第7話

 俺はその場をしばらくうろうろして、同じ場所を何度も回って人を探した。しまいには、寺の人の住居と思われる建物の玄関にあったピンポンまで鳴らした。


 すると、奥から「はーい」という声がして人が出て来た。

 その人は年齢が七十五歳くらいで住職だった人だ。

 色黒で顔が長くて大きかった。

 俺を見るなり言った。


「江田さんとこの倅じゃないか」


 何となく親しみのこもった言い方で、嫌な感じはしなかった。ああ、お寺の住職だ。久しぶりに見た、と俺は思った。


「どうも。すいません。いきなり」


 俺は子どもだから何と言っていいかわからなかった。気まずいまま黙って立っていたが、俺はある恐ろしいことに気が付いていた。


 この人は去年に亡くなったはずじゃ…。俺自身は興味がなかったけど、母親がそう言っていたのを思い出した。長男が寺を継いだんだった。息子というのがあまりお坊さんらしくない人で、全くやる気がなさそうな感じだった。しかし、金だけはがめつく取る人だった。両親もそう言っていた。


 俺は恐怖のせいで何も言えなくなってしまった。これは夢なんじゃないかと思った。前にもそんな風に夢の中で夢だと自覚していたことがあった。


「なんだ。茶でも飲んで行くか?」住職は俺の心の中に感づいてはいなかった。

「はい」


 俺は断れなくて、そう返事してしまった。

 靴を脱いで玄関の式台に足を乗せた。


 家の中は静かで物音がまったくしなかった。

 俺が木の床を踏みながら歩いても何の音もしなかった。

 まるで、自分も幽霊になってしまったみだいだった。


 きっと今頃、両親は息子がいないと言っているだろう。


 それでも、妹の時ほど、必死に探してはいない気がしたが。もし、子どもが二人もいなくなったら、両親は恥ずかしくてたまらないだろう。近所からあの家は呪われているとか、変な噂をたてられるに決まっていた。うちの商店にも客が来なくなるかもしれない。そしたら、店が潰れて、学校中の笑い話になるに違いない。

 お前らはその後どこで必要なものを買うんだと思うが、人の不幸が楽しいのが田舎の人間だからだ。


 

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