1―20 向き合わせてください
教えてもらった住所にあった雑居ビルに入り、エレベーターで2階へ上がると目的地はすぐに見つかった。質素だが寂れた場所ではないようだ。
霊感探偵
上座のソファーに2人がつくと、探偵も下座のイスに腰掛ける。
スーツ姿の
「ここまでご足労いただき、ありがとうございます。
私は
名刺交換を終えると、
「まずは、簡単で良いので経緯の説明をお願いします」
声は落ち着いているが、顔立ちや肌つやを見るに自分達と同年代のようだ。ショートレイヤーの前髪からのぞく目には今ひとつ熱意を感じられず、冷静なのか無気力なのか、はたまた疲れているのか見分けがつかない。
本当に大丈夫なのだろうか――頼りたくない気持ちを抑え、
一通りの説明が終わると、彼は「そうですか」と言ったきり、しばしうつむいたままになる。
そしゃくするような時間を設けた探偵は、やがて口を開いた。
「
伝えられた内容は、確かに母から聞いたものと同じだ。
「条件とは、故人の『事実』を正しく理解することです。事実とは、故人の足跡や思い出のことです。つまり、事実がわからない状態では何も霊視できません。
事実を正確に理解するにつれ、まずは遺品などの物や、思い出の土地などの場所に込められた感情が見えてきます。更に理解が深まると、記憶や当時の想いが見えてきます」
探偵は一呼吸置いた。
「ただし、制限もあります。思い出などの事実は遺族や友人にヒアリングしますが、そこにウソや勘違いが含まれていると、霊視はできません。決めつけや思い込みも、霊視を妨げます。
これらが原因で霊視に失敗する場合があることも、ご了承ください」
やはり、何から何まで、まか不思議な文言だった。霊感探偵本人の無表情もあいまって、何を考えているかわからない不気味さも感じる。
また、考えてしまう――本当に大丈夫なのだろうか。
無機質な声が問う。「ご依頼は、事故当時の
「……」
父親は答えられず、隣に座る妻へ目を向けた。
彼女はずっとうつむき、ただただテーブルをにらむばかり。まるで「関わりたくない」と言っているみたいだ。
それもそうか。
自分がインタビューでうかつな発言をして以来、メディアは「
もし本当に
「やっぱり
「そうだと思う」
そんな回答でもあれば、調査するまでもなく、この結論を受け入れるしかない。
探偵は即答した。「わかりません。何も知らないので」
その顔は依然として真顔のまま。感情や思考を読み取らせまいとしているようにも見えた。
「それは事実なんですか?」
「事実って言うか……テレビとか、ネットでも、みんな……」
「事実はみんなが決めるものではありません。過去と向き合い、突き止めるものです」
「霊感って、霊が見えたりはしないんですか? 俺に霊が
霊感商法でありがちなイメージで鎌をかけてみる。
「霊は見えることがあります。人に
この場合も、事実を調べ、理解するにつれ、霊の姿が段々とわかってきます。明確に見えた時点で、事実をもとに霊の正体を判断します」
「……時間、かかりそうですね」
「力を尽くします」
「……」
ある程度は不可解で不明瞭な会話をすることになるだろうと覚悟はしていたが、想像以上に時間も体力も奪われそうだ。
今、この霊感探偵なる男に、それだけのものを費やす価値があるのだろうか――
「もちろん、『依頼しない』という選択もできます」
自分なりに納得する方法なら、他にもあるかも知れない――
一瞬だけ考えた。
が、却下する。
あの母の紹介なのだ。信じてみよう。
別に寄る辺を探す気力も、もうない。
「いいえ、お願いします。
宣言した後は、書面に氏名など個人情報と職業、連絡先、そして依頼内容を記して押印し、正式な調査委託契約を結んだ。
料金は事実の捜索やヒアリングなど「調査」の実工数および経費に応じてかかり、遺品から記憶などを読み取る「霊視」自体には料金は発生しないらしい。
「もし良ければ、ご自宅でお話を伺いたいのですが、可能でしょうか」
「どうして?」
書類をファイルにとじるなり要望を出した探偵に、「依頼人」は尋ねる。
「経験的に、遺品や写真など思い出の品とセットで話を聞いた方が、故人の事実を理解できます」
「そうですか」
そこには、不満げな
「しまった」と夫はこぼした。今週は、葬式に参列できなかった親戚がまばらに来ることがあり、今日の昼前には
自宅でのヒアリングは断るしかないか。
「では、午後に伺います。夕方でも夜でも、ご都合の合う時間をお知らせください」先に
結局、自宅へは夕方に来てもらうことにした。それまでに、こちらは
さて、思い出は自分達が話すとして、思い出の残った遺品は何だろうか?
自宅に戻り、記憶を手繰り寄せながら遺品を確認している時、1つの謎が浮かび上がった。
「なあ、
「なに?」
「
息子のリュックサックが、どこにもなかった。
「え? ……知らない。青色のやつだよね……。火葬の時にも……棺には入れてないよね」
「ああ。公園では、
「うん。アタシと言い合いしてどっか行っちゃう時も、
それが、何故どこにもない? はねられた時にどこかへ行ってしまった? そんなことがあるのだろうか。
それとも、怒りに任せて――みんな嫌いになって、捨ててしまったのか?
捨てたとしたら、どこへ?
探しに行かなければ。きっと、
焦燥感に駆り立てられ、考える余裕もなく玄関を出る。
と、そこに探偵が立っていた。
「こんばんは」一瞬、驚いた顔をした彼は、落ち着いた顔に戻って会釈する。
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