2-2 そんな用事で来た訳じゃないです!

「いやいや!」反応したのは荒城あらき。「レナちゃん、本当だってばぁ!」

 彼は女性へと体を向け、必死な様子で弁明する。


 レナと呼ばれた女性はスッと立ち上がり、片手を腰へあてた。

「前も『休みだ』って言ってたのに、待ってたら『ただいま~』って戻ってきたことあったじゃん!」

 黒のタンクトップから、真っ白な胸の谷間が見える。丈の短いジャケットを羽織っているが、薄手で涼しそうだ。ヘソを見せた腰はやはり白くて細く、黒のタイトスカートに包まれたヒップを際立たせている。テレビや雑誌でしか見たことのないほど短いスカート丈からは、肉感的だが引き締まった太腿が誇らしげにのびていた。


「いや、その時はマジで重要な依頼の最中だったから――」

「重要な依頼だから何だってのよ! 私が邪魔してるっての!? ちょっと話したいだけだし!」

「いやでも、芳川よしかわさんも忙しいから。それに、今日は本当に休みだし」

 子供が「大人の女性」の姿にあ然としている間に、優劣の明らかな攻防が繰り広げられる。


 と、

「ウソよ! ねぇアンタ、約束してたんでしょ!」

 不意に矛先がこちらへ向いた。


「はい……」

 美佳みかはとっさに答えてから「この返事で正しかったのだろうか」と不安を覚える。

 そして、その予感は的中した。


「ほら!」レナの声が一層、熱を帯びる。「ホントのこと言わないと、『ヨッシーがパパ活してる』って言い触らすよ!」


 「ヨッシー」は、間違いなく有名なアクションゲームに出てくる恐竜のことではなく芳川よしかわのことだ。霊感探偵は、そのような呼び方もされているのか。

 意外な事実はさて置き、「パパ活」とは聞き捨てならない。


 美佳みかは再び反射的に声を上げた。「私、そんな用事で来た訳じゃないです!」

 芳川よしかわは謎の多い人物だが、悪事を働くような人ではない。彼への失礼な扱いも含めてレナの発言は許せなかった。


「え? あっ、あ」今回も荒城あらきが反応する。「郁野いくのさん?」

 美佳みかは彼に構わず二歩前進した。


「じゃあ、どんな用? 『話がしたい』って、何を話す気よ!」

 対してレナは大またで迫ってくる。凄まじい剣幕だ。

 甘い香りが鼻をつく。入室時の匂いの正体は、このレナという人物の香水だったようだ。


 完全に敵視されているのを感じながら、だが美佳みかは負けなかった。

「私、芳川よしかわさんに頼まれて、調査に協力したんです!」

 堂々と言い放ち、胸を張ってみせる。


「ええ、あ……」後ろから荒城あらきの声。「協力?」

「そう! 協力です!」

 美佳みか答える。がひるんだように口元をゆがませたのを見逃さなかった。勢いづいている相手に対抗するにはたたみ掛けるしかない。


 美佳みかが次の攻め手を思案したのも束の間、

「ウソ! アンタみたいなチビっ子に、何ができるってのよ!」

 張った胸にレナの人差し指が突き立てられ、押し返されてしまった。

「なっ!?」女子は一歩後退すると、とっさに胸をかばう。負けてなるものか。失礼な大人をねめ上げる。「本当です! 箱が開けられないからって困ってたから、私が開けてあげたんです!」


「箱って、パスワードの?」と荒城あらき

「そうです! それです!」すかさず美佳みか


 今回はレナからの反論はない。その代わり、品定めするような鋭い視線が子供の足元から顔を往復する。何か言いたいが言葉を見つけられない風だ。

 中学生は内心で「制服を着てくるべきだった」と悔やむ。今日の出で立ちは黒のプリーツスカートに、白のインナーとメッシュ生地のセーラートップス。低身長で私服だと子供っぽく見られることを気にしていた。芳川よしかわKと記憶している。


 固唾を飲んで次の動きを待っていた時、

 緊張の糸を断ち切るようにドアが勢い良く開かれた。


 まさか――

 一同の視線が来訪者に集まる。

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