第7話 初日は無事閉店いたしました

 夕方、店が閉店して官兵衛が猫に変身する。

 プルプルを体を震わせて、猫独特のお尻を上げる伸びをする。


「いや、疲れた!」

「なんでよ。官兵衛は、小判持って座っていただけでしょ?」

「愚か者め。名軍師たる我は、客足をコントロールしておったのじゃ。我の『千客万来』の客招きの能力を使ってだな、修平が捌けるギリギリを攻めておったのじゃ!」


 官兵衛がフフンとドヤ顔をする。

 いや、名前が名軍師官兵衛の名前をもらっただけで、猫の官兵衛は、ただの古ぼけた招き猫。

 にわかには信じ難い話。

 でも、猫が話すというだけで信じられない事なのよね。


「修平は配達か」

「そうよ。てか、ここで準備してたじゃない。どうして気づかな……あ! 何? 偉そうなこと言って、本当は寝てたんじゃない?」


 絶対そうだ。

 ここで、夕食用にって頼まれたお弁当を詰める作業を二人でしてた。

 目の前で作業してたのに、気づかないなんておかしい。


「偉そうに客招きだなんて! 目開けたまま居眠りしてただけじゃない」


 木に描かれた目は、閉じられない。だから目を開けたまま官兵衛は寝てたんだろう。

 体育の後の授業時間や、校長先生の話を聞く時に、ぜひとも活用したい能力だ。


「客が居なくなってから少し休憩していただけだ」

「やっぱり寝ていたんだ」

「猫が寝て何が悪い。そもそも、猫とはよく寝るからネコという名前なのである」


 理屈っぽい!

 クドクドと自説を述べる官兵衛は放っておいて、私は本日の売り上げを帳簿に付ける。

 あまりに忙しそうな修平君に、私から付けてあげると申し出たのだ。


 えっと、鯖の味噌煮が十五個、鯵の塩焼きが七個、豚の生姜焼きが三個、うどんが四個。

 あ、そうだ。うどんは、小さい子がいたから、半玉にしたんだった。だから、半額で……。あ、じゃあ、書き込む数量も分けておかないと。


 小さい定食屋さんなのに、結構ややこしい。


「そこ! 数量間違えておるぞ」


 官兵衛のクリームパンに似た前足が、ポンポンと帳簿を叩く。


「あ、本当だ! もう! そんなに詳しいなら官兵衛が計算してよ!」

「何を言う! 我のような者が俯瞰して采配を振るうのが大切なのじゃ!」


 俯瞰……ね。

 要は、見ているだけで、作業は私や修平君がやらないとダメってことなのだろう。


 割と役に立たない招き猫だ。


 しかし、帳簿を付けてみれば分かる。

 こんな小さな店の売り上げなんて微々たる物。材料費や人件費、光熱費なんて物を引いてしまえば、利益はスズメの涙ほど。


 うーん。

 これじゃあ、私が給料をもらうのも申し訳ないくらい。


 私には、お金を貯める理由がある。

 今の幽霊生活を辞めて元の生活に戻るためには、今まで婚約者に援助してもらっていたお金を返すべきだろう。

 その上で、正直に結婚する気は無いと言って自由を獲得するべきだ。


 給与は……いつまで経ってもあげてはもらえないだろう。これでは、目標金額までに三年くらいはかかりそうだ。


「あ、ねぇ! 官兵衛は優秀な招き猫なんでしょ?」

「当然じゃ! 由緒正しき御神木から甚五郎が彫った……」

「その辺は良いのよ。別に。それより、手っ取り早くお金を招いてくれれば!」


 そう。

 招き猫ならば、お金を招くこともできるはずじゃない? 小判持っているし。


「愚か者め。我の上げている手の向きも見とらんのか!」

「向き?」

「右手と左手で、招く物が違うのじゃ! 金を招くのは、右手! 我は左手で招くから客招きじゃ!」


 とりあえず、お金は官兵衛には招くことが出来ないということか。


 なんだ。とことん役に立たない猫だ。

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