第18話 追憶の地下道
「あの魔術師は私の妻か!?」
「左様でございます」
あ、やっぱり妻なんだ……。
「あれほどの魔術師と知っていたか!?」
「存じておりました」
あ、知ってたんだ……。
尋ねたのは妻と一緒に私を救いに来たという兵団長。
「町民の避難が完了いたしました!」
外から兵達が急いで戻ってきた。
「突然現れた冒険者のおかげで空からの攻撃が止んでいます! いかがされますか!?」
そうだ。私には今はやるべきのことがある。
「まずは命だ! 兵も撤退させよ!」
「はっ!」
死んでしまったらもうどうにもできない。生きてさえいれば何度だってやり直せる。
「では公爵様も」
兵団長に促される。だが、私にはやることが……。
「テンペスト様もお待ちですよ」
「!」
それはそうだ! わざわざ私を遠くまで助けに来てくれたのだから!
「妻を褒めてやらないとな!」
きっと涙を流して喜ぶぞ~!
(なんだ兵団長? それはどんな感情を秘めた表情なんだ!?)
「撤退の準備はすぐに整います。お急ぎください」
「わかった」
復興の為の設計図、予算案、地下道の地図を急いでまとめる。それから……。
「私の妻は凄いな! 戦場でもあれほどの魔術を見ることはないぞ!」
「おっしゃる通りです」
ああ。早く妻に会いたい。会って今度こそ、ちゃんと会話をしよう。
「知れば知るほど妻の素晴らしさがわかるぞ!」
「その通りかと」
「妻の頑張りに応えなければ……」
今頑張れば、今度こそテンペストと向かい合って話せる気がする。
◇◇◇
「次から次へと! いったい何で!?」
壁周辺にいる魔獣は、1度一斉に撃ち抜いたのだ。だが魔獣は際限なくこちらに向かってくる。明らかに魔獣の動きがおかしい。こりゃ原因をどうにかしないとダメだぞ!?
「奥様!」
防護壁から馬に乗って向ってくる兵団長の姿が見えた。
「住民の避難は完了しました! これから兵達も撤退いたします」
「この町はどうするの!?」
「……放棄すると公爵様が決定をくだされました」
「はあ!!?」
なに言ってんだよ旦那様! 2度もこの町の民達に
「もうすぐ援軍もくるんでしょ!?」
「それまで耐えられる保証がないのです!」
「私がいるじゃない!!!」
何度だって
「奥様の予想通り、未加工の魔石がこの町にあるのです……それもかなりの量が」
「人里に持ち込んでるの!?」
やっぱり予想は当たっていたのか。魔獣を遠ざけるキメラが出たかと思えば、魔物を引き寄せる魔石が大量に出てくるなんて……。
「今時未加工の魔石が出てくることなどありません。魔物を引き寄せるという性質自体、一般には知られていないのです」
「そうなの!?」
確かに今魔石が取れるとしたらダンジョンくらいだし、知識が必要なのは冒険者や素材買取所くらいしかないか。
(悔しい悔しい悔しい~!)
ここで駄々をこねても仕方がない。私にはそれを止める権力がないのだから。
なら唯一ある戦闘力で対処してやろうじゃないか。
「わかった! 私が魔石持って
こうなりゃトコトンやってやろーじゃん!
「ではお供を」
「危ないですよ!」
まさか言われる側ではなく、言う側になる日がくるとは。
「奥様、この辺りの地理はお詳しくないでしょう? 何もない場所へ誘導する人間が必要なはずです」
お互い覚悟は出来ているようだ。運命共同体として最後まで付き合ってもらおう。
「お願いするわ!」
向かうは山岳地帯にある湖。水深が深いので投げ入れてしまえばひとまずは時間が稼げるはずだ。
まずは急いで魔石を取りに行く。町の中央広場に面した役場に置かれているらしい。
兵団長を抱えて屋根の上を跳んで移動しながら、旦那様の様子を教えてくれた。
「最初は驚かれておりましたが、結局は見惚ておられました」
「そりゃあそうでしょうよ!」
よっと! と作りかけの屋根の上を軽く跳ねる。
「それで結局、妻と冒険者は同一人物だったことには気が付いたんですか?」
「いえ! 妻の新たな一面を知れたとお喜びでした」
「ここまできて!?」
往生際が悪すぎない!!?
「妻の頑張りに応えなければと気合いを入れておられましたよ」
(求めていた反応と全然違ーう!)
ガクン、と思わず足の力が抜けてしまった。
「護衛した時と同じ魔術を使うべきだったかな~」
「変に混乱して動きがおかしくなるよりは助かります」
そりゃそうだ。なんとしても公爵様を連れて帰らないといけないのだから。
生き残って妻の功績を褒め称えなければならないと、やっと旦那様は町の外へ出ると決めてくれたらしい。
「ですが奥様の迎えは
「立場を考えずにまったく」
「えっ!?」
それを奥様がいいます? という顔で見られてしまった。
そりゃそうだ! ごめんね!
「兵団長~!!!」
役所に到着すると、半泣きの兵士が駆けつけてきた。
「公爵様が……!」
「どうした!?」
「魔石を持ってお一人でどこかへ……」
「なんだと!?」
兵団長は一瞬で顔面蒼白だ。
「馬鹿者! なぜお側を離れたのだ!!!」
「申し訳ございませんっ!」
「まあまあまあ!!!」
責める時間がもったいない。兵団長もうまいこと騙されて私の所に来ちゃったわけだし。
どうやら旦那様、護衛の兵達を別室に閉じ込め、一瞬のうちに魔石を持ち去り姿をけしたのだ。
『悪いな! 妻が命をかけているのに、私だけが逃げるわけにはいかない!』
そう言っていたそうだ。
変に混乱して動きがおかしくなってんじゃん!
(お前の命は
「魔獣がどこかに移動していきます!」
見張り台の兵士が声を上げる。あれほどこのネヴィルの町に入りたがっていた魔獣達が、次の目的地を見つけたかのようにぞろぞろと移動する。
これでネヴィルの町の復興を続けられる。まあ、旦那様が死んでしまったらそれどころじゃなくなるかもしれないが。
(そういうこと考えてるわけ!?)
「見張りの兵が旦那様を見ていないということは、キメラが作った地下道を使ってるのかしら」
「行先はすぐにわかります」
魔獣たちが向かっている方向か。
それは兵団長が私を案内する予定だった湖の方だった。
「なーんで自分でやっちゃうかな~」
1番やったらダメな人じゃないか。
「公爵様は全てお一人で背負われたのです……!」
兵の1人が涙を浮かべながら反論してくる。
「お一人って……結局助けに行くんだから」
「奥様……!」
感動した! みたいな目で見ないで!?
(そりゃ助けに行きますよ! 今死んだらブラッド領大混乱間違いなしで、公爵夫人である私も絶対に大変な目にあうからね!?)
「愛だの恋だのが理由じゃないわよ!!?」
悔しいから強く否定するが、兵達のあの顔! 素直じゃないんだから~みたいな顔! やめろ!!!
(屈辱!!! なんたる屈辱!!!)
それもこれもあのクソ旦那のせいだ~!
◇◇◇
魔石を持ったまま馬で全速力で走る。キメラの襲撃は痛手だったが、地下道が出来たのは不幸中の幸いだ。
こんな時だが私は今、憧れだった冒険者の気分になっている。1人勇敢に魔獣を引き連れ、ネヴィルを守ったのだ。まるではるか昔に読んだ、伝説の冒険者の物語のように。
(そう言えばその物語にはもう1人、主人公と共に戦う魔術師がいたな)
思い浮かんだのは白髪の冒険者テンペストだ。
(ん?)
思い出したその顔が妻の姿と重なった。
(ん!!?)
いやいやそんな。
目をつぶってもう1度思い出す。冒険者テンペストの声、瞳の色、体格、そしてあの魔術を使う時の体の動き……。
「え!? そういうことなのか!!?」
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