1―14 天罰というものがあるのなら
その日、
――否、最近はいつも苛ついていた。
毎日家事をして、日用品や食材の買い物をして、子供2人の面倒を見て、
自分は休む暇もなく動いているのに、夫の
「何を考えているのだ」と怒鳴ってやりたいが、やることが多過ぎて夫に構っている余裕などなかった。
付き合っている頃は毎日がドキドキして楽しかった。能天気で抜けているところがあっても、こちらを喜ばせようと精一杯に頑張る姿を何度も見て、プロポーズされた時には、天にも昇るような心地を得た。ケンカをしても、この人とずっと一緒にいたいという想いは揺るがなかった。
ところがどうだ、子供のわがままは増していくばかり。どう叱っても言うことを聞かない。本当に静かにしてほしい時に限って、こちらをあおるようにやかましくなる。
それだけならまだ良い。子供だから。困ることやムカつくことがあっても、どうしようもなく愛おしく感じる瞬間が、今にも爆発しそうな自分の感情をなだめ落ち着かせてくれた。
しかし夫の無能さは許せなかった。
お前は平日働くだけで、こちらに休みはないのか。お前は仕事だけすれば良くて、こちらのやることは日々増えていくのか。お前は少し手伝うだけで褒められて、こちらは何もかもやって当たり前なのか!
何故、こちらが指摘するまで荷物を運ばない。
なんで、駐車場で子供を放置する。
どうして、危険も気遣いも想像できない。
日頃から消極的なクセに、少し
何をしているのだ。歯止めのきかない子供を、身動きできない女が食い止められると本当に思っていたのか。
こちらが限界だとわからないか。
考えられないか。
こっちは子育ても近所付き合いも必死に勉強して変わろうとしてきた。外見のことで悪口を言われても、負けずに愛想を振りまき続けた。
だが、お前はいつまでも能天気で、我慢もしない。何一つ変わりやしない。
こっちの身になってほしい。考えてほしい。
何度も助けを求めてきたのに!
本当に、バカな奴。うんざりだ。
夫への怒りを募らせたのもあって、
そう、それだけだったのだ。
「早く帰ろうよ! ゲームしたい!」
「お父さん待たなきゃでしょう」
「はーやーく! はーやーく!」
「うるさい! 待てないなら、一人で帰りなさい!」
「じゃあ帰る! もう、帰るから!」
その時の
お願いだから大人しくしてくれ――
お兄ちゃんなら、妹を置いていったりしないよね?
そんな願いも虚しく、リュックサックに隠れた小さな背中は人波の中へ消えてしまった。
駄目だったか――母はため息をつく。
日々の中で
目を離すのは親としては不安だが、飛び出しなどするような子ではない。
あるいは自分で戻ってくるだろうという期待もあった。
やんちゃで元気でも、心細くなるとすり寄ってくる甘えたところもあるのを知っていたから。
ある日、昼間にテレビのホラー特集を観ていた時、
その時に
そんな、良い兄だったのだ。
言うことを聞かないことがしょっちゅうあっても、思い遣りのある良い子だったのだ。
もし天罰というものがあるのなら、それは別の人間に下されるべきなのだ。
それなのに。
それなのに、あの子は命を奪われてしまった。
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