第5話 スポーツ大会で真の勇者に(前編)

 瑞風(ずいふう)学園では毎年6月に全校行事として、スポーツ大会が開催されています。男子はサッカーとバスケットボール、女子は卓球とバレーボールで、クラスの代表を選び、試合が行われます。特に優勝というものを争うわけではなく、その日はスポーツを通じて、クラスの団結を強めることが狙いのイベントです。選手として選ばれたものは勝負を頑張り、他の生徒は一生懸命選手を応援することで、皆の心を一つにしようという趣旨のようです。


 類人猿に似た容姿を持つために、陰で「村上ピテクス」と呼ばれている我らが主人公、村上拓也は、もともとあまりスポーツが得意でないことと、自分の不細工な容姿もあって、運動関係のイベントを今まで避けて通って来ました。そして、今まではそれで済んでいました。しかし、先日行われた「激辛カレー勇者決定戦」で、こっそり秘密の能力である超嗅覚を駆使して優勝してしまってから状況が変わってしまいました。今は毎日クラスの女子たちから熱い視線を送られている状態だったのです。「よく見ると不細工なんだけど、なんで気になるんだろう?」というありがたくないつぶやき付きではあったのですが。そして、そういうことに慣れていない拓也は、わざと視線に気付かないふりをしてやりすごしていました。しかし、スポーツ大会が近づくにつれて、拓也の心にはいやな予感が募って来ていたのです。


 その日の朝のホームルームで、担任の桜木先生がスポーツ大会の話題に触れてきました。

「今年も熱いプレイと応援を頼むぞ。私ももちろん担任としてお前たちを一生懸命応援するからな!」桜木先生は何故か自分が出るわけでもないのに張り切っているようなので、クラスの皆は不思議に思ったのですが、「一生懸命応援した後の酒はうまいからな!」と続きがあったので、なるほどと生徒たちは苦笑いを浮かべて納得しました。


「ところで、選手選びは自薦他薦どちらでも良いが、参加したいもの手を挙げてみろ。」と桜木先生が言うと、クラスの多くの男子と女子が手を挙げていました。

「これなら、人数は足りそうだな。」桜木先生は満足そうでした。そこで、手を挙げたままイケメン田中貴之が立ち上がりました。


「俺は、サッカーとバスケ両方出るよ。どっちも学校のクラブの1年生レギュラーだからね。クラスの勝利を約束するよ。クラスのヒーローとしてね。」と気障に髪を掬っていつもの決めポーズをとりました。但、以前と違うのは、女子の「かっこいい」という歓声が以前より少ないことでした。それどころか、「激辛ヒーローの村上くんはでないの?」という声が一部の女子から上がってしまったのでした。それには、やり過ごそうと下を向いて黙っていた拓也も、思わず顔を挙げて、声を発した女生徒たちを見てしまった。だが、微笑み返されてしまい、すぐにまた下を向くことになりました。


「村上だって?」田中は露骨に不愉快な顔をしました。「激辛カレー勇者とスポーツのヒーローは別物だよ。第一、村上は帰宅部だし、体育の時間も見学ばかりしてろくに活動している姿を見たことないぞ。そんな奴がクラスの代表なんておかしいだろう。」と、拓也を推す女子生徒たちに訴えると、なぜかすかさず拓也の方をみて睨みつけてきました。


「(おい、おい、僕が立候補したわけじゃないぞ。勘弁してくれ。)」と思いつつ、ここは運動が苦手ということで辞退しておくかと、拓也が言葉を発しようとしたところ、それより早く桜木先生に反応されてしまいました。

「なるほど。激辛カレー勇者が大会に出ないわけにはいかないな。よし、村上お前も出ろ。」

焦った拓也はすかさず言いました。

「先生、僕は運動はあまり得意じゃないです。田中くんの言う通り、激辛カレーとスポーツは違いますから、僕は応援に回ります。」田中はその通りだと頷きますが、桜木先生はあきらめませんでした。


「運動が得意とか苦手とか関係ないぞ。みんな、お前が大汗をかいて必死にプレイする姿をみたいんだからな。」

女生徒たちが、口々に「そうそう」とか「見たいよね~」と言って同意してきました。

「だから、村上も、サッカーとバスケ両方に出ろ。」と桜木先生が追い打ちをかけると、拓也が抗議するより先に田中が反応します。

「そんな!勘弁してくださいよ!」田中が悲痛な叫びをあげて、桜木先生に抗議の目を向けますが、桜木先生は腕を組んで、何か文句あるかという威圧的な表情を田中に向けて来ました。

「もう我慢できない。(拓也に向き直り)どっちがヒーローだが試合ではっきりさせてやる。覚悟しておけよ。」と拓也を指さしました。


「(なんでこうなるの?僕は何も言ってないのに?これじゃ断れないじゃないか!)」拓也はこころで叫びます。

そこで、無慈悲にもチャイムが鳴り、ホームルームは終了してしまいました。

「熱いスポーツ大会になりそうだな。みんながんばれ!じゃホームルーム終了だ。」桜木先生はそういうと、立ち上がって何かいいたそうな拓也をちらっと見てほほ笑むと、教室を出て行ってしまいました。茫然とする拓也の前に、田中がやって来ました。

「激辛対決で勝ったからって調子に乗るなよ。不細工のくせに。ヒーローはいつだってイケメンだってこと思い知らせてやるからな!逃げるなよ!」と言って教室を出て行きました。

「(逆恨みもいいところだ!)」拓也のこころの叫びとは別に、2人の様子を見ていた周りの女生徒たちは、「面白くなってきたねえ。」「盛り上りそうだよね。」とキャッキャッとこの展開を喜んでいました。


 大会当日までは、校庭の隅の場所で1時間の割り当てで、各クラスの自主練習が行われていました。拓也は、サッカーとバスケットボールの両方に参加したのですが、田中は本業のクラブの方が忙しいという理由で参加しませんでした。拓也は、田中が「俺くらいになると、ぶっつけ本番でも連携プレイは出来るから問題ない。」とクラスメイトに話をしているのを聞いていましたが、何故かその時、拓也に向けて不敵な笑みを浮かべていました。

「(何か仕掛けて俺に恥をかかそうとしているんだろうな?困ったもんだな?)」拓也は心で溜息を吐くのでした。


 拓也は最初こそ慣れない球技に苦しみましたが、激辛カレーの教訓で、素直に超嗅覚を今回も利用させてもらおうと心に決めました。それを始めてからはスムーズにプレイが出来るようになり、他の男子生徒からは、「お前なかなかやるじゃないか。」とか、「激辛勇者も伊達じゃないな。」とか誉め言葉をもえるようになっていきました。ただ、力を出しすぎると容貌が険しくなるので、全力を出すのは本番にして、練習ではかるく能力を使うよう心掛けていました。


 そんなある日の放課後練習後、拓也がグランド脇の水道で顔をあらっていると、後ろから声をかけられました。

「拓也くん、両種目のクラス代表なんだってね。すごいじゃない。」振り向くと、生徒会長の宮原さくらが笑顔で立っていました。

「宮原先輩、それなんですが、桜木先生に強引に決められてしまって。僕は運動があまり得意でないので、困ってますよ。」

「大丈夫だよ。みんな拓也くんが頑張る姿が見たいだけなんだから。汗かいて必死になっている姿をね。」と言って何かを回想するように恍惚とした表情をして宙を見ていました。

「えっ???」と反応に困った拓也をみて、さくらは急にバツの悪い顔をして、思い出したように、「いけない、委員会が始まっちゃう。じゃ行くね。期待しているから頑張ってね。」と美しい笑顔で手を振ってその場を去って行きました。

「(宮原先輩も同じことを言うのだな。でも本当にきれいな人だよな、、、)」拓也は、さくらの応援の言葉を噛みしめながら、その美しい後ろ姿をいつまでも見ていたのでした。

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