遺された宝物
1―31 でも、知りたいんです
午後2時過ぎ。うららかな昼下がりの時間。
名刺に書かれた住所を調べたところ、探偵事務所は自宅から北東方向へ徒歩10分ほどの地点であった。塾の時間までに帰ることは可能である。
母
用事とは他でもない、「昨夜、霊感探偵
部活帰りでの友人との会話を切っ掛けに
しかし別の理由から、
ともすればいても立ってもいられず、
自宅から大通り沿いに北上し、目当ての住所近くで一本路地に入ると、住宅とビルの並ぶ閑静な道がのびていた。その一角に、
正面から入ると、何の変哲もない通路が出迎える。通路の先にはエレベーターと、上階へ続く階段が見えた。受付はないらしい。
今更ながらに「事前に電話でもすべきだっただろうか」と思ったが、
探偵とのやり取り自体に何ら後ろめたいことはないのだが、説明すると面倒なことになる予感がして気が引けた。
母のことは気にせず、さっさと会ってしまおう。
少女は通路の奥まで進むと、近くの壁に掛かっている鏡で髪を整えてからエレベーターに乗り込んだ。
2階へとゆっくり上昇する箱の中で、考える。
果たして自分は、探偵の調査内容を知って、何をしたいのだろうか?
確かめたところで、何か変わるのだろうか――。
答えが出る前に、小粋なチャイムが到着を知らせる。
開いた扉からフロアに降りると、目の前に
人の気配も物音もない廊下の静けさに、何となく不安を覚えた。
早速ノックしようと思ったが、ドアは全面ガラス張りのためマナー的にどうすればよいのかわからない。中学生は迷ったが、諦めてドアノブを握る。
深呼吸してから、入室した。
涼しさを感じる。外に面している壁に設けられたガラス窓が幾つか開け放たれており、事務机の並ぶ部屋に風が吹き込んでいた。
部屋を見回すと、机の1つに座っている男性がこちらに気づいた。
眼鏡を掛けたその人物は一度、部屋の中を見回してから立ち上がり「いらっしゃいませ」と言いながら駆け寄ってくる。
白のティーシャツに紺のジーンズ姿で、背は高い。線の細い印象だが、センターパートでパーマのかかった髪と色白な肌には、部屋着のような服装でさえなければ視線を集めるに違いない美しさがある。
「何か、相談?」
思わず見とれていると、男性は短く尋ねてきた。
「いいえ、その」
男性はこちらがしゃべり終わるまで待ってから「
男性はすぐにこちらへ振り返り、確認結果を述べた。「出勤してはいるけど……外出中だね」
ホワイトボードには名字と思われる「後藤」「荒城」などの札が縦に並んでおり、名札の横に、距離的に読めないが恐らく今日の予定か何かが書かれているようだ。「芳川」と書かれた赤い札の横には、ここからでも読めるほど大きな文字で「外出中」と書かれている。
「そう、ですか」紛れもない事実を前に、
「約束とか、してた? 急ぎ?」と男性。無表情でぶっきら棒な物言いだが、こちらの気持ちを察知してくれているらしい。
「あ、いいえ、約束はしてなくて、急ぎでもないんです!」
「そう」男性は短く返しながら、まるで来訪者を観察するように視線を足元まで落とす。
不審な返答をしてしまっただろうか?
やがて薄い唇が開く。
「
「あ……えと」
女子は言葉に窮する。
どうしよう。どこまで、言って良いものだろうか?
何故か、目の前の人物にはウソをついてもバレてしまう気がした。
落ち着いていて、どこか怖い雰囲気もある。追求されたら、きっとひとたまりもない。
ええい、もう、言ってしまえ!
「私、
昨日、
その時に
勢いに任せて一方的にまくし立てた。
どんな反応をされるものかと不安だったが、相手は終始、真顔を崩さない。端正な顔立ちから、中学生へ真っ直ぐに視線を注いでいた。
1秒ほどの間を置いて「そう」と挟んでから、彼は問を重ねる。
「
抑揚のない声に加え、毎回文章も短いため、感情がいまいち読み取れない。
怒っている? 私を警戒している? わからない……。
気をもみながら、
「宝箱を開けたいってこと以外、何も聞いてません。内緒にされてしまったので。
でも、色々と調べて予想はつきました。
霊視をしていたみたいなんですが、あの事故に関係があったのか聞きたくて」
「それを聞いて、どうする気?」
次の質問は、間髪入れずにぶつけられた。
瞬間、
「わかりません!」心から湧いてくるままを口にする。「でも、知りたいんです!」
拒絶するような聞き方をされたのが、ムカっとした。
こっちの思いも知らないで、そんな言い方はあんまりじゃないか!
胸の中で黒い感情が渦巻くのを認識した時、自分が怒鳴ってしまったことに気づく。
男性は表情こそ変えていないが、こちらを見詰めて黙っていた。
「ごめんなさい……」
と、男性はまたすぐに返した。
「いいや。俺こそ、悪い言い方をした。
ウワサとか事件を聞きつけて、興味本位で来る奴もいるから。でも、君はそういうのとは違うな」
なるほど、そういう事情から質問をしていたのか――
「あ、アキエさん!」男性が急に声を大きくした。
内心で悪態をついていただけに驚き顔を上げると、当の男の人の目線は
振り返ると、初老と見える女性が立っていた。
男性が言葉を続ける。「
「あら、いらっしゃい」アキエと呼ばれた女性は、まずは
笑くぼと一緒にシワも作った顔が優しげで、大きな声が、どこか母と似ているところがある気がした。
「
「お茶と、お菓子も出そうかね」アキエが奥の棚へと歩きながら言った。
「いいえ、用事があるので、帰ります。明日、ここに来ても良いですか?」
お菓子は魅力的だが、塾を休んだり遅刻することはできない。非常に悔しいが、仕方ない。
「ええ、もちろん!」答えたのはアキエだ。「アタシらは休みだけど、リョウくんと、あとタケちゃんも朝からいるはずだよ」
「ありがとうございます!」
「タケちゃん」が誰なのかはわからないが置いておこう。
「では、ゴトウさん、クガさん、失礼します!」
「折角来てくれたのに、ごめんね~」
アキエが愛想良い笑顔で手を振ってくれた。
男性は、ほんの僅かだが目を大きくしていた。
正解だったようだ。意地悪な男性に仕返しできた
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