宝箱の意味

1―21 裏切ってはならない

 浅野あさの あかねから見た霊感探偵 芳川よしかわ 亮輔りょうすけの印象は「暗い目をした人」というものだった。瞳に熱意を感じない、どこか疲れているように眠たげな目は顔立ちによくなじみ、普段からそのような表情で生きているのだと直感的にわかった。

 女として20年以上も生きていると、人の目に人生経験が表れるものだと理解してくる。大きな決断を乗り越えた人間は迷いのない自信と力をその目に宿しているし、対して感情を抑えて生きてきた人間は無感情で軽薄な目をしているものであった。


 近しい人間の機微から重大な変化(特に男関係)を読み取って行動してきた者としての習性が、「この人はではない」と告げている。

 夫 たかしの母 清子せいこには深い恩義こそあるが、彼女の紹介だとしても関係ない、もし怪しい商売や宗教めいた話が出たら、ひっぱたいてやる――そんな決意を胸に、探偵事務所での会話には参加せず傾聴に徹していた。


 まるで真仁まさとが事故死したのはすべて私が悪いかのように話してしまうような夫だ。これ以上、おかしなマネをされては堪らない。

 ただ、悪気がないのはわかっている。夫はバカで、弱い奴だ。一時の感情で嫌なことから逃げたり、逆に使命感に燃えて周囲を振り回したり……。

 、いい加減なことをしてほしくないだけだ。


 案の定、たかしは「自分が悪い」と言ってほしいかのように結論を急いでいる様子が見て取れた。結果として怪しい話題に持ち込まれることにはならなかったが、さて、うかつに自宅へ招いてよいものだろうか――くだんの探偵は露骨に金をむしり取るような人間ではないようだが、たった一度の対面で気を許せるはずもなく、あかねはすっきりしない気分で自宅に戻った。

 間もなく来訪した両親は、真仁まさとに線香を上げて少し話をすると「忙しいでしょう。いつでも良いから、話はまたゆっくり聞かせてね」と残して撤収した。気を遣ってくれたのか忙しいのか、はたまた別の理由があるのかはよくわからない。


 それからたかしと共に真仁まさとの遺品整理を始めた。リビングのテーブルの前に腰を下ろし、小学校で使っていた教科書や、幼稚園で使っていた道具などを並べていく。お互いの記憶を確かめながら。かけがえのない思い出を語りながら。

 探偵の言い付けで始める形になってしまったのは内心不服だが、でずっと手を付けられずにいたのも事実だ。


 事実は他人が決めるものではない。過去と向き合い、突き止めるもの。

 自分達はようやく、過去と向き合い始めることができた。

 「良い切っ掛け」と取るべきなのだろうか?

 そんな思考が首をもたげた、その時――


「なあ、あかね

「なに?」

真仁まさとのリュック、知らない?」


 夫の質問が疑問を生む。

 あのリュックサックが、ない? 記憶を探る――火葬の際、棺には入れていない。その前は……病院に持ち込まれているなら、たかしが持ち帰っているはずだ。ただ、自分と言い合いをしてどこかへ行ってしまった時は、確かに背負っていた。となると、事故の時に? ――いいや、


「探さなきゃ」急にたかしがつぶやいた。

 思考を中断して彼を見ると、そこには追い詰められたように青ざめた表情が。


「探すって、どこを?」

「公園だ。あと、事故現場とか、交番。

 もし、真仁まさとが俺達のこと……嫌いになって、捨てちゃったりしたなら……絶対に、見つけてやらなきゃ」


 妻は、夫の鬼気迫る顔からその心境を察知した。そして、理解する。

 自分達はこれ以上、真仁まさとを裏切ってはならない――


「行こう」たかしは、整理の途中だった教科書を机に置いて立ち上がる。

「待って」あかねは、玄関へ歩きだそうとする彼の手首をつかんだ。「この後、探偵さん来るでしょう」


 しかし呼び止める手は振り払われてしまう。

「電話でもして、わかってもらうよ。それより、早く見つけなきゃ! あれから一週間だぞ、ゴミ箱にでも捨てたんなら、回収されて処分されちゃうかも!」


 夫が焦りから冷静さを失っているのは明らかだ。しかし妻は、彼を止める言葉を見つけられなかった。確かに「もしゴミ箱に捨てられていた場合、もう回収されて取り返せないかも知れない」と思ってしまったからだ。

 だが、霊感探偵の霊視なるものも真仁まさとの想いを知る鍵ではないのか? と引っ掛かる部分もある。


 闇雲に動き回ってよいものだろうか? そんな疑問を抱きながらも、「真仁まさとの遺品を取り戻したい」という強い衝動から反論できず、あかねたかしに続くことにした。


 そして玄関を出た時、芳川よしかわ 亮輔りょうすけと再会した。

 今まさにインターホンを押そうとしていた探偵は、驚いた顔を真顔に戻す。「こんにちは」


「探偵さん!」たかしが彼に駆け寄る。「すいません、急用が……」ヒアリングを断る文章を言いかけたところで、一瞬の間ができた。そして、言い直す。「いや、お願いがあります」


 何か心変わりがあったらしい。察した妻は、夫が探偵を家に招き入れるのを止めなかった。

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