第20話 煮ても焼いても食えぬ男②

 ひとまず危機は去った。

 魔獣は作戦通り湖に次々ダイブしていっている。


「ど、どこへ向かうんだ……?」


 馬と一緒に浮いたままの旦那様が恐る恐る尋ねてくる。


(てめぇの墓場だぁ!)


 って言えたらな。


「兵団との合流地点ですよ」


 もう少し喜ぶかと思ったが、どうやらまだ緊張しているようだ。

 小高い丘に降りたった。ここならはぐれ魔獣がやってきてもすぐわかる。


「助かったよ!」


 地上に降りられたからって安心してんじゃねぇぞ。


「ご自身がどれほど周囲を振り回したかわかってるんですか!?」

「だ、だが全てうまくいったぞ!? ネヴィルは守られ、私も生きている! 自信があったからそうしたんだ」

「結果論です! 次もこう上手くいくわけではありませんよ!」


 旦那様は次も同じようにするだろう。今回の成功体験で尚の事躊躇わなくなる。


「その時はまた貴女が助けに来て……ヒッ!」


(調子こいてんじゃねぇ!)


 私の睨みに気が付いたのか、途中で言うのはやめた。


「こんな面倒事付き合ってられるか!」

「そ、そんなぁ! またカッコよく助けに来てくれよ~!」


 ぐっ! なかなか褒め方がうまいじゃないか!

 

「あ、貴女の望みはなんなんだ?」

「望みだぁ~!?」

「い、いや……」


 どうやら話を変える作戦に出たようだ。私のご機嫌をとって気をそらし、誤魔化すつもりだろう。


(舐めくさりおって!) 


「これは武功を上げた者への当たり前の質問だから……」


(武功!)


 くぅ~なんかこの辺のツボのつき方がうまいな……少し悔しい!


 私の望みと言えばそりゃあ。


「冒険者として名を上げることですかね!」

「では望み通りに! 今回の功績を発表して……」

「馬~鹿~野~郎~!」

「ばか…!?」


 おっと失礼。思わず感情が口から漏れてしまった。


「旦那様にヨイショしてもらったと思われたら、誰も私の実力を認めてくれませんよ!」

「そ、それはそうだ……」


 旦那様がアワアワ焦っている姿を見ると多少は心が満たされる。多少は。


「褒美を頂けるといつのであれば1つございます」

「なんだ!?」

箝口令かんこうれいを敷いてくださいませ」


 冒険者テンペストが公爵夫人であることを公表したくはない。どうせ噂程度じゃ冒険者は信じないし、今回知ってしまった兵達が黙っていてくれれば今後も活動しやすい。世間へのネタばらしはそれこそ世間が冒険者である私を認めた後だ。


「兵団と合流次第すぐにでも」


 真剣な表情で頭を前後にふっていた。そうして明らかにホッとしている。


「よかった……離婚を突き付けられるかと」

 

 小さな声だった。


「離婚だぁ~~~!?」

「ヒィ! 余計なことでしたスミマセン!」


 今度は大声で必死に否定する。


「離婚したいの!?」

「そんなわけないじゃないか!」


 まあ、考えなかったわけじゃない。

 しかし、離婚した場合のデメリットはそれなりに大きいのだ。

 

 離婚自体は王はブラッド領に介入したがっているから、許可はすぐにおりるだろう。

 問題は離婚した後のこの領地だ。きっとまた王は旦那様にあらゆる女性をけしかけてくる。その中の誰かを受け入れ、王家がブラッド領に入り込んだ時、冒険者をしている私が困る可能性が高い。王家はダンジョンの利益が欲しいのだから、冒険者の待遇など二の次三の次になるのは目に見えている。


(今はもう貯えはある。だから離婚しても困りはしないけど)


 私は現状がベストなのだ。


 毎朝冒険者街に向かい。屋敷でゆっくり眠る。報酬は全て貯金って……


(実家に生活費を入れない社会人かっつーの!)


「……貴女といつまでも夫婦でいたいと思っている」

「ではこのまま政略結婚の仮面夫婦といきましょう」


 これで私の楽しい冒険者ライフは継続だ。よし。次の議題にと思ったら、


「出来ればもう少し夫婦らしく過ごしたいのだが……」

「はあああ!!?」


 そんなこと言える立場!?


「ま、まずは夕飯も一緒にどうだろうか?」

「やかましい! すっぱり諦めんかい!」


 こちとらこれをきっかけに遠征にもガンガン出かけるつもりなんじゃい!

 これからも好きにやらせていただきます!


◇◇◇


 きっぱり断られてしまった。それだけのことを私はしてきたのだ。


「やはり貴女だと気づかなかったこと怒っているよな……それは謝る……私はずっと罪悪感から顔をまともにみることができなくて」


 情けないついでに、なりふり構わず生まれて初めて泣き落としだ。


(妻との関係を変える千載一遇のチャンスじゃないか!)


「貴女は無理やり私と結婚させられたんだろう?」


 それから結婚式のあの日のこと、罪悪感に潰されそうだったこと、毎朝の朝食のこと、冒険者テンペストのどこに惚れたか、誠実に、正直に話した。


 そしてそれを聞いていた彼女が、少し申し訳なさそうな、悔しそうな表情に変わったのだ。


「そ、それはすみませんでしたっ!」


(風向きが変わったぞ!?)


 やっぱりテンペストは優しい。私の事を心配して叱ってくれる強さもある。それにちゃんと理由を話したら許してくれるじゃないか。


「わかってくれてよかった……これからは夫婦仲良くやっていこう!」

「はあああああ!!?」


 あれぇ!? まだダメだった!?


◇◇◇


(まさか結婚式前のあの騒ぎを聞かれていたとは……!)


 とりあえず旦那様があの私の叫び声を聞いて気を遣ってくれた結果、『好きにしていい』という私にとって最も都合のいい展開になったことは間違いない。

 そうするとやはりあの、『よくも騙したわね!?』 というくだりは必要だったわけで……。


(くそ~! 100対0で旦那様が悪いと思ってたのに~!)


 まさか私が傷つけていたとは……家族への並々ならぬ思いがあるようだし、悪いことをしてしまった。これに関しては謝らなければ。

 だが、


(これに関しては、じゃボケェ!)


 世の中そんなに甘くはないんだよ!


◇◇◇


「まだわかっとらんのかい!」

「な、なにがでしょう……?」


 迫力に押されてつい敬語になってしまう。


「夫婦仲良くだ~? そもそも妻と冒険者、どちらか1人選ぶつもりだったじゃねぇか」


 何で知ってるんだ!?

 

「いや……それは結局同一人物だったから問題ないわけで……」

「大ありじゃい!」

「ヒィッ! そ、その通りですっ!」


 それはそうだ。逆の立場だったら嫌に決まっている。何を言ってしまったんだ私は! 大馬鹿者~!!!


「大人しくしときゃ~この件は目をつぶってやるつもりだったけど……」


 だいたいなんで妻が知っているんだ!? 兵団長だな!? なぜ妻に告げ口など!


「兵団長のせいにしてんじゃねぇぞ!?」

「す、すみません!!!」


 また心を読まれた……私の妻は凄いな!


「だって……だって愛する2人が同じ人間なんてそんな夢みたいに幸福なことがこの私にあるとは思わなかったんだ!」


 愛する家族とは長い間無縁だった。家臣のことは大切だが、彼らには彼らの家族がいる。


「私を幸せな気持ちにしてくれる2人を選べるわけがない……」


 だからいつまで経っても屋敷へは帰ることができなかった。

 しんみりする私とは裏腹に、妻の怒りは最高潮だ。顔がピクピク引きつっている。あ、これはまた怒られるやつだ。


「いつものポジティブ思考がなんで適応されてねぇんだよぉぉぉ!」

「ええ!?」

「そもそもこっちが選ぶ立場だろうがぁぁぁ!」

「お、おっしゃる通りですっ!!!」


 妻の言う通りだ。私は妻を愛しているが、妻はそうではないのだから。

 テンペストは髪が逆立たんばかりに怒っている。だが私も引くわけにはいかない。 関係を深めるチャンスなのだから!


「だが我々は夫婦だ! 離婚しない限り貴女は私の妻だー!!!」

「開き直ってんじゃねぇぇぇ!!!」


◇◇◇


(どうしてくれようこの男!)


 煮ても焼いても復活してくるぞ。


 バチン! と周辺に稲妻が走った。怒りのあまり無意識に魔術を使ったようだ。旦那様には当たらなかったが小さな悲鳴をあげている。


(いかんいかん。DV妻か私は……落ち着け~落ち着け~~~)


 深呼吸をする。弱い者いじめなんて伝説の冒険者のすることじゃない。耐えろ私!


「数少ない旦那様と結婚したメリットがなくなってしまいます」


 今更これまでの生活を捨てることはできない。


「私の素は今しがた見たでしょう? これまで通りが1番いいのです」

「そんなことない! 貴女の新な一面をみるといつもドキドキして楽しいんだ」


(カーッ! このポジティブキング~~~!)


 そのドキドキ、多分違う種類のドキドキじゃない!?


「貴女という存在! 貴女という概念に惚れこんでいるのだ!」


(こわっ!)


 なんか怖いこと言い始めてんじゃん!


「確かにいい夫ではなかった……だがこれから努力する! 努力は嫌いじゃないんだ」


 イケメンがうるうると目を潤ませ、叱られた犬のような瞳で見つめてくる。


「絆されるか!」


 恐ろしい! こいつ絶対顔で乗り切ってきたピンチがいっぱいあるだろ。


「わかった……では貴方がAランクに上がるまで……それまでにネヴィルの町を復興させてみせよう。そうしたら夕食を一緒に食べてくれるかい?」


(なんでそっちが主導権握ってんだよ)


 いやしかし、その条件は悪くない。ネヴィルは守られたといってもまだまだ復興までに時間はかかる。


(復興完了の定義も曖昧だ。いくらでも難癖つけてやる)


 悪い笑顔が表に出ないように注意しなければ。旦那様との関係が変わった今、現状維持のためにこのくらいのリスクは負うとしよう。


「では、それまでに私がAランクに上がれば一生涯このままの関係ということで」


 だいたい私の事舐めてるだろ!? 速攻でAランクに上がってやるわい!


「よーし! 頑張るぞ!」


 今度は尻尾をブンブンふる犬になった。素の旦那様は以外と感情豊かだ。


(こっちも負ける気はない)


 今度こそ私にとって最高の結婚の条件を勝ち取ってやろうじゃないか! 実力でな!


「じゃあエリス行ってくるね! 遅くても明後日には帰ってくるから」

「くれぐれもお気をつけて!」


 私は相変わらず楽しく冒険者をやっている。


 途中、この国の第一王子に不倫しようと誘われたり、エリスに恋したヴィクターに絡まれたり、クリスティーナ様から隣国を牛耳ったと手紙が届いたり、旦那様の甥っ子が突然やってきたりしたが、概ね私有利に事は進んでいる。


「さっさとAランクになって吠え面かかせたらぁぁぁ!」 


 待ってろよ旦那様! その恋心、息の根止めてやる!


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旦那様が私に一切興味がないのは好都合。冒険者として名を上げてみせましょう! 桃月とと @momomoonmomo

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