2-3 なんか、凄く怪しい!

 入室と同時に3人分の目にさらされた人物は、1歩踏み出したその場で立ち止まる。

「なんだよ」

 急に注目を浴びたことに対する反応は、その一言だった。


 その人物は芳川よしかわではない――背の高いスーツ姿の男性で、髪をオールバックにしている。三十代と見られる顔は不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。

風間かざまさん!」第一声は、もちろん荒城あらき。「何か、用ですか?」

「用もなしに来るかよ」風間かざまは吐き捨てるように言った。「芳川よしかわいるか? 約束してんだ」


 少し口が悪い人だ。目も切れ長で、発言がただの質問でも怒っているように聞こえる。

 が、今はそれよりも。


「あ! 約束って!」レナが叫ぶ。

 美佳みかもとっさに荒城あらきを見てしまった。


「ええ! 風間かざまさんまで!」探偵事務所の人間は、遂に頭を抱える。「もぉ~、キャンセルの連絡ぐらい自分でしてよぉ」

「やっぱり、ヨッシーは来るのね! 来るんだ!」レナが追い討ちを掛けた。

 今度ばかりは美佳みかもレナに加勢する。「芳川よしかわさん、来るんですか! ウソついたんですか! 荒城あらきさん!」


 集中砲火を浴びる青年は諦念した顔で天を仰ぐと、真実を打ち明けた。

芳川よしかわさんは、今日は出勤予定でしたが、欠勤です。

 理由は、昨日、調査の一環で霊視をして、体調を崩したからです」

「霊視ねぇ……」風間かざまがつぶやく。


本当ほんとぉ?」

「本当ですか?」

 レナと美佳みかが同時に聞いた。

「本当だよぉ!」荒城あらきが鳴く。

 ウソではなさそうだ。


 と、

「あ、でも風間さん宛には荷物を預かってます」彼は思い出したように話題を変えた。「封筒のまま返してくれって……はい、どうぞ」

 手近な机に置いてあったA4ほどのサイズの封筒を片手で取り、来訪者に渡す。


「おう」それを受け取った男性は封筒の口を開けて中をのぞいた。「……確かに、貸してたもんだ。無駄足にはならなかったな」


 中身は何だろうか? 封筒の厚みは2cmあるかないかぐらい。片手で軽々と持っていたから、重量も数百gといったところか。書類の束とか?


「何それ」レナが面白くなさそうに聞く。「エーブイ?」

 AV? オーディオ・ビジュアル……映像機材のこと? 美佳みかは首をかしげる。封筒に入れて渡すような物なのだろうか。

 瞬時に連想した時、


「違うわ!」荒城あらき風間かざまが同時に否定した。

 え。なんか、凄く怪しい! 男性2人の意表をつく反応から、女子は「何か隠しごとをしているのだ」と直感する。


「これについては、奴に直接話も聞きたかったが、いないんなら仕方ねぇな」

 風間かざまが封筒の口を閉じながら嘆息した。

 レナが途端に「うわ」と顔を引きつらせる。「いかがわしいレビュー会とか、キッモ!」

「違うっつってんだろ」気の短そうなしゃべり方が更に粗暴になった。「今日は帰る」


「お疲れ様でしたー」もう1人の男性は、どこかすっきりした様子で手を振る。


 美佳みかは結局、自分だけ認識が食い違っている気がしてならない居心地の悪さを解消できないまま風間かざまを見送った。

 大人は謎だ。


 ドアが閉められ自然と沈黙が生まれたところで、レナがあくびをする。

「アタシも帰る。ヨッシー来なさそうだし」

「そう? お疲れぇ!」荒城あらきが早々に挨拶した。どんどん回復している。


「あの、レナさん!」美佳みかは、ドアへと歩き出した女性を呼び止めた。

 尋ねたいことがあった。


「んあ?」相手は足を止め、振り返る。

「レナさんは、芳川よしかわさんとどんな関係なんですか?」

 荒城あらきが女2人の間で顔を往復させているが、今回は特に発言はなかった。


 大人の女性は何食わぬ顔で返事する。「そんなの聞いて、どうすんのよ」

「どうするってことはなくて」中学生は正直に答える。「芳川よしかわさんのこと、聞いてみたくて」


 ここへ来て、謎めいた霊感探偵の不思議な人間関係を目の当たりにした。だが自分は、彼と出会ってから何度も再会を試みたというのに、未だ氏名と霊視の光景しか知らずにいる。芳川よしかわ 亮輔りょうすけという人間について、少しでも手掛かりが欲しかった。


 彼の知り合い――それも浅からぬ関係にありそうな人物は「ふうん」とこぼして腰に片手をあてる。

 と、美しい顔が急に眉間にシワを寄せた。「アンタこそ、どこの誰?」


 しまった。自己紹介がまだだった。

「あ、ごめんなさい!

 私は、郁野いくの 美佳みかと言います。中学生です」

 反省しながら身元を明かす。


「そう。どこ中?」

「K中学校です」

「ふうん」


 短い反応。再び品定めするような眼光に足元から頭までさらされるのを、ハラハラしながら、大人しく受け入れた。


「私はね――」いよいよレナが質問に答える。

 と思われたが、

「……やっぱ、アンタには言わなーい」

 続いたのは却下の意思表示だった。


 美佳みかは一瞬、状況を飲み込めずに固まってしまった。

「え!」そして、ようやく理解する。「ちょっと、えぇ!?」

 反論も説得の言葉も出てこない。こちらは包み隠さず話したにも関わらず、レナの発言はあまりに単純で無慈悲だった。


「お子様には内緒ってことよ」

 またどうしようもない供述をしながら女性はきびすを返し、「じゃーねー」と後ろ手に手を振りながら出て行ってしまう。


 ドアが開かれ、吹き込んだ風が届ける香水の匂い。

 ドアが閉じると共に消える、金髪の後ろ姿。

 無情に進む時間に美佳みかはワナワナと震え、

 拳をにぎった。


 そして、

「意地悪な人ぉ!」

 声の限りに思いの丈をぶちまける。

 荒城あらきに。


「ごめんねぇ!」

 少女の率直な思いを正面から浴びた男性は即座に手を合わせ、頭を下げて謝る。無論、荒城あらきがわびることではないのだが、どうやらこのような役回りに慣れているらしい。

 彼は顔を上げると苦笑した。「えっと、気にしないでね。あの人、誰にでもあんなだから」


 美佳みか自身もこの怒りについてはお門違いであるのを理解しているため「はい」とだけ返し、別の疑問を解こうと試みる。「あの人、ここの人なんですか?」

 荒城あらきは激しく首を横に振った。「違うちがう! レナちゃんは、たしか……鶯谷うぐいすだにだったかのキャバクラで働いてる子だよ。ほら、香水の匂い、凄かったでしょ?」


「キャバクラ……」子供は、耳にしたことしかない言葉を反すうする。

 「パブ」とか「風俗」という言葉といまいち区別できていないが、とにかく「大人のお店」というやつだ。

 そのような店舗の従業員が、芳川よしかわと知り合い? それもレナ側が熱心に追い掛けている風だった。2人の関係が「お子様には内緒」というのは、もしかして――いや、レナという人間は、子供への配慮とか、そんな思考をするタイプではない気がする。だって、意地悪だもの。


 何の事実も見出せそうにないと踏み、美佳みかは推理を打ち切った。

 仕方ない。こうなれば手段は1つだ。


 執念の赴くまま、少女は頼りの人物に向き直る。

荒城あらきさん。芳川よしかわさんって、どんな人ですか?」

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