宝箱のパスワード

1-0 事故の瞬間

 クラクションが鳴り続けている。

 火薬のような匂いが執ように鼻をつく。


 不快感の中から、しかし逃げ出すことはできなかった。

 逃げ出す訳にはいかなかった。


 土曜日の昼。都内にある交差点。

 穏やかな日常が、一瞬で惨状と化した。


 アイスを食べたいと思うほど暑かったはずなのに、全身の震えが止まらない。

 何度呼び掛けようと、目の前で横たわる「被害者」は反応しなかった。


 このままではマズい。どうしたらいい――?

 傷だらけの小さな体に、触れていいものかもわからない。

 震えが止まらない。息がうまくできない。涙が出てくる。


 後ろから、スマートフォンで救急車を呼ぶ友人の声。


 自分も「できること」をしなければ――

 精一杯に、大声を出す。


 結局、願いも行動も意味をなさなかった。

 自分は、嫌になるほど無力だった。

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