第19話 煮ても焼いても食えぬ男①
(出口だ!)
剣を抜き呼吸を整える。幸い魔獣の気配は感じないが、ここからは地上だ。いつ何時襲われてもおかしくない。
――キンッ
外に出た瞬間、気配を感じ瞬間的に剣を叩きつけたが、強力な何かに跳ね返されてしまう。
(防御魔法!?)
ふと上から心地よい声が聞こえてきた。
「お久しぶりです旦那様~随分なご挨拶ですこと!」
「テンペスト!」
こんな状況だが嬉しさを隠せない。
「冒険者になったんだな!」
素晴らしい選択だ!
◇◇◇
(なんで嬉しそうな顔!?)
妻が冒険者って気付いたんでしょ!?
(おかしい! ショックをうけるものかと……)
私の想像は結婚した時から更新されていなかった。嫁が冒険者だとわかったら、旦那様はきっと恥をかかされたと怒り狂うかと思ったのに。
(そういや旦那様、冒険者になりたかったんだっけ!?)
貴族でありながら冒険者にいいイメージを持っているのだ。
(ショーック!)
なんで旦那様を喜ばせることになってんだ!
「テンペスト……?」
(キラキラした目で私を見るなー!)
違うだろ!
「失礼いたしましたトゥルーリー様。まさか今頃お気づきになるとは思わなかったもので」
嫌味を込めてにっこりと笑顔で伝えた。
旦那様は馬を走らせ、私は並走して飛んでいる。横目で見える彼はとても楽しそうな顔をしていた。
(浮気心はバレてるぞって言ってるの伝わってる!?)
「アハハ! いや~すっかりテンペストの変装に騙されてしまったな!」
「っ!!?」
飛んでるのにズッコケそうになるわ!
(旦那様の脳内どうなってんの!?)
クソ~~~状況が状況じゃなければ、今すぐ首根っこ掴んでクソ旦那ごと湖に沈めるのに~~~!
◇◇◇
テンペストは冒険者をしているとバレて焦っているようだ。そんな姿も可愛らしい。
(ん!? ということは、冒険者テンペストに伝えた言葉も、再び会いに行こうとしていたこともバレてるということか!!?)
これはかなりまずい……!
最初は心から彼女を称えたかっただけだし、再度依頼を出したのは、ただ自分の心を確かめたかっただけなんだ!
(黙っていても仕方がない……妻にちゃんと伝えなければ……)
チラっと横目で妻を見ると、笑顔なのに恐ろしい形相をしていた。
(やややヤバい……!)
いや、良い風に考えよう。私達は政略結婚。なのに私の浮気心にあれほど怒りを覚えると言うことは、それほど私を想ってくれているということだ!
(そもそも浮気じゃない! 私は妻に恋をしていたのだから!)
私の『運命の人』は政略結婚した妻だったのだ!
もう1度チラっと確認する。
(ヒィィィ! 滅茶苦茶怒ってるっ!)
私の脳内には、次々に彼女が使う強力な魔術の光景が思い起こされた。
浅ましい私の考えを全て見抜くようなあの鋭い視線……美しくカッコイイが……なぜ命の危険を感じるんだ!? 女性からあのような視線を向けられたのは初めてだ。
(結婚してくれなきゃ殺してやる! っと短剣を突き出してきたあの男爵令嬢よりも恐ろしい目つきをしている……!)
彼女の力をもってすれば、私など一瞬で消し炭にされてしまうだろう。
◇◇◇
旦那様の表情がコロコロと変わる。
恐らくクソ旦那様は今更冒険者テンペストへの思いが妻の私に駄々洩れだった上に、再度会うために依頼を出したことを思い出したのだ。
そしてその後、2人は同一人物なのだから問題ないのでは!? と都合のいい解釈にもっていったのだろう。
(このポジティブクソ野郎!)
ここぞとばかりに笑顔で睨みつける。
(これが終わったらマジで覚えとけよ……!)
「テンペスト!」
「!?」
気が付くと魔獣が集まり始めている。旦那様が剣を抜き、噂通りの実力で駆け抜けながら魔獣を切り倒す。私は旦那様をフォローしつつ、進行方向を中心に魔獣を薙ぎ払った。
「ああもう! 鬱陶しいな!」
久しぶりの大竜巻だ。周囲の魔獣を吹っ飛ばした。早く魔石を湖に投げ込まなければ、どんどん魔獣は増えていくだけだ。
「お、思い出の魔術だね!」
こちらの機嫌を伺うように声をかけてきた。
「負の思い出だけどな!!!」
「そんなぁ~!」
もうウィッシュ家のテンペストでいるのは辞めた。これまではギリギリ彼の前では貴族の娘として振る舞ってきた。一応政略結婚だし、家名も背負っている。
でももう無理!!!
◇◇◇
(これなら魔獣の大群を突破できる!)
我々が冒険者のパーティを組んだら、きっと最強の2人と呼ばれていたに違いない。あの昔読んだ物語のように伝説になれたかも。
なのに妻はいまだに厳しい表情をしている。これまでの女性なら、私が剣を抜いただけで歓声を上げていたのに!
(いや、私の容姿なんて少しも気にしない彼女に惚れたんじゃないか!)
なのにガッカリするなんて。
「湖が見えた!」
飛んでいる妻が教えてくれた。2人の冒険もそろそろ終わる。湖に魔石を放り込み、そこに魔獣が集中している間に逃げきることが出来れば私達の勝ちだ!
「うわっ!」
急に体が宙に浮いた。妻の
「魔石を!!!」
「ああ!」
魔石の入った袋ごと、湖の中へ放り込む。ドボンと大きな水しぶきが立ち、波紋が広がった。そして……
「危なかった……」
魔獣の大群が押し寄せ、我先にと湖の中に入って行った。溺れながらも魔石の魔力には逆らえないようだ。
私は一度大きく深呼吸した。
(これでネヴィルの町は復興を進められる。キメラが使えるようになったらまずここまで運ぶ必要があるかもしれないな)
これからまた忙しくなる。
妻の方を向くと、
(あ、こいつも一緒に湖の中に放りこみてぇな! って顔してる……!)
お、大人しくしておこう……。
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