ささやかな糸口

2-0 さいごの失態

 父が死んだ。路上で倒れているのが見つかり、死因は虚血性心不全という疾患だったそうだ。

 母からの連絡で最初に抱いた感情は、悲しみや衝撃ではなく、落胆だった。


 彼は定年退職を機に遊び回るようになり、家族の制止を無視して好き放題に過ごしていた。ある日は酒くさい泥酔姿で帰宅し、またある日は香水の匂いをふんだんにまとって帰ってきた。自宅へ督促状が届き、彼が借金をして競馬につぎ込んでいたことが発覚した時は恐怖と微かな殺意さえ覚えたものだ。


 働いていた頃は無趣味でつまらなそうに生きていた父は、唯一の取り柄であった真面目さを捨ててまで、何がしたかったのだろう? 家族や世間に迷惑を掛けて、ウザくて、キモくて……。

 最後のさいごまで、どうしようもない人だった。


 葬式は簡易的な家族葬で済まし、遺品を整理しながら通帳や請求書、借用書の確認を入念に行った。予期せぬ未払い金や借金があっては堪らないからだ。


 面倒ごとはそれだけに終わらない。父の友人を名乗る人物が、焼香に訪れるようになった。競馬やスナックで知り合ったという、肌も服も汚い老人ばかり。

 無下にすることもできず適当にあしらいながら線香を上げさせていたが、彼らが揃って口にしていたことが引っ掛かった。


 ――あんな素晴らしい人はいない。

 ――彼は沢山の子供たちを助けた。


 家族をないがしろにしていた、あの人が?

 今や「お荷物」の分際で?


 怒りが湧くのと同時に、興味を抱いた。

 どこかに、あったのだろうか?

 自分の知らない、父の姿が。

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