1―32 見せてもらいます

 その頃、浅野あさの家。

 霊感探偵 芳川よしかわ 亮輔りょうすけは、一息ついてから、浅野あさの夫妻にゆっくりと告げる。


 浅野あさの 真仁まさとと共に長い時間を過ごした数々の宝物から読み取った、思い出を。

真仁まさとくんはこの宝箱に、家族とのつながりを大事に仕舞っていました。

 リュックサックの中で、自分が憧れる強いヒーローや怪獣に宝箱を守ってもらっていました」


 彼の抱えていた、感情を。

「お母さんがお父さんをにらむ顔が怖いから、わざとうるさくして自分が怒られていました。

 妹が泣くのを止めたくて、目の前でオモチャを出したり、代わりに『帰る』と言っていました」


 彼の、記憶を。

真衣まいちゃんをなでてあげると、よろこんだ。真衣まいちゃんがよろこぶと、お母さんもお父さんもうれしそうだった。

 だから、おじいちゃんの――寛太かんたさんの大事なフィギュアも、いつも、なでてあげた。壊すつもりなんて、なかった」


「そうだったんですか……」浅野あさの たかしの視線が、つい今しがた復元されたフィギュアに移る。

 意図せず腕が外れてしまったことは、真仁まさとにとってとても悔しく、そして恐ろしいことだった。「自分のせいで大好きなおじいちゃんが悲しむ」ということが、許せなかった。

 だから、とっさに隠してしまった。みんなでパーツを探して、自分が見つけたことにしようとした。


 だがことは真仁まさとの思い通りには運ばず、父 たかしに問い詰められた。

 「しらない」「ぼくじゃない」と言っている間に、寛太かんたが「掃除機で吸っちゃったのかも」と諦めてしまい、みんなでパーツを探すことにはならなかった。


 つぎこそは、おじいちゃんにかえそう――

 は、なかった。


 おじいちゃんは、どんなにかなしかったろう――

 しょうじきにいえば、こんなことには――

 ぼくは、どうすればいいの――


 彼が思い詰める度に、パーツには激しい後悔が宿っていった。

 だが、

 だが、それでも――


真仁まさとくんは、本当にみんなが好きでした」

 芳川よしかわは、確かな事実を述べた。


 たかしが、歯を食いしばり、深く呼吸する。

 やり場のない感情が、彼の中で渦巻いているようだ。


 やがて彼が口を開く。

「だったら」

 次の言葉は、深呼吸を挟んでから放たれた。

「どうして、真仁まさとはリュックを捨てたんですか」


 父は、泣き顔になっている。

「俺達を嫌いになって、リュックを捨てて、1人で帰ろうとしたんじゃないんですか」


 男には、事実が必要だった。

 父のふがいなさのために死んだ息子は、父を恨んでいるべきだと考えていた。

 であることを確認した後に彼がどんな行動をするつもりなのか、探偵は知らない。知ったことではない。


 霊感探偵が突き止めるのは、世間が望み、当事者が思い込むではない。

 事実だ。

 遺された想いだ。


 それが救済の光であれ、断罪の闇であれ、事実は、求めた者に必ず届ける。


「すいません。少しだけ、待っていてください」

 芳川よしかわは依頼人に断ってから、

 目をつぶり、リュックサックを抱きしめた。

 意識を集中して、まぶたを開く。


 今なら、はっきりと見えた。

 たかしいた霊の姿が。

 小さな体にたくさんの想いを宿した、犠牲者の魂が。


「今から、真仁まさとくんに見せてもらいます」

 霊感探偵の宣言を子供が、近づいてくる。

 芳川よしかわは目を閉じた。

 間もなく真仁まさとが自分と重なり、


 最期の記憶がよみがえる――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る