第16話 美久! 恐ろしい子!

 朝から修平君にベタベタする美久。


「はい! あーんして!」

「あ、いや……自分で食べますから」

「美久がお醤油かけてあげる!」

「醤油……かけませんから」


 修平君の隣に座った美久は、ことあるごとに修平君にくっついて、妻のような行動をする。


 そんなのを! 見ながらの朝食!

 私はだんだんイライラしてくる。

 美味しいはずの西京焼きの味が分からない。


 疲れる……。


「ねぇ、美久って、前からああなの?」

「ああ……って、僕にくっついてくるところですか?」


 ランチの時間の前。少し手の空いた時に修平君に聞いてみる。

 美久は昼間は小学校に行っている。

 私と修平君は、もちろんお店。


「いえ。いたって普通の子ですし。お母さんが体調を崩したから、不安なんじゃないですかね?」


 なるほど。あんなに小さな子が、病気のお母さんと離れて過ごすって、きっと不安なのだろう。だから、あんな風に修平君に……いやいやいや、物には限度っていうものがある。あれは、どう考えても度を越しているだろう。


 あれは、本気で修平君を将来の結婚相手と決めて狙いにきている。

 私のなけなしの女の感が、そう言っている。


「良いではないか。別に。美久の幼い恋心。微笑ましいではないか」

「官兵衛、そんな無責任な! 修平君が襲われたら可哀想でしょ?」

「小学生に……僕がですか?」


 本気にしない修平君は、苦笑いを浮かべる。


「まだ小学生ですよ? ただのおままごとの延長でしょう?」

「甘い! 甘いわ!!」


 「女の子」という生き物を、官兵衛も修平君も甘く見過ぎている。

 奴らは決して可愛らしいフワフワの愛玩動物ではない。

 幼いながらも計略も練るし、悪意も暴力も場合によっては持ち出す。そして、それがバレれば、「ごめんなさい」と大粒の涙を浮かべてウルウルの目で許しを請う。


 もはや高校生でもない「女の子」を卒業している私から見れば、美久は、手練れ。

 これは、私が守ってやらねばならないのではないか?


「ちょっと早いが大丈夫かい?」


 入って来たのは、政さん。

 

「大丈夫ですよ! どうぞ!!」


 修平君がそう返答すれば、政さんがカウンター席に座る。

 最近には珍しい明るい表情。


「あれ? 政さん、機嫌良さそうですね」

「ああ。畑荒らしがおさまってね」


 政さんの畑は、最近荒らされていた。

 それで政さんの表情はずっと暗かった。


「あ、じゃあ、犯人がつかまったの?」

「いいや。だが、荒しに来なかったら、それでいい」


 犯人は……捕まっていないんだ。

 政さんの口調だと、犯人の特定もされていない。

 しかし、それで良いのだよ政さんは言う。


「誰がなんて、良いんだ。畑を荒らすのを止めてさえしてくれれば」


 穏やかな表情の政さん。

 私は、モヤモヤする。

 だって、気になる。誰が、どういった目的で荒らしていたのか。

 本当に、今後も荒らすことはないのか。


 政さんは、心穏やかにイナダのお造り定食を食べて帰っていった。


 つつがなく。

 官兵衛が招き寄せたお客様が帰った後、また修平君が配達に出る。

 美久はまだ後1時間は帰ってこない。


「ねぇ、官兵衛」

「なんじゃ?」


 まだ日が落ちない時間、招き猫姿のままの官兵衛に私は話し掛ける。

 

「政さんの畑を荒らした犯人、私と官兵衛で見つけない?」


 私の言葉に、官兵衛の木製の目が丸くなったように感じた。





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