2-4 嫌な予感がする

 芳川よしかわ 亮輔りょうすけは暗闇の中で目を覚ました。

 閉じ込められている訳ではない。自宅で就寝していただけだ。

 彼の脳をまず刺激したのは、強烈な空腹感である。


 昨日はコンビニの駐車場で仮眠を取った後、愛車のチャプターを運転して自宅まで戻ると入浴だけ済ませ食事もせずに眠った。

 思い返せば木曜日は浅野あさの宅でヒアリング後に深夜まで情報精査した上に、金曜日も徹夜でリュックサックと宝箱の霊視を行った。その間、インスタントコーヒーと喫煙でごまかしてまともな食事をしていない。


 長らく後回しにされた腹の虫が必死に鳴くのもうなずけた。

 真っ暗な空間の中、枕元へ手をのばし、記憶を頼りにベッドライトを点ける。

 ささいな光で目を覚ましてしまう芳川よしかわは、寝室の窓にカーテンを重ねることで日中でも眠れる空間を作り出していた。


 青白い光が限りなく弱い光量で部屋を照らすと、枕元に置いたスマートフォンで時間を確認する。部屋に時計は置いていない。

 10時13分。のんびり身支度をしたら買い物がてら外食に出ようかと寝ぼけた頭を回した時、こうこうと光る画面に別の情報も視認する。

 着信が複数と、ショートメッセージが1件。


 着信は昨日の夕方に後藤ごとう探偵事務所のIT担当である久我くが 憲明のりあきから1件、本日9時過ぎには警察官の風間かざま 昂太郎こうたろうから1件来ている。

 そうだ、風間かざまとは日曜日に資料を返す約束をしていた。自分が不在中に取りに来た場合に備えて荒城あらきに伝言し封筒ごと預けていたが、風間かざまには休む旨を連絡していなかった。それもコンビニで仮眠後には、忘却のふちへと追いやられていた。


 起き抜けに自分の過失を目の当たりにした霊感探偵は、憂鬱な心地で久我くがのメッセージを開く。着信時刻から間もなく受信していることから、通話の用件が書かれているはずだ。


 ――郁野という子供がお前に会いに来た。明日も来る。

 ――秋江さんが棚のお菓子を買い足したから、出してもよし。


 郁野いくの芳川よしかわは即座に思い出した。郁野いくの 美佳みか。天才少女だ。

 彼女が事務所に来た? しまった、想像以上に早い来訪だ。霊視を目撃されてしまった上に、調査のこともほとんど話さずに別れてしまったため、彼女にとって気掛かりになってしまったのかも知れない。


 しかも「明日も来る」とある。後藤ごとう所長に電話した時、背景の音から彼が外出中であることはわかった。久我くがからの着信時点で、久我くがには芳川よしかわが日曜日に休むと伝わっていなかったのだ。

 嫌な予感がする。ホワイトボードにも「休暇」と書かれていない可能性がある。


 今日の出勤は荒城あらきだけだったろうか。彼が郁野いくのを迎えて芳川よしかわの出勤を待っていたら――想像するだけで恐ろしい。恩人を2日にわたって放置など、大失態だ。

 昨日、夕方の着信に折り返しでもしておけば……。後悔しても後の祭りだ。


 探偵事務所の状況を確認しようとアドレス帳を開いた、その時、スマートフォンに着信が。

 発信元は荒城あらきだ。

 すぐに電話に出る。


 予感は的中した。

 休日にのんびりの予定が、起床から数分で家を飛び出す羽目になった。

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