第8話

 その家は純日本家屋で、通された部屋は和室で座布団が敷いてあった。まるで旅館か料亭みたいな感じだ。すごく古くて暗くジメジメしていた。縁側があり、外には松などの木が生えてあるちょっとした中庭があった。


 住職は僕を座布団に座らせて、「ちょっとまってろ」と言って部屋から出て行った。

 その部屋には古い掛け軸が掛かっていて、きっと高いんだろうなと俺は思っていた。要は金持ちなんだ。


 住職が亡くなってから、後を継いだ息子は田舎では誰も乗っていない外車を購入して法事などに行っていた。車種はBMWで子どもたちだけでなく、誰にとっても憧れの的だった。


 しばらくして住職が戻って来ると、俺は何を話せばいいかと迷っていた。掛け軸を褒めたらいいだろうか。しかし、俺は緊張して何も話せなかった。


 住職は俺の向かいに座った。背筋が伸びていて、いかにもお坊さんらしかった。

 

「何でここだってわかったんだ?」

「は?」俺は聞き返した。

「ここにいるってわかったんだ?」


 さっきと違い住職の目は笑っていなかった。

 俺は何を言われているか見当もつかなかった。


「たまたま通りかかって…」


 そんなはずはない。家から自転車と徒歩で二時間はかかっている。

 その後も俺と住職は言葉もなく向かい合っていた。


 しばらくすると、誰かがお茶を持って部屋に入って来た。

 ちゃんと座って襖を開けて、入って来てまた座って襖を閉めていた。

 それが、和室も作法だというのが俺にもわかっていた。

 現住職の奥さんは美人で有名だった。

 前に、お祭りで見たことがあるが、女優みたいにきれいな人だ。

  

 しかし、新住職の美人な奥さんかと思ったら違った。

 うちの妹だった。俺はびっくりして、顎が外れそうになった。


 家で着ていたTシャツなんかの服とは違い、白いブラウスにスカートという清楚な出で立ちだった。

 妹は俺と目を合わせないでお茶だけ置いて出て行った。


 俺は元住職には何も聞けなかった。

 他所の子供をさらって、家の雑用をさせているなんておかしいんじゃないかと思ったが、その時は、ちゃんとした家で行儀作法なんかを教えてもらった方が、うちみたいな庶民の家にいるよりもいいような気がしていた。


 このことは両親には黙っていようと俺は思った。

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