第4話 激辛カレー勇者決定戦(後編)

 第一ラウンド終了後、拓也は桜木先生の取り計らいもあって、先生が顧問をしている美術部の部屋で休憩させてもらえることになった。椅子に腰かけて、静かに一人でリラックスして過ごすことが出来た。そうして14:00少し前にまた会場に戻ったのだった。


 戻るなり司会者による残った7人の候補の紹介が始まり、順番にステージに登って観客に手を振った。7人に絞られると、拓也の時も大きな歓声が起こった。さすがに、田中のように女性の黄色い叫びは入っていなかったが。


 司会者が勇者決定戦の再開を宣言した。

「これから、いよいよ、『激辛カレー勇者決定戦!』の決勝ラウンドを始めます。ここからはサドンデス方式で、最後の一人になるまで、辛さのレベルを順番に上げさせてもらいます。」そして、3杯目のカレーが7人の最終候補者の前のテーブルに置かれていった。そして司会者はカレーの説明を開始しました。

「最初のカレーは5段階の3番目の辛さのカレーで、名前は『ドラゴンスパイス』。黄色のカレーで、香辛料の辛く深い香りが漂います。具材もラム肉とジャガイモで、シナモンやクミンが効いています。」確かに、見るからに辛そうなオーラがある。

審判員の開始の合図とホイッスルで、決勝ラウンド1食目が始まりました。


 但、辛さはすでに激辛カレー店の最高レベルの辛さを凌牙しており、宮原さくらが予選ラウンドの後に桜木先生に言っていたように、匂いで目が痛くなるほどのレベルでした。拓也にとってもここからは未知の領域だったのです。一口目を食べた瞬間、体に異常を感じましあ。体温が異常に上昇し、感情が高揚して行く。拓也にはこの感覚に覚えがありました。

「(これは体内のアドレナリンやエンドルフィンといったホルモンが増加したせいで、感情が高揚しているんだ。)」

そして、堰を切ったように何かが流れはじめました。


 流れ始めたものが何なのか、拓也は最初気付かなかったが、流れが続く中で思い当たったのです。「これは『フェロモン』だ!」拓也の隠された本能がそれを確信していたのです。


 拓也が周囲を見ると、他の6人の候補たちも頬を紅潮させ、目を大きく見開き異常な高揚感に襲われていることが見て取れました。そして、それよりも観客席の女子生徒たちの様子の変化にも目を奪われました。多くの女子生徒が立ち上がり、ステージ前に押し寄せていたのです。彼女たちもまた、顔を紅潮させ、好意の眼差しを候補たちに向けていました。さらに驚くべきことに、その中には拓也に対して好意の眼差しを向ける子たちも少なくなかったのです。


「(これはどういうことだ?何故彼女たちは僕をみているんだろう?)」

拓也は目の前の光景に驚愕しながらも、何とか3杯目を食べきった。ステージ中央に目を向けると、田中もかなり息が荒くなっているが、食べきってガッツポーズを取っていました。3人ほどギブアップが出たようでした。


 ギブアップした3人がステージを降りると駆け寄る女生徒たちがいた。野次は一切飛んでいなかった。予選ラウンドとは明らかに違う、会場全体に異常な熱気が充満していたのです。


「(この3杯目から何かが変わった。フェロモンを放出し始めたからか?)」実は拓也は幼いころより高揚すると何かを分泌しているような感覚に襲われることが何度もあった。ただ、それがフェロモンだと確信したのは、この瞬間だった。


 会場を見渡し、予選と同じく客席後方にいる桜木先生とさくらと目があった。彼女たちの顔も紅潮し、好意の目で拓也を見ていた。「(やはりそうか!)」

拓也は、このイベントの謎がとけたような気がしました。カレーの辛さのレベルがある領域を超えたタイミングで、参加者から大量のフェロモンが放出される。そして、それを受けた女性が大きくその参加者に惹かれて行く。まさに、人間も動物であり、本能により行動することを証明するようなイベントなのだということがわかったのです。

「(これがモテ男誕生のからくりだったのか!)」拓也は衝撃を受けました。


 ギブアップした3人の候補の降壇を受けて、司会者が告げました。

「残りの候補は4名です。皆さん大きな拍手をお願いします。」

熱烈な拍手が大きな音のうねりとなって会場を飲み込んでいるようでした。まるで、会場に巨大な結界が張られたような感覚でした。


 その中で、4杯目のカレーが残った候補4名の前のテーブルに並べられました。

「さあ、4杯目のカレーです辛さは2番目のレベルです。名前は『ウルトラヒート』。オレンジ色のカレーで、香りは濃厚でスモーキー。具材は、ビーフと玉ねぎで、大量の激辛唐辛子とコリアンダーが効いています。」

審判員の開始の合図とホイッスルで、決勝ラウンド2食目が始まりました。


 拓也にももう余力はありませんでした。拓也は、自らの舌や味覚構造によって、辛さの成分が舌の特定の受容体にどのように作用しているかを把握することが出来ました。彼は超嗅覚と優れた味覚によって、カレーの辛さが舌に触れた瞬間からどのようにして辛さを感じるかを予測できるので、口の中でできるだけ辛さを感じないような食べ方をして行きました。これは、微妙に辛さを和らげるにすぎませんが、この未知の辛さの領域でのギリギリの勝負では大きなアドバンテージになったのでした。


 拓也と田中以外の二人の候補者がここでリタイアしました。

「おれが激辛対決で負けるなんて信じられない。」「こんなカレー食べられる奴がいるのかよ!」と口々にくやしさを露わにしていました。

拓也と田中は何故かお互いを見ながら、最後の一口を平らげます。そして、お互い不敵に笑い合います。

「お前には絶対に負けない。勇者の称号はイケメンの俺に相応しい。」と田中が言うと、

「僕も応援してくれる人がいるので負ける気はありません。」フェロモンの多量分泌のせいか、拓也も強気の言葉を吐きました。そして、そんな二人のやり取りを会場の女生徒たちがうっとりした目で見ていました。


 司会者が告げます。

「とうとう二人になったぞ!しかも今年は2人とも一年生だ。大変なことになりました。そして何年かぶりで、辛さ5段階の1番辛いカレーがこれから2人に配膳されます。」


 拓也と田中の前のテーブルに2皿のカレーが配膳された。今回はハーフサイズではなく、フルサイズでした。

「最後の一皿は、最高難度の激辛カレーだ。しかも決戦なので、フルサイズだ。カレーの名前は『インフェルノブラスト』。黒いカレーで、香りはビリビリに刺激的。具材は、ベジタブル。それに幻のスーパーホットペッパーが投入されている、名前の通り炎のカレーだ!」


 拓也と田中は、顔を歪めながらゆっくりと食べ始めます。この競技には時間制限は特にもうけていないので、よほどゆっくり食べない限り自分のペースで食べすすめられます。拓也は、何としても勝ちたいという気持ちに溢れていました。いままでこんな気持ちになったことがありませんでした。それが、フェロモンの多量分泌のせいなのか、桜木先生や宮原さくらの声援があるからなのか、本人もよくわかっていませんでした。


 拓也は超嗅覚を利用してこの戦いを制することを決めました。彼は、超嗅覚を使って相手がカレーを食べる度に微細な化学変化を起こすのを感知することができました。相手の心の動きや体の反応を的確に察知することができたのです。相手が辛さに耐えるために口の中に残している唾液の成分も感知できました。そうして、相手が限界に近づいているかどうかを把握することが出来たのです。


 拓也は、となりで多量のフェロモンを分泌しながら必死の形相で食べ進める田中の様子を注意深く観察しました。

「(それにしても、田中はすごいな。能力を使って辛さを緩和している僕に全然負けてない。本当に辛さに強いんだな。)」拓也は田中の奮闘に心の中で舌を巻いていました。


拓也の容貌は、化学実験室爆発事件の際に橘先生に覇気をぶつけた時のそれとはまた違う形で、著しく険しくなっていました。フェロモンの分泌量は異常に増えているようでした。隣の田中も多量に分泌しているのですが、拓也のそれは桁違いの量だったのです。

「(獣なみということか、、、)」自虐的なことを考えながらも、負けるわけにはいかず、カレーを食べ続けました。


 拓也もさすがに限界に来ていました。隣の田中も限界が近いです。拓也は食べるスピードを微妙に調整します。そして、田中が限界に到達する瞬間を待ちます。「うっ、、、」という呻き声が田中からあがりました。拓也はさらに食べるスピードを調節すると、田中の手からスプーンが落ちます。そして、次の瞬間に田中はテーブルに突っ伏しました。ギブアップです。


 審判に支えられて椅子に座る田中を見ながら、拓也は最後の気を振り絞って食べ続けますが、2口、3口食べたところで拓也も限界が来て、手からスプーンを落としてしまいました。

審判が試合終了をコールして、両者の皿が検分されます。審判たちにより何度も厳密にチェックされた上で、審判が司会者に耳打ちしました。そして司会者が告げたのです。

「皆さん。最終戦は2名ともリタイアの為、食べた量で雌雄が決せられます。厳正に検分した結果、わずかの差でしたが、今年度の激辛カレー勇者選手権の優勝者は、一年生の村上拓也に決まりました!」

割れんばかりの大きな歓声が沸きました。だれもブーイングする人間はいませんでした。会場の皆が興奮した目で拓也を見ていました。


 拓也は、手を挙げて声援に応えた後、よろよろしながらまだ座ってうなだれている田中の前に行きました。

「田中くん、素晴らしかったよ。ちょっとだけ僕が運がよかったようだ。」と声をかけ、握手の手を差し伸べました。

田中はそれを見て、ゆっくり立ち上がりました。でも握手には応じず、差し出した拓也の手に軽いタッチをしました。

「負けは負けだ。今回は認めてやる。」そう言って、田中はステージを降りて行きました。多くの女性に囲まれたことは言うまでもありませんが、いつもよりは少なめでした。


 そして、ステージでは勇者の表彰セレモニーが行われました。優勝者には「カレー勇者」という称号が授与され、特別なデザインのカレー勇者専用マントがプレゼントされました。このマントを着ることで、特典が得られるようです。特典とは、このイベントに協賛していただいている学園周辺にあるいくつかのカレー店で、来年新しいい勇者が誕生するまでの間、看板メニューや新作カレーを月1回無料で楽しむことができるというものです。但し、マントを来てないと駄目なのだそうです。


 拓也は、マントを羽織って、観客に応えます。クラスメイトの女子たちは、熱い視線を拓也に送っています。

「なんで?なんで村上がかっこよく見えるの?」

「顔はNGなんだけど、なんかかっこいいんだよね。」

「ありえないけどなんでドキドキがとまらないのかしら。」

彼女たちは口々につぶやきをもらして、拓也に心を鷲掴みにされたという現実を受け入れようとしていました。


 拓也がステージを降りると、桜木先生と生徒会長の宮原さくらが寄って来ました。

「村上!よくやったよくやった。」と言って桜木先生は拓也の頭を優しく撫でます。

さくらも拓也の手をとって、

「ほんとうにおめでとう、拓也くん。あたし痺れちゃったよ!」さくらも顔を上気させて拓也を祝福しました。そして、なんと二人はその後に拓也に抱き付くというとんでもない行動に出たのでした。拓也はうれしいやら、恥ずかしいやら困った顔で二人を抱きしめました。

3人の周りでは、デジカメや携帯写メの撮影する音が溢れていました。


 こうして拓也の長く熱い1日は終わったのですが、拓也が桜木先生とさくらと抱き合う写真は後日、「美女と野獣」という名前で校内報に乗り、この勇者決定戦の歴史に残るできごととなったのでした。


 そしてその後、勇者決定戦は、この年に限っては、獣人の勇者が誕生したと学園史に刻まれることになったことを拓也は知る由もなかったのでした。

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