第17話 残業

「何を申すか! 我はこの店から……」

「店を守るために、出られないって言うんでしょう? でも、閉店後は? 閉店後の夜なら良いでしょ?」

「残業か……」


 いや、残業って。

 そんな嫌そうにため息混じりに。

 

 そりゃ、バイトしている時に私も残業嫌いだったし。定時は正義だし。

 大切なことだから、もう一度言うけれど、定時は正義だし。

 でも、それで政さんの畑の野菜泥棒が捕まるならば、やる意味はあるじゃない。

 そもそも、この定食屋さんのお仕事は、定時なんて有ってないようなものだし。


 官兵衛の基準では、猫の姿をしている時間は、プライベートの時間ってことなのか?

 

「良いじゃない。一回くらい」

「一回? 毎日ではないのか? 畑を守るならば、毎日行かねば守れないだろう?」


 官兵衛が不思議そうにしている。


「普通に守るならそうよ。毎日畑で悪い奴を寄せつけないようにしないと。でもね、官兵衛の能力を使えば、一回で良いのよ」


 官兵衛が考え込む。

 そして、しばらくしてから口を開く。


「あ! 良からぬことを考えておるな! そんな危険なこと出来るか! 相手は、畑で野菜を盗む泥棒だぞ!」

「大丈夫よ。捕まえるとかじゃなくて、ちょっと姿を写真に撮るだけだし」


 そう。私は考えたのだ。

 畑に泥棒を寄せ付けないのならば、毎日守らなければならない。

 でも、手っ取り早く解決するならば、その方法では駄目だ。


 じゃあ、どうすれば良いのか。

 犯人を官兵衛の「千客万来」の能力を使って、犯人を招けば良いのだと。

 そして、それをこっそり見て写真に撮れば良いのだと。


「しかしだな! 我の能力は、招くだけだぞ? そこから、もし犯人に見つかったとして、守ってはやれんぞ?」


 官兵衛はブツクサ言っている。

 そう、官兵衛の夜の姿は、ただの猫だし。

 野菜泥棒をやっつける戦闘力は期待できない。官兵衛が立ち向かったとて、小さな猫の官兵衛は、瞬殺。ベーンとぶん投げられて終わりだろう。

 

「つべこべ言わない! ほら! さっさと行くわよ!」


 官兵衛の文句に耳を傾けている暇はない。

 時間はドンドン過ぎていく。

 時間が経てば、美久が帰ってくる。

 美久はきっと、自分も付いていくと言うだろう。


 そうなれば、小さな子を連れて、野菜泥棒を捕まえに行くことになる。

 そんなことは、流石にできない。

 自分の身を守るだけで精一杯なのに、美久まで守り切る自信はない。


 今なら、今なら私と官兵衛だけで、畑に行けるのだ。


「あ! こら! 勝手に!」


 日の出ている間の官兵衛は、招き猫。

 木でできた招き猫の姿の間は、官兵衛は自分で身動き取れない。

 猫の姿に戻る前に、行くべきだ。


 私は、むんずと官兵衛を掴んで、文句を言い続けるのを無視して、政さんの畑を目指した。

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