恋トレ 仕上がってるよ!仕上がってるよ!
僕の名前は、優希。
あれは小学校の卒業式が終わった後だった。
校舎裏で丸々とした僕とは対照的にスラッとしたスタイルの女の子が立っていた。
彼女は、これから中高一貫の女子校に通うらしい。
離れ離れになると決心した僕は勇気を出して呼び出したのだ。
「七瀬!好きだ!」
「……デブ……キモ」
そう一言だけ言って彼女は去っていった。
僕のハートは砕け散ったのだ。
◆
三年後。
「…14!…15!…ふぅ」
日課のダンベルスクワットをこなす。
あの失恋からダイエットを決意した僕は、親に泣きつき可変式ダンベルを買ってもらっていた。
その重量は重りを全て装着すると片手で30kg……。
当然、初心者に扱える重量ではないので、最初は5kgから始めたのだ。
それが今では30kgにまで成長したのだ。
中学の青春を全て筋トレに捧げた3年間。
身長180cmまで伸びた僕の身体は細マッチョを通り越して、ゴリマッチョとなっていた。
姿鏡の前で、腰を捻り左手で右手を掴むとサイドチェストを決めながらポージングをする。
大胸筋が歩いてる!
腹筋、板チョコ!
カーフでかいよ!
心の中で自分を讃えていると、不意に扉が開いた。
「お兄ちゃん、ゲ……」
そこにはジャージ姿の妹がいた。
妹は中学1年生で、部活帰りなのか少し汗ばんでいた。
しかし、そんな姿でも美少女である妹の可愛さは全く損なわれていない。
むしろ、ジャージによって強調された胸の膨らみや、すらっとした白い生足がエロ……おっと、これ以上はいけない。
「なに?」
「……キモ」
バタンッ!
そう言い残して、我が愛しの妹は扉を勢いよく閉めて出ていった。
ぐすん。
筋肉は鍛えれても、心までは強くならないのだ。
◆
一週間後。
高校の入学式が終わり、顔見知りもいない僕は一人寂しく席についている。
中学生活は筋肉に捧げたのだ……。
僕の鍛え上げられた肉体が制服の下からでもアピールするのか、最初は好奇の視線に晒されていたが、今は誰も見向きもしない。
そして、僕の横の席に座る女の子もいつも一人でいる。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、色白な肌と相まって大和撫子という言葉がよく似合う。
ただ、彼女は少し、なんというか身体が大きかった。
そんな彼女が、席を立つのだが、
「あっ」
ドスンッ!!
重心を後ろにかけすぎたのか、椅子ごと倒れてしまった。
クスクス。
教室に響く心無い嘲笑。
「デブすぎない?」
「やだ。聞こえちゃうよ」
床に倒れ込んだ彼女の瞳に涙が浮かぶ。
ブチッ。
ドンッ!!
それを見た僕は、机に拳を叩きつけていた。
大きな音に教室内が静まり返る。
「デブは可能性の塊だ!」
過去の自分を笑われたような気持ちになり、つい怒鳴ってしまった。
突然の事に唖然とする一同。
「デブって言った…大きい声で言った」
「あっ!?」
しまった!? 慌てて口を塞いだ時には遅かった。
しかし、弁解の機会を与える事もなく足早で教室を出ていってしまった。
その場に取り残された僕に突き刺さるクラスメイト達の視線。
「そ、その、悪かったけど、君もちょっと……」
一人の女子生徒が声をかけてきた。
「うん……謝ってくる」
そして、彼女の後を追いかけて行った。
◆
「なに?」
屋上にいた彼女を見つけ、
「さっきはその、ごめん!」
頭を下げたまま謝った。
「別にいい。事実だし」
淡々と答える彼女。
少しの沈黙の後、彼女は言葉を続けた。
「あんた馬鹿?なんで、私の事で怒鳴るの?」
「俺も昔、太ってたから……」
だから、他人事には思えなかったんだ。
「そんな風に見えないけど、どうやって痩せたの?」
「はは、小学校の卒業式の後でさ、好きな子にフラれちゃってね」
自嘲気味に笑うと、彼女は少し驚いた表情をしていた。
「……デブ……キモ?」
「え?なんでその言葉を?」
思い出したくもないトラウマワードを聞き、動揺してしまう。
「もしかして、優希?」
え?え?
あの頃のスレンダーな彼女からは想像出来ないほど大きく育った姿に混乱する。
「……七瀬?」
「うん」
それは姿が変わった二人の恋物語。
「七瀬!筋トレするぞ!」
「ええ!?」
そして、筋肉に魅了される二人の物語でもあった。
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