第3話 激辛カレー勇者決定戦(前編)

 入学早々化学実験室の爆発事故と教師の逮捕という事件に巻き込まれた、超嗅覚の能力者、類人猿「村上ピテクス」こと村上拓也でしたが、ゴールデンウイークも終え、その後は平穏な日々を過ごし、新入生として学校に慣れ始めていました。そんな5月のとある日の放課後、ここ瑞風(ずいふう)学園の掲示板にカラフルなポスターが貼り出されました。そのポスターには大文字で「激辛カレー勇者決定戦!」と書かれ、内容は男子生徒たちによる激辛カレー食べ比べイベントの開催の告知だったのです。


「おい、これ見ろよ!激辛カレー勇者って何だよ?」

「お前知らないの?これって優勝すると女子にモテるっていうあの伝説の行事だよな!?」

掲示板の前には人の群れができ、新入生男子たちが大声で話して盛り上がっていました。


 「激辛カレーを食べる勇者」を決めるイベントが始まるきっかけは、昔の学園の伝説となっている出来事に由来していました。数十年前、学園内で激辛カレー選手権が開かれ、その時の優勝者は、学園でももともと人気のある男子生徒だったのですが、優勝後は女子たちからさらにモテモテになったという出来事があり、それ以来挑戦する男子生徒が増えた為に、恒例行事となったというものでした。


 激辛カレーを食べることが得意なことと、女子にモテることには因果関係はないと思われるのですが、程度の差こそあれ、毎年の優勝者はそのあとにかならず彼女ができていたというジンクスがあり、一部の情熱的な男子たちが噂を信じ続け、イベントへの参加者は後を絶たない状況が続いていたのでした。


 激辛カレーを食べる勇者を決めるイベントは、今も毎年熱狂的な盛り上がりを見せていました。男子たちは勇者になることを目指して必死に激辛カレーを食べ、女子たちは彼らの勇敢さに興味津々で応援します。彼らの熱意と友情が学園内に楽しい雰囲気を生み出して来たのも事実でした。


 拓也は、不細工な自分には関係ないものとして、特に気にする風もなく掲示版の前を通りすぎていました。「勇者なんて、自分から最も遠い存在だよな。辛い物はすきだけど、僕なんか出場したら白けるし、優勝してもモテるなんてことないしな。初の例外になって、伝統を台無しにしてしまいそうだな。」少し自虐的な気持ちになりつつ、盛り上がる男子を横目に今日も平穏なボッチ生活を謳歌する拓也だったのです。


教室ではあいかわらず、毎日のように男女ともこの話題で持ちきりでした。そんなある日、ホームルームで桜木先生がこの話題に突然触れてきました。

「今年も激辛カレー勇者のイベントが盛り上がっているようだな。このクラスから何人か参加するのか?参加するつもりの奴は手を挙げてみろ!」と言うと、数人の男子がやや遠慮がちに挙げる中、田中貴之だけが、元気よく腕を真上にピント伸ばして大げさに手を挙げました。


「なんだ?田中、お前も出るのか。」と桜木先生が田中に吐き捨てるように言うと、

「勿論です。学校の勇者ですからね。サッカーとバスケのスターである僕には必要ないのではと言いたいのでしょうが?遠慮する気はありません。この勇者の称号は他の生徒には渡せません。一年生の僕が勇者になれば、上級生の女子のこころも鷲掴みにすることになるでしょうが、それは男性の先輩方にもしょうがないこととと思って諦めてもらった方がいいですね。」と田中はすでに優勝する気でいました。

「まあ、それは良いがお前はそもそも辛いものに強いのか?」

「僕には弱点はありません。何をやらせても最高の男であることを証明します。(女子を見渡して)みんな応援してくれよな!」というと、女子たちから歓声があがりまました。


ふと、桜木先生が拓也を見ましたが、拓也は気付くとすぐ目を逸らせて気付かないふりをしました。「(ああ危ない、危ない)」そうして、拓也はこの場をやり過ごそうとしたのですが、以外なところから不幸はやってきました。

「村上くん!」と田中が拓也に大声で呼びかけます。「君も出ろよ!」田中は席を立って、拓也の席の前まで来ました。「はっきり差を見せつけてやるよ!逃げることは許さないぞ」と言って、桜木先生を見ると、先生もにやっと笑いました。

「いいだろう。おい、村上。お前、田中に勝負を挑まれているのだ。当然受けるよな?」


「(何言っているの?もとはと言えばあんたのせいでしょ?逆恨みされているの)」と心で思いながら、拓也が言葉を発せず黙っていると、田中が女子たちに変な目配せをしました。すると女子たちからも、「村上くんも出なよ!なんか辛さに強そうだし。」「そうだよ、獣パワーで激辛攻略できそうじゃん。」と拓也に参加をすすめる声がつぎつぎと挙がったのです。ある女子の「私たち応援するよね?」という呼びかけに多くの女子が、「応援する!」「私も!」という声が続きました。


「村上!お前いつのまにこんなに人気者になったのだ!だったらなおさら出ろ!担任としての命令だ!」と、拓也は桜木先生に指名されてしまいました。横でにやにや笑う田中をみて、「(これは陰謀だよ。田中に言われて、女子は合わせているだけだ。俺に恥をかかそうとしているにちがいないよ。)」と心で思いながらも、「わかりました。」と拓也は元気なく小声で答えた。桜木先生は満足げに頷き、田中は「よし!」と拳を強く握ったのでした。


 放課後、帰宅部の拓也は、自分に関係ないと思って見ていなかった「激辛カレー勇者決定戦!」のポスターをしげしげと眺めていました。


 「激辛カレー勇者決定戦!」は、校庭につくられる特設ステージで、参加メンバーによる予選と本戦が行われます。カレーの辛さは以下の順番に設定されており、どの程度辛いのかは秘密のようです。①ファイアブレイズ ②ウルトラヒート ③ドラゴンスパイス ④フレイムバーン ⑤インフェルノブラストの順で5段階の辛さです。大食い選手権では無いので、ごはん小盛りのカレーを食べきりながら完食を競います。予選ラウンドでは参加者全員がステージで①と②を食べてもらい、脱落者を決定します。2時間の休憩後、勝ち残ったものが、ステージで③~⑤を段階的に食して、サドンデススタイルで勝者を決定します。5段階で勝者が決定しなかった場合には、6段階目もあるようですが、例年④か⑤をクリアしたものが勝者となっているとのことでした。


出場は自薦他薦どちらでも可能で、前日夕刻までに申し込めば出場できます。ぎりぎりまで門戸を開いています。さすがにカレーの準備があるので、当日の参加は不可となっています。足きりがないので、既に申し込んだ拓也は自動的に予選出場が決定していました。


拓也が凡その競技の内容を理解したところで、ふいに後ろから声をかけられました。

「あれ?拓也くんも出るの?」振り返るとそこに、生徒会長の宮原さくらが美しい笑顔で立っていました。拓也はドキドキしながらも、

「いや、出るつもりはなかったんですが、成り行きで桜木先生に指名されてしまって、、、」

と照れ臭そうに話すと、

「えーっ、いいじゃない!拓也くんなら優勝できるかもよ?」

とさくらは真顔でそんなことを口にしました。

「そんなことしたら、初めてモテない勇者が誕生して、学園の伝統行事が存続の危機を招いてしまいますよ。」と拓也は頭を掻いた。

「私は拓也くんに優勝して欲しいけどな。応援するから頑張ってね。生徒会の仕事があるから行くね。またね。」とさくらは拓也にひらひらと手を振って去って行きました。


拓也はさくらの後ろ姿を目で追いながら、彼女のことばが信じられないという顔をしていました。「(さくらさんが僕を応援だなんて、そんな嬉しすぎることが本当にあるのか?)」

拓也はその場に立ち尽くしていました。物陰から険しい顔で拓也をみている田中の姿があったのですが、ぼーっとさくらの後ろ姿を追う拓也はそれに気付きませんでした。


イベント熱はその後も醒めず、あるクラスでは市販のレトルト激辛カレーで昼休みに代表決定戦をやるクラスまで出て来ていました。本番さながらの盛り上がりを見せ、このイベントの特異性を際立たせていました。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、イベント当日を迎えました。11:00になり、特設ステージには、司会の生徒がルールの説明を開始しました。その後、出場者が一人ひとり紹介されて、派手なジェスチャーでステージに上がって来ました。田中貴之がステージに上がるときには、ひときわ大きな声援と女子生徒の黄色い声が会場に響き渡りました。そして、拓也の番が回ってきました。残念ながら歓声はあまり上がらず、まばらな拍手の中、ステージに上がり端のポジションを取りました。拓也を応援すると言っていたクラスの女子は皆、田中の応援をした後、おしゃべりをしていて、拓也のステージ登壇に気付いていませんでした。


「(やはりみんな田中の応援だったな。まあ、冷やかしの推薦とはわかっていたけど、結構ショックだな。)」期待しないと思いながらも、また期待して裏切られた拓也でしたが、桜木先生と宮原生徒会長が客席後方で手を振っていてくれたのが救いでした。端で目立たないよう小さくなっている拓也とは対照的に、一番の大声援を受けて登壇した田中は、勿論一番目立つセンターポジションをキープしていました。


 30名近い参加者をステージに迎えて、予選ラウンドが開始されました。3列に長いテーブルが並べられました。そこに順番にハーフサイズのカレーがライス少な目ルー多めで盛り付けられて配置されました。


 司会者が最初のカレーを紹介しました。

「最初のカレーは5段階の5番目の辛さのカレーで、名前は『ファイアブレイズ』。赤く濃厚なカレーで、香りはスパイシーで華やかさがあります。具材は、鶏肉と野菜のカレーに、激辛トウガラシがアクセントとして加わっています。」

そして、審判員の開始の合図とホイッスルで、予選ラウンド1食目が始まりました。田中貴之は余裕を見せながら、笑顔であっという間に完食です。

拓也も、一口食べてかなりの辛さであることは認識しましたが、元々辛い物好きの彼には高くないハードルだったので、問題なく完食し、審判に完食を確認してもらってステージ後方に退きました。


 但、1食目とは言え、辛さは相当なもので、意外にも30人強いた参加者はこの段階で、半分に減っていました。敗退した者は、ほとんど最初の一口で汗が吹き出し、半分ほど食べたところで、水をがぶ飲みしてギブアップして行きました。「客席からは1皿目でギブアップかよ。情けない!」や「かっこ悪すぎ!」と冷たい野次が飛んでいました。


 15名が残ったステージでは、2杯目カレーが配置されました。司会者は2杯名のカレーの紹介に移りました。

「さあ、1杯名を耐え抜いた15名の精鋭の前に配られたのは、5段階の4番目の辛さのカレーです。名前は、『ウルトラヒート』。オレンジ色のカレーで、香りは濃厚でスモーキー。具材は、ビーフと玉ねぎのカレーに、激辛唐辛子とコリアンダーが効いている逸品だ。」

再び、審判員の開始の合図とホイッスルで、予選ラウンド2食目が始まりました。田中貴之は2杯目でも余裕の笑みを見せて、完食してみせました。


 拓也も、一口食べて一杯目を軽く凌駕する辛さにちょっと顔をしかめましたが、辛い物好きの血が騒いで、問題なく完食し、審判の完食確認を経て、ステージ後方に再び引っ込みました。

但、2食目の辛さは、半端ないものになっていて、15人中8人が半分ほど食べたところで、もう無理というジェスチャーで順番にギブアップして行きました。残りはとうとう7人になりました。


 ここで司会者が休憩時間をコールします。

「予選ラウンド終了です。勝ち抜いたのは7名の勇者候補たちです。どうぞ盛大な拍手をお願いします。」というと、客席から割れんばかりの拍手が起き、田中の名前を呼ぶ黄色い声それに混じっていました。

「これから2時間の休憩を挟んで、14:00からこの7人の勇者候補による決勝ラウンドを行います。それでは皆さん2時間後にまたお会いしましょう。」

拍手の中、7人の男たちがステージを降りて行きました。そして、田中貴之は、すぐにクラスメイトの女子たちに囲まれていました。


 拓也は、そんな彼女たちをあきらめの表情で見ていました。するとそこに、

「村上!よくやったな。さすが私が見込んだ男だ。」と桜木先生が声をかけてきました。

「村上くん、お疲れ様。余裕だったね。」さくらもそれに続きました。

「ありがとうございます。でも2杯目で既に普通の激辛カレーショップの最上位の辛さになっていましたよ。さすがは勇者を決める戦いですね。正直、決勝ラウンドは未知数です。」

自信なさげにそう答えて、肩をすぼめて見せました。それに対して桜井先生が返しました。

「2杯目でもう30人が7人か。余程辛いカレーなのだろうな。」

「先生匂い音痴ですか?ここまで強烈な匂いが来ているんじゃないですか?匂いなのに辛さが伝わって目がしみるような感じなのがわかりますよね。」今度はさくらが口を挟んで呆れ顔をしました。

「うるさい。匂い音痴なのは生まれつきだからしょうがない。それより、残り7人になったが、危なげないのは、村上!お前と田中だけだな。」

「田中くんと一騎打ちか、イケメンと野獣の戦いか。すごいことになったね。」

何気に野獣扱いされた拓也は、

「ここからは、如何に工夫して辛さに耐えるかと、他の候補との駆け引きになりそうです。」

と言って次の戦いを見据えていたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る