1―20 向き合わせてください

 教えてもらった住所にあった雑居ビルに入り、エレベーターで2階へ上がると目的地はすぐに見つかった。質素だが寂れた場所ではないようだ。

 霊感探偵 芳川よしかわ 亮輔りょうすけには話自体は通っており、浅野あさの夫婦は事務所奥の応接室に案内された。


 上座のソファーに2人がつくと、探偵も下座のイスに腰掛ける。

 スーツ姿の芳川よしかわは名刺を差し出して話し始めた。

「ここまでご足労いただき、ありがとうございます。

 私は芳川よしかわ 亮輔りょうすけと申します。この後藤ごとう探偵事務所で探偵をしております」


 たかしも慌てて名刺を出した。

 名刺交換を終えると、芳川よしかわは本題に入る。

「まずは、簡単で良いので経緯の説明をお願いします」

 声は落ち着いているが、顔立ちや肌つやを見るに自分達と同年代のようだ。ショートレイヤーの前髪からのぞく目には今ひとつ熱意を感じられず、冷静なのか無気力なのか、はたまた疲れているのか見分けがつかない。


 本当に大丈夫なのだろうか――頼りたくない気持ちを抑え、たかしはニュースの話をまじえながら、今まで自分達に降り掛かった悲劇と後悔を語った。

 芳川よしかわは時折あいづちを打ちながら話を聞いていた。

 一通りの説明が終わると、彼は「そうですか」と言ったきり、しばしうつむいたままになる。


 そしゃくするような時間を設けた探偵は、やがて口を開いた。

清子せいこさんから聞いているかも知れませんが、私は、条件を満たせば『霊視』によって故人の記憶や想いを知ることができます」


 伝えられた内容は、確かに母から聞いたものと同じだ。

 たかしが「はい」とだけ返すと、霊感探偵は気にする風はなしに続ける。


「条件とは、故人の『事実』を正しく理解することです。事実とは、故人の足跡や思い出のことです。つまり、事実がわからない状態では何も霊視できません。

 事実を正確に理解するにつれ、まずは遺品などの物や、思い出の土地などの場所に込められた感情が見えてきます。更に理解が深まると、記憶や当時の想いが見えてきます」


 探偵は一呼吸置いた。


「ただし、制限もあります。思い出などの事実は遺族や友人にヒアリングしますが、そこにウソや勘違いが含まれていると、霊視はできません。決めつけや思い込みも、霊視を妨げます。

 これらが原因で霊視に失敗する場合があることも、ご了承ください」


 やはり、何から何まで、まか不思議な文言だった。霊感探偵本人の無表情もあいまって、何を考えているかわからない不気味さも感じる。

 また、考えてしまう――本当に大丈夫なのだろうか。


 無機質な声が問う。「ご依頼は、事故当時の真仁まさとくんの想いを確かめてほしい、ということでよろしいですね」

「……」


 父親は答えられず、隣に座る妻へ目を向けた。

 彼女はずっとうつむき、ただただテーブルをにらむばかり。まるで「関わりたくない」と言っているみたいだ。


 それもそうか。

 自分がインタビューでうかつな発言をして以来、メディアは「あかね真仁まさとを怒らせたせいで不幸な事故死は起きた」とする論調だ。

 もし本当に真仁まさとが自分達を憎みながら死んだとしたら、もう「部外者の勝手な言いがかり」と無視することはできなくなる……。


「やっぱり真仁まさとは、俺達のことを恨んでそうですか?」たかしは尋ねてみた。

 「そうだと思う」

 そんな回答でもあれば、調査するまでもなく、この結論を受け入れるしかない。


 探偵は即答した。「わかりません。何も知らないので」


 その顔は依然として真顔のまま。感情や思考を読み取らせまいとしているようにも見えた。

 たかしは食い下がる。「けど、俺達がちゃんと構ってやらなかったから、真仁あいつは怒って、帰ろうとしたんですよ?」

「それは事実なんですか?」

「事実って言うか……テレビとか、ネットでも、みんな……」

「事実はが決めるものではありません。過去と向き合い、突き止めるものです」


「霊感って、霊が見えたりはしないんですか? 俺に霊がいてて、怒ってるとか」

 霊感商法でありがちなイメージで鎌をかけてみる。

「霊は見えることがあります。人にいているのも。しかし多くはぼんやりと影のように見えるだけで、表情どころか人の形かどうかもわかりません。もちろん、いている理由など皆目見当がつきません。

 この場合も、事実を調べ、理解するにつれ、霊の姿が段々とわかってきます。明確に見えた時点で、事実をもとに霊の正体を判断します」

 芳川よしかわの反応は淡泊だった。


「……時間、かかりそうですね」

「力を尽くします」

「……」

 たかしは頭を抱えてしまう。

 ある程度は不可解で不明瞭な会話をすることになるだろうと覚悟はしていたが、想像以上に時間も体力も奪われそうだ。


 今、この霊感探偵なる男に、それだけのものを費やす価値があるのだろうか――


「もちろん、『依頼しない』という選択もできます」芳川よしかわがこちらの心情をくんだように告げる。


 方法なら、他にもあるかも知れない――

 一瞬だけ考えた。

 が、却下する。

 あの母の紹介なのだ。信じてみよう。

 別に寄る辺を探す気力も、もうない。


「いいえ、お願いします。真仁まさとの想いと、向き合わせてください」


 宣言した後は、書面に氏名など個人情報と職業、連絡先、そして依頼内容を記して押印し、正式な調査委託契約を結んだ。

 料金は事実の捜索やヒアリングなど「調査」の実工数および経費に応じてかかり、遺品から記憶などを読み取る「霊視」自体には料金は発生しないらしい。


「もし良ければ、ご自宅でお話を伺いたいのですが、可能でしょうか」

「どうして?」

 書類をファイルにとじるなり要望を出した探偵に、「依頼人」は尋ねる。


「経験的に、遺品や写真など思い出の品とセットで話を聞いた方が、故人の事実を理解できます」

「そうですか」たかしは受け入れようと考えたが、ふと視線を感じて隣へ目を向けた。

 そこには、不満げなあかねが。彼女は間もなく口を開く。「お昼に、お父さんとか来るでしょ」


 「しまった」と夫はこぼした。今週は、葬式に参列できなかった親戚がまばらに来ることがあり、今日の昼前にはあかねの両親が来訪する予定だった。

 自宅でのヒアリングは断るしかないか。

「では、午後に伺います。夕方でも夜でも、ご都合の合う時間をお知らせください」先に芳川よしかわが言った。


 結局、自宅へは夕方に来てもらうことにした。それまでに、こちらは真仁まさとの遺品をまとめておき、円滑にヒアリングが進められるよう準備する約束もした。


 さて、思い出は自分達が話すとして、思い出の残った遺品は何だろうか?

 自宅に戻り、記憶を手繰り寄せながら遺品を確認している時、1つの謎が浮かび上がった。


「なあ、あかね

「なに?」

真仁まさとのリュック、知らない?」


 息子のリュックサックが、どこにもなかった。

 真仁まさとは、あのリュックサックに好きな物を全部詰め込んでいた。オモチャに自由帳に宝箱――大事な物をたくさん仕舞った、間違いなく真仁まさとの思い出が詰まっているはずの荷物が、何故どこにもないのだろうか。


「え? ……知らない。青色のやつだよね……。火葬の時にも……棺には入れてないよね」

「ああ。公園では、背負しょってたよな」

「うん。アタシと言い合いしてどっか行っちゃう時も、背負しょってたよ」


 それが、何故どこにもない? はねられた時にどこかへ行ってしまった? そんなことがあるのだろうか。

 それとも、怒りに任せて――みんな嫌いになって、捨ててしまったのか?

 捨てたとしたら、どこへ?


 探しに行かなければ。きっと、上野うえの公園のどこかだ。

 焦燥感に駆り立てられ、考える余裕もなく玄関を出る。


 と、そこに探偵が立っていた。

「こんばんは」一瞬、驚いた顔をした彼は、落ち着いた顔に戻って会釈する。

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