは要領を得なくて何を言っているか分からなかった」

「何だミリーのやつ、遊ぶことばっかり考えやがって」


 主人がぶつぶつ言う。


「悪かったな、せがれの奴がちゃんと伝えなかったのに、よく来てくれた。話は簡単だ。村の近くに魔獣のような獣が出て困ってる。魔獣学者なら退治出来るんだろう?」

「退治できるかどうかは、魔獣を特定しなければ分からない。そもそも、退治するかどうかも分からない」


 ガリードさんは、しかめっ面のまま答えた。こんな表情をしていても、優し気な目元は変わらない。ステキだ。


「どういうことだ? やっつけられない、ってことか?」

「魔獣の害を無くしたいのだろう?」

「そうだ、そうだ。村長が報酬を弾むってよ。引き受けてもらえるか?」


 ガリードさんは頷いた。


「害を絶対に無くすとは約束出来ない。でも、話は聞く。⋯⋯ところで下働きをしてくれるような子供を一人紹介してもらえないか?」

「子供ですかい?」

「そうだ。荷物を持ったり、魔獣に対処する手伝いをしてくれるような子供だ」

「はい! はい! はい! 私やります!」


 私は思い切り手を上げてガリードさんの前で飛び跳ねた。主人が嫌そうな顔をする。


「お前は力が無いだろう。ひょろひょろしてミリーの半分も力仕事が出来ないじゃないか」

「大丈夫です、ガリードさんのそのリュックだって背負えます!」


 ガリードさんも嫌な顔をした。


「女の子はダメだ。魔獣相手に怪我でもしたら困るだろう」


(え、女の子って何で⋯⋯)


 主人が大笑いした。


「旦那、こいつは男の子だ。器用だがひょろひょろで力が無くて使い物にならんよ。あと数日もすれば、うちのせがれが戻ってくる。それまで待っててくれ」


 ガリードさんは怪訝そうな顔をして私の頭から足まで視線を走らせる。


「いや、これは女の子だろう。男の子の骨格ではない」


 主人がまじまじを私を見る。


「そういえば、名前も女っぽいと言えば女っぽいな。力も随分弱いし。⋯⋯お前、女だったのか?」


(どうしよう⋯⋯)


 女と言えば仕事がもらえなくなる。でも勘違いしていてくれるうちは、そのままにしていたけど、ハッキリ嘘をつくのは気が引ける。


「女⋯⋯かもしれません」


 えへっと笑ってみたけど、主人は口をあんぐり開けて、穴のあくほど私の全身を眺めているばかりだ。


「とにかく、女の子は雇わん。あんたの息子が戻って来たら、俺の元に寄越してくれ。魔獣の話は村長ので聞けばいいんだな?」


 ガリードさんは村長の家の場所を聞いて、さっさと行こうとする。私は後を付いていった。少し歩いてから恐るおそる声を掛けてみる。


「あの、私、怪我しても大丈夫なので、雇ってもらえないでしょうか」


 ガリードさんは、ちらっとこちらに視線を走らせた。


「その頬の怪我、どうした」


 まだ痛みは続いている。


「さっき、ちょっとぶつけちゃって」

「手当はしたのか」

「手当? そうですねえ。家に帰ったら川の水で冷やすかもしれません」

「川の水?」 


 ガリードさんが足を止めてこちらを見た。


「だって、血は出てないですし、放っておけば治りますよ」

「そんなに腫れてるんだ。薬草でも当てておいた方が良いだろう」

「薬草? そんな贅沢出来ませんよ」


 パンすら買えないのに薬草なんてとんでもない。ちょっとした傷の為の薬草だってパンより高い。


 ガリードさんは顔をしかめた。


「この辺りで、布を濡らす水が手に入るか?」


 すぐ近くの井戸を案内して桶で1杯汲み上げて渡す。ガリードさんはリュックを降ろすと、中から何枚かの葉を取り出した。


(もしかして、薬草?)


 葉を揉み濡らした布で包むと、私に手渡してくれた。


「傷に当てておけ」

「いっった!」


 思ったより腫れがひどく、皮膚に触れただけで飛び上がるほど痛い


「明日の朝くらいまでは、ひどい腫れが続くだろう。たまに薬草を取り換えろ」


 何枚かの葉を紙に包んで渡してくれた。


「ありがとうございます!」


 顔だけじゃなく心までステキな人だ。


「あの、それで、怪我しても大丈夫なので、雇ってもらえますか?」

「駄目だ」

「お願いです!」

「駄目だ」


 ガリードさんはリュックを背負って、村長の家の方に歩き出した。仕方なく後を付いて行き、村長の家に入っていく後ろ姿を見送った。

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