悪役令嬢に転生したようですが、断頭台だけは嫌ですわ
視界が揺らぐ。
「税率は八公二民。愚民共から搾り取ってやりなさい」
私の口が自然と動く。
周囲を見渡せば、石造りで出来た中世の城のような場所だった。
私は玉座に腰掛けている。
「お嬢様、それでは領民が飢えて死んでしまいます」
傍らに控えるメイド姿の内政官が諫言してくる。
彼女の名前は……マリア。
「愚民など滅べば良いのだわ」
また唇が勝手に動いた。
そして、視界が晴れるとマリアは部屋から消えていた。
「私の名は……エリザベート・バートリー」
私は自分が誰なのかを認識する。
そして、この悪名高い名付け親は私だった。
悪役令嬢……。
ここは私が書いた小説の世界にそっくりなのだ。
東には後に聖女となる主人公が収める領地が隣接し、北には彼女と結ばれる王子がいる王家の直轄領がある。
その物語の中で、悪役として登場するエリザベート。
彼女は領民から搾り取った税で軍備を整え、反逆を起こすが、領民の反乱と共に北と東から攻められ、最後には断頭台の上で命を落とす。
そもそも、反逆を起こした動機が重説で領民に逃げられた挙句の領地拡大なのだから、そんな人物になった作者としては頭が痛い限りだ。
ただ、作中のエリザベートは西の隣国との戦争では、先頭に立って戦い、武勲を上げることで領民の人気を得ていた。
だが、
「断頭台の未来は避けなきゃ……」
先程の発言は取り消すべきだろう。
「マリア!」
私は叫ぶ。
すると、すぐに一人の女性が部屋に入ってきた。
彼女は私が作り出したお気に入りのキャラクターの一人だ。
年齢は二十代後半くらいだろうか?
長い髪を後ろで束ね、眼鏡を掛けている。
理知的な顔立ちの女性であり、一見すると地味な印象を受けるだろう。
だが、内政から軍の指揮官まで何でもこなす万能な女性である。
「お嬢様?」
「先程の発言は取り消すわ。五公五民よ」
「……七公三民とし、非課税枠を増やす事を提言します」
「七公三民も重税でしょう!?」
私は反論する。
断頭台は嫌なのだ。
「課税枠は交易で高値がつくものに限定致します。またそうしないと軍備が揃いません」
「軍備?」
反乱は嫌なんですけど……。
「お嬢様は辺境伯の御令嬢である事をお忘れですか?」
辺境伯、それは国境を守る貴族のことだ。
父が病いを患っている為、実務はエリザベートが担っていた。
「ああ、西の備えね」
そして、王国の貴族ではあるが、王家に権力が集中する絶対王政ではなく、王家を象徴として、各地方の貴族が独立している封建制度となっている。
つまり、自分の領土は基本的に自衛すべきであり、その為に重税が必要であり、税収がなければ、隣国に備えられない辺境伯の立場。
「誰よ、こんなクソなシナリオ考えたやつは……」
私であるが、文句の一つくらいは言いたくなる。
どうやっても詰むように仕組まれているのだ。
だが、同時に私はこの世界の創造主であるはずだ。
つまり、
「貴方の案を採用すれば、軍備も領民の反乱も心配しなくて良いのかしら?」
私はマリアをとても知的なキャラクターに設定していたはずだ。
ただエリザベートの意志に絶対に逆らわないという足枷をつけていた。
「5年は保たせます」
足枷が外されたマリアは断言した。
なら、私も覚悟を決めよう。
悪名高く、性格の悪いエリザベートになってしまった以上、やるしかない。
幸いにも、私にはこの世界の知識がある。
西の聖女にも、北の王子にも接触しないといけないだろう。
確かこの後、舞踏会のイベントがあったわよね。
正史ではその性格の悪さを存分に発揮する晴れ舞台なのだが、そういうわけにもいかない。
5年しかないのだもの……。
◆
5年後。
私は創造主の知識をフル活用して、財政から人材まで全てを整えていた。
戦争を回避するために、裏で西の大国と手を結び、国の守りを固める事ができた。
正史では私が断頭台に消えた後に発見される金山や銀山などの鉱山資源も確保した。
そして、人材だ。
将軍の器がある者、宰相の器がある者。
王家や聖女が手にする前に、三顧の礼で招いたのだ。
「お嬢様、王家直轄領を掌握したようです」
「東の国はどうなったのかしら?」
「そちらも聖女の捕縛に成功いたしました」
「ふふふ、殺しちゃダメよ。みんなお友達なんですから」
王子も聖女も小さな領地を与えて幸せに暮らしてもらうわ。
だって、私の考えた主人公なんですもの。
だけどね、私は悪役令嬢。
破滅フラグは折り続けなければいけない。
「マリア、次は西の国を攻めるわよ」
「短い同盟関係でしたね」
「愚民共に教えてあげるわ」
私が創造主なのだとね。
数年後、西の王国は滅び、帝国が建国される事になるのだった。
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