1―35 みんなに遺してくれた想いを
「ありがとうございました」落ち着きを取り戻したところで
「ありがとうございました」隣で
「いえいえ、そんな、私は大したことはしていません」
それから、照れたように笑った。
「そんな顔もできるのか」と
一昨日の初対面やヒアリングの時は常に仏頂面で容赦なかった男は、今はどこまでも穏やかで、人懐っこそうな雰囲気さえ感じた。
「
落ち着いた声と優しい表情が、こちらを安心させてくれる。
これが、霊感探偵という男の本性なのだろうか?
それから
その後、事務連絡として調査料について後日計算したものを庶務担当から連絡すると伝えられる。
またリュックサックなどの遺品は拾得物であり他人が保管すると法律的に問題があるため、
さっさと退散しようとする恩人に何かお礼をしたい気持ちがあったが、呼び止める理由は思いつかなかった。
事務所に帰る
別れ際、彼は「あぁ、そうだ」と思い出したように振り返った。
「猫の日は、ご存じですか?」
「猫の日?」
隣の妻も知らない様子だった。
「そうですか……なるほど」
探偵の不思議な態度に依頼人は「はぁ」と答えるしかなかった。
抱いた疑問をそのまま口にしようかとも考えたが、
相手の「別れの挨拶」の方が早かった。
「きっとこれからも、色々なことでつまづいたり悩むことがあるでしょう。
しかしその度に、故人が味方になってくれるはずです。
いつでも思い出すことのできる幸せが、何よりも強く支えてくれます。
遺された想いが、皆さんの力になりますように」
探偵の車を見送った後、しばらく玄関に立ち尽くして
「最初はうさん臭いと思ったけど、本物だったね」
疑念を抱いていたのは
しかし考えてみれば、彼は限られた時間の中で冷静沈着に行動していただけだったのだ。
広大な
合理的な判断の結果、一日でリュックサックを見つけ出し、失われたはずの
まるで魔法だった。
――私にできるのはお手伝いだけです。
穏やかに語った彼も一度、激しい剣幕でこちらの言葉をさえぎった。その時は驚いたが、今となっては、それが「
彼は、自分にできること、すべきことを見極め、やり切ったのだ。
だがその実、心の内では「
さっさと俺を思い知らせて、諦めさせてくれ。
俺を悪者にして離婚すれば、妻も娘もおびただしい責め苦から解放されるだろう。
苦しむのは、俺だけで良い。
その方がマシだ。
だから――
そんな独善的な意向は、否定された。
霊感探偵、そして、
自分は「思い込み」ではなく、真実を受け入れて「これから」を考えられるようになった。
こんなに恵まれたことがあるだろうか。
これ以上の「救い」が、あるだろうか。
そうして救われた自分は、何をすべきなのだろう――
「お別れ会、しようか」
「え?」と
「ちゃんとお別れしないままになっちゃってるから。俺もお前も、
きっとみんな、それぞれ
それを
しかし、
きっと、確かに存在した
それは、よみがえる真実によってもたらされた、自分達の使命であった。
「うん、やろう」
どうしてか、彼女はとてもうれしそうだった。
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