1―10 中身はこちらです

 翌日。東京とうきょう台東たいとう区。

 上野うえの駅から東へ進み、区役所や消防署を越えた先には住宅とビルとが入り乱れる地域がある。人も車も昼夜往来があるもののにぎわいは大通りや公園に譲る静かな路地の一角。そこに立つ雑居ビルの一室に後藤ごとう探偵事務所はあった。


 後藤ごとう探偵事務所は人や企業の行動調査、行方調査や犯罪調査の他、家庭の小さな修理や片付け、運搬手伝いなど便利屋稼業も含めて様々な問題解決を地域密着型で行う法人事務所である。この事務所は、所長の後藤ごとう 晃雄てるおを筆頭に「家事」「輸送」「IT」「調査」の4つの担当者を擁している。

 法人としての開業からまだ日は浅いが、元銀行員の後藤ごとうが別の探偵社での下積み時代に築いたパイプや地域との関係を礎に、大小様々な問題を地道に解決していくことで着実に実績を重ねているところであった。


 依頼の多くは高齢者が単身で住む住宅の水道修理や片付け、ネット環境の整備の他、引っ越しの手伝いである。平成へいせい15年頃は210万人ほどだった都内の高齢者人口は令和れいわに入る前に300万人を超え、身寄りのない高齢者が一人暮らしするケースも増えてきた。

 アクシデントの際に担当者が駆けつけるサービス付き高齢者住宅も年々増えてきているが、すべての人が入居できる訳ではない。家屋の損壊や家電製品の故障、ネットなど身の回りのトラブルに対応する専門業者も、すぐ対応してくれるとは限らない。この一因として、外国人も含めて東京とうきょうの人口自体が増加し、需要が増えていることが挙げられる。


 こうした背景から、日常の困りごとや相談に広く対応するサービスは(少なくとも小規模であれば)都内のビジネスとして成立する状況にあった。大々的に広告を打つことはない。「口コミと丁寧な仕事が次につながる」というのが後藤ごとうの考えである。これは、従業員数名の零細企業にとってコスト削減と費用対効果向上の2つの意味で理にかなっていた。

 現に、普段事務所に在室しているのは後藤ごとうの妻にして経理担当である秋江あきえと、IT担当の久我くが 憲明のりあきだけであり、他の担当者は営業活動か作業で出払っているという稼働率である(所長自身も企業向けのコンサルタントを担っている)。


 そんな中、土曜日の昼過ぎという時間に、調査を担当する探偵 芳川よしかわ 亮輔りょうすけは事務所の応接室にいた。

 スーツ姿で一人掛けの椅子に浅く腰掛ける彼の前には、テーブルを挟んでソファーに座る依頼人 浅野あさの たかしと、その隣に妻のあかね。2人とも若い顔立ちで一目で20代だとわかる。


 テーブルの上には、リュックサックとその中身が並べられていた。上野うえの公園で出会った少女 郁野いくの 美佳みかに開けてもらった宝箱も含まれている。


「リュックサックは、上野うえの公園の雑木林の中にありました」芳川よしかわは事実を述べる。それから「中身はこちらです」と1つずつ手で触れながら示していった。「たくさんのオモチャと、自由帳と、宝箱。宝箱はダイアル錠が掛かっていましたが、番号を突き止めて解錠しました。中身は、ビーズのアクセサリーと、フィギュアの腕と……あと、絵の描かれた紙」


 美佳みかにはとっさにウソを言っていた。

 宝箱の中身はUSBではない。

 それどころか、中身が何なのか知る者はいなかった。

 この世には。


 浅野あさの夫婦は強張った顔をしている。

 歯を食いしばって、「息子の遺品」を見詰めていた。


 2人は、これから「罪」と向き合うのだ。

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