1―19 受け止める覚悟はあるね?

 再び過去――水曜日の夜。

 玄関先にメディアが詰め掛ける中、たかしは誰かに裁かれたい一心で、壊れかけた胸の内を母 清子せいこに打ち明けた。


 すると、

後藤ごとうさんの知り合いに、霊感探偵って人がいる。その人なら、なんとかしてくれるかも知れない」


 清子せいこたかしの予想だにしない返答をした。

 「甘ったれるな」と怒られることを覚悟で弱音を吐いただけに、息子は反応に窮してしまう。


 探偵? 霊感?

 意味がわからない。


 だが記憶をよみがえらせる言葉もあった。

 たかしは顔を上げて尋ねる。「後藤ごとうさんって、あの後藤ごとうさん?」


 あかねと「同せい」するべく実家を出る前、浅野あさの家は水道トラブルや家電製品の修理を便利屋の「後藤ごとうさん」に頼んでいた。「専門家に頼むより安くやってくれる」と母は言っていた。他界した父 寛太かんたの「のみ」仲間だったとも聞いている。瓦のように四角い顔と明るく大きな声が印象的な中年男性だ。


「私達は、死んだ人の記憶や考えていたことを知ることはできない。けど、その人は遺品や思い出話を通して、死んだ人が何を想っていたのか見ることができるんだよ」

「なんだよ、それ……」


 清子せいこは真剣な眼差しで息子を見詰めている。

「信じられないだろう。当然さ、普通あり得ないことだからね。

 けど、アンタはそんなことを望んでいて、私の知る限り、実現できるのはその人だけだ。

 試すかどうか、決めるのはアンタだよ」


 ウソや出任せとは思えぬ雰囲気を前に、自分の中にある「常識」という柱が揺らいだ。

 うさん臭い名詞には警戒心を抱いてしまう。しかしオカルトめいた人物だとしても、救いのないこの状況では、その霊感探偵にすがる他なかった。

 「すがる理由」が、自分にはあった。


 しばし考えた末、たかしは答えを出す。

「一度、会ってみるよ」


 母は思い詰めた面持ちでうなずくと、「続きは、後にしよう」と言い残してリビングに歩き去った。


 その後、あかねも同席で「後藤ごとうさん」が立ち上げた探偵事務所について説明を受け、清子せいこを通じて霊感探偵 芳川よしかわ 亮輔りょうすけと出会うに至ったのが木曜日。まずは会って話をするだけのため、準備は不要ということだった。


 探偵との面談の日の朝。

「あの子の能力は本物だよ。真仁まーくんの最期の想いがどんなものだったとしても、受け止める覚悟はあるね?」

 後藤ごとう探偵事務所に出発する息子夫婦に対して告げた母の言葉には、不思議な迫力があった。


「どうして、その霊感探偵って人を信じるの?」たかしは気になったまま質問で返す。

 清子せいこは1秒ほどの間を置いた後、ため息をついた。それから「わかるんだよ」と手短に告げる。


 直感的に「追求しても無駄だ」とわかった。母は、こちらが求める答えを知っていても教えてくれない人だった。

 学校の宿題を教えてくれた例がないように、今も、我が子の進む道を容易く決定づけるはずの事実を秘密にしている。その意図など、息子側には想像もできなかった。


 得体の知れない人間をどこまで信じてよいものか疑念は残るものの、今は母に従うことにする。

「行ってきます」


 探偵事務所へ向かう道中。

「本当に行くの?」とあかね


 彼女とは、もう何日もまともに会話していなかった。息子の死の直前、お互いが近くにいて、それぞれの負い目があるから――話せばその話をしてしまいそうで、相手を責めずにはいられない気がして、会話を避けてきた気がする。

 霊感探偵なる存在に身を委ねようとする愚かな夫に、何を思っているのだろう。失望だろうか。憤怒だろうか……。


 だがそれでも、やるしかなかった。

「付き合わせちゃって、ごめん。でも、どうしても確かめたいんだ」

 やる気も責任感も中途半端な自分は、今度こそ最後までやり切らなければならない。そう考えていた。


 たかしは、父として語る。

「これで真仁まさとの想いがわかっても、わからなくてもさ、お互い、ちゃんと言いたいこと言って、これからのことを決めよう。

 今まで、俺……どうしても怖くて、お前とは真仁まさとのことを話せずにいた。今でさえ……でもしなきゃ、できないんだ」


 息子の死と、世間からの罵声を受けて、ここ数日間、我が身を振り返ってきた。

 事故当時だけではない、、自分は本当に誇れる男だったのか。どうすれば、天国の真仁まさとに顔向けできるのか。どうすれば、自分自身は、納得できるのか……。


 今も尚、答えは出せずにいる。

 逃げようとする自分を殺さなければ、きっと答えにはたどり着けない。


 だから、何としてでも「罪」と向き合って、ケリを付ける必要があった。


 母親に怒鳴られでもすれば、気持ちが楽になるのではとも思っていた。

 代わりに提示されたどこまでも怪しく不気味な存在は、だが、


 きっと、最後のチャンスだった。

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