1―15 どう考えても
きっと、
夫を見直す気持ちでスマートフォンを取り出すと、やはり画面は夫からの着信を示していた。
ところがいざ出てみると、聞いたことないほど必死な彼の呼吸と、震えた声が送られてきた。
紡がれる言葉もおえつ混じりで、聞き取ることすら難しい。
だが、何度も聞き返したのは、理解できなかったからではない。
理解したくなかったからだ。
信じられなかった。
信じたくなかった。
彼が
搬送先の病院名。
それだけこちらに復唱させると、
待ってよ。
そんな言葉を言う間すら与えられなかった。
ウソでしょう。
ウソでしょう?
行かなきゃいけないの?
そうか、行かなきゃ、いけないのか。
慌てちゃ駄目。落ち着かなきゃ。深呼吸する。
行かなきゃ。でも荷物が多くて動けない。
けど行かなきゃ。早く。どうしよう。
駄目だ。涙が出てくる。動けない。
どうしたらいいの。
何故、夫は何もしてくれないの!
壊れそうな感情の中で、それでもどうすべきか考えた。
助けてもらおう。そうだ。
「誰か! 病院まで、送ってください!」
周囲の往来へ、声の限りに助けを求める。
しかし誰一人として、駆け寄ってきてはくれなかった。
「お願いです!」
叫んでも無駄だった。
人々は気づいていない素振りで歩き去るか、遠巻きにこちらをにらむだけ。
面倒くさそうに。迷惑そうに。
不思議と、声が出なくなってしまった。
なんで?
私の見た目が派手だから?
どうして。どうしてよ!
泣き崩れそうになった時、自分の手にあるスマートフォンに気づいた。
そうだ、電話で助けを呼ぼう。夫の実家が
指が憶えている電話番号を打つ。数度目のコール音の後、女性が出た。記憶にある声。夫の母の
用件を伝えようとする。が、
駄目だ。ちゃんとしなければいけないのに。
必死で深呼吸する。
夫も、こんなだったのかも知れない。
思い知りながら、話す。繰り返す。自分でも言葉になっていないとわかったから。
自分が
ごめんなさい。助けてください。
お願いします。
「わかった。そこで待っていなさい。すぐ行くから。
限界をとうに超えていた自分にとって、その明確な指示が何よりもありがたかった。
事故のことなど何も知らない周囲の人の奇異の視線にさらされても、孤独だとはまったく思わなかった。
しかし現実はあまりに非情だった。
車で迎えに来た
病院に着いた頃には、もう心臓は止まっていたそうだ。
救急医が懸命に「そせい」を試みてくれたが駄目だった、と。
泣きじゃくる夫の隣で、
それからは、何も考えられないほどの喪失感と耐えがたい後悔に襲われる日々だった。
ただ言われるまま過ごしている内に、
骨つぼを持つ夫と、
何が楽しいのか、沢山のフラッシュとマイクに襲われた。
事故の翌日から、ずっと。
まるで自分達が悪いことをしたかのように。
いたずら電話もひっきりなしに掛かってきた。誰が、どうやって、ここの電話番号を知ったのだ。
やめてくれ。
私が悪いのか?
私があの子ともっと仲良くしていれば、あの子は一緒にいてくれたの?
そんな簡単なことができなかった私が、すべて悪いの?
テレビに映る、何度も観たシーン。
事故直前の、交番のカメラ映像。
横断歩道へトコトコと歩く、事故直前の「被害者」の後ろ姿。
テレビの中で、誰もが言う。
どうして、この子が死ななければならなかったのか。
両親が、連れ戻せていれば……。
あぁ、
どう考えても、自分のせいではないか――。
私を恨んでいる。
どうやって、謝ったらいい。
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