2-7 霊感探偵って、なんですか?

 芳川よしかわ 亮輔りょうすけが現れた。

 走ってきたのか前髪は少し乱れているが、ショートレイヤーの髪型と長いまつ毛、そして通常であれば目立たないはずの細身の体がまとっている不思議な雰囲気は、先日見た彼に間違いない。


 彼がこの事務所に現れる事象自体は、経緯からして当然のことだ。にも関わらず、目の前で起こった現実に美佳みかは何故か感激を覚えた。

 ようやく、会えたのだ。


芳川よしかわさーん、待ってましたよ!」第一声は荒城あらきが上げた。

 芳川よしかわは片手で前髪に触れながら答える。

荒城あらきくん、おはよう」その視線がこちらを捉えて止まった。「郁野いくのさん、ごめんね、待たせたね!」


 感動で停止していた美佳みかは、探偵が自分の前まで小走りにやって来て頭を下げるまで声を出すこともできなかった。

「あ……」やっと我に返り、慌てて立ち上がる。「そんな、謝るのは私の方です! 連絡もなしに来ちゃったし、芳川よしかわさん、お休みの日だったのに――」


 芳川よしかわは、上げた顔を横に振った。「好きな時に来て良いんだよ。僕も君には会いたかったから、丁度良かったんだ」

「え?」美佳みかは、目の前の男性の放った言葉の意味をすぐにはくみ取れなかった。

 相手はこちらの困惑を見抜いたように説明する。「霊視のことと、宝箱のこと、説明するって約束したよね」


「……はい」子供は声をしぼり出すと、再びイスに腰を下ろした。

 大人が自分を気に掛けてくれていた事実を知ったことで、安心できた。

 自分が抱いていた不安は、特段おかしなことではなかったのだ。


「そーゆーこと」後ろから荒城あらき

 振り返ると、イスの背もたれに置いた腕に顎を乗せた体勢の荒城あらきが。

 彼はやはり笑顔で述べた。「呼び出して正解だったよ!」


 すると、

「いや、だいぶ急だったけどね」と芳川よしかわ

「えー、良かったじゃないですかー」すかさず荒城あらき

 探偵はあきれた表情をしている。落ち着いた顔しか見たことなかったが、こんな顔で、このようなやり取りをするのか。まったく想像できない景色ではないのに、いざ目の当たりにすると言い得ぬ感慨深さがあった。


「じゃあ、本題に入ろうか」芳川よしかわは隣のデスクのイスに腰掛ける。

「お茶持ってきますねー。冷たいので良いですか?」

「うん、ありがとう。冷たいので」

「お菓子もありますよー」

「いただくよ。今日はまだ何も食べてなくて」芳川よしかわの表情が明るくなった。


「じゃあ、この後はお昼ですねー。郁野いくのさん、おごってもらおうよ!」

 美佳みかは反射的に腕時計を見る。間もなく11時になる頃だった。

「えと、すいません、家で食べる予定なので」

「あら、そうなんだ。お菓子はまだ食べられる? まだまだあるよー」

「はい、いただきます。ありがとうございます」


荒城あらきくん、言葉に気をつけてね。連れ回したら誘拐になっちゃうから」

「え、そうなんすか!?」

「そうなんですか?」

「そうだよ。本人の同意の有無に関わらず、客観的に『だまして連れ去った』と思われたら、誘拐になっちゃうんだ。脅したりしてついて行かせた場合は、略取ね。荒城あらきくんはこんな調子だから、郁野いくのさんも乗せられないようにね」

「はい」

 法律的に危ない場面であったのは驚きだが、芳川よしかわが熱を持った物言いをする姿への感動の方が大きかった。この短時間で色々な顔を見た気がする。


「気をつけまーす」荒城あらきが軽い返事しながら、出入り口へ姿を消した。

 冷たい飲み物は別の部屋にあるのだろうか?


「ふう、だいぶ脱線したね」芳川よしかわは運動後のような息継ぎをする。「今度こそ、話をしよう」

 美佳みかも釣られて一呼吸置いた。再会してからここまで来るのにもだいぶかかった気がする。

「はい、よろしくお願いします」


 相手は微笑むと、イスの肘掛けに腕を置いて指を組んだ。「さて、何から話そうか」

 いよいよだ。美佳みかは用意していた質問を思い出す。

「えと……霊感探偵って、なんですか?」


「名刺に書いていた肩書きのことだね。宝箱を開けてもらった時にも、言ったっけ」霊感探偵は「ふふ」と挟んでから続けた。「変な名前だよね。普段の仕事は普通の探偵と同じ身辺調査とかなんだけど、霊視をすることもあるから、後藤ごとうさんが『そう書け!』なんて言ってさ」

「所長の後藤ごとうさんですか?」

「うん。もしかして、会った?」

「いいえ。さっき、荒城あらきさんに事務所の紹介をしてもらったので」


「そうなんだ。パワフルで、強引な人だよ。

 でね、霊視っていうのは、亡くなった人の遺品から、その人の記憶や感情を読み取ること。僕は、そういうことができるんだ」

「あの時も、霊視をしたんですよね」

「公園で、宝箱を開けてもらった時のことかな」

 美佳みかはうなずいた。


「その通り」

 芳川よしかわの説明はそこで途切れた。まつ毛の長い目が、穏やかにこちらを見詰める。


 詳しい説明を求めて良いものか一瞬迷ったが、約束を守ってもらうことにした。

「ってことは、あの宝箱は、上野うえの暴走事故で犠牲になった子の物なんですね」


 そこで、荒城あらきがドアを開けて戻ってきた。

 芳川よしかわはこちらを見たまま、口を開く。

「どうして、そう思ったのかな。僕は、宝箱の正体は話していないよね」

 口調こそ優しいままだが、笑顔から柔らかさが抜け落ちたような、感情の読み取れない表情になった。初対面の時を思い出す。


 美佳みかは緊張しながら答えた。

「私と芳川よしかわさんが会った日の夕方のニュースで、『今現在の現場の様子』ってライブ映像が流れていたんです。私が見たのは記事に掲載されたアーカイブで、見たのは昨日ですけど……その映像に、芳川よしかわさんが映っていました。その時間は午後5時頃、つまり、私が芳川よしかわさんに声を掛けられた後です。

 芳川よしかわさんのあの日の動線は、まず、公園で探していた子供のリュックサックを見つけ、私と話した後、ベンチで宝箱を開けようと少し調べた。それから、事故現場に足を運んで、暗くなるまでの間にベンチに戻って再び宝箱の調査を再開したというものになりますよね。あんな時間まで開けようと頑張っていたからには、気分転換の散歩をするほど余裕があったとは思えません。リュックサックと、宝箱と、事故現場は何かしら関係があったから、芳川よしかわさんはあの場所へ行ったんです。

 これに、芳川よしかわさんが話してくれた、依頼人の子供が小学1年生で、その子には妹がいて、おばあちゃんの家の猫と仲良しという情報を統合すると、上野うえの暴走事故の犠牲となった浅野あさの 真仁まさとくんと結びつきます」


 どうにか言い切った。

 すると、


「おぉ~」荒城あらきがデスクに緑茶のペットボトルとお菓子を置いてから、拍手した。「天才少女だ」

 何となくむずがゆい気分になる。「荒城あらきさん、その言い方、なんか駄目です」

「え、そう?」

「駄目です」

荒城あらきくん、駄目なら、やめとこう」

「は~い」


 話の腰を折られてしまった。気を取り直して芳川よしかわを見詰める。

 視線を受け止めた探偵の顔は、いつの間にか真剣な面持ちをなしていた。


 沈黙。

 それが何を意味しているのか検討もつかない間が2秒ほど続いてから、

 薄い唇が開かれる。


「宝箱の正体は、郁野いくのさんの言う通りだ」

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