第17話 夫と妻と冒険者

「町民達の避難はどうなっている!?」


 ネヴィルの町民達はキメラがあけた地下道を使い、遠方へと逃げていた。


「間もなく完了します!」


 せっかくここまで町が復興したと言うのに。不用意に魔石を持ちませてしまった私のミスだ。

 

 キメラが作った地下道からいくつもの高価な魔石が発見された。この町の復興の資金にもなると思ったのだろう。町民達が良かれと集めていたことに気が付かなかった。

 人の手が加わっていない魔石は魔獣を引き寄せる……この事を知っているのは今ではもう教養を学ぶ必要がある貴族や冒険者くらいだ。一般にはただ高価なものという認識しかない。


(怠慢だ!)


 自分に腹が立つ。2人のテンペストのことでいつも頭がいっぱいだった。それがなければ彼らの行動に気付けていたかもしれない。


「公爵様!」

「兵団長!? どうやってここに!?」

「飛んで参りました」

「飛んで!!?」


 どういうことかさっぱりわからない。


「それより早くお逃げください! 指揮は私が!」

「いいやこれは私の責任だ! 私が恋に溺れていなければ……」

は考えてもしかたありません。テンペスト様がお待ちですよ!」

「……テンペストがここにきているのか!?」


 どちらのテンペストだ? 名前を聞くだけでこんなにも嬉しい。


「何だあれは!?」


 兵が叫ぶような声を上げた。

 ドンという大きな音と共に、上空に爆炎が見え、黒い煙を上げた塊が落ちていく。


「……テンペスト!?」


 テンペストだ。今度は幻覚ではない。あの美しい艶やかな黒髪は妻のテンペストだ。風に揺られる姿に見惚れてしまう。いや、それより……。


「妻が……空に浮いてるんだが……?」

「浮いてますねぇ……」


 側にいる兵士も口をポカンと開けている。


(ヒール以外も魔術が使えたのか……)


 そう言えば洗脳魔術も使いこなしていた。あれだけ難しい魔術が使えるのなら、飛行魔術も使えるのかもしれない。


「危ない!」


 上空に次々と飛行魔獣が現れる。町もまずいがその前にテンペストだ! あんなの相手にしたらか弱い妻はひとたまりもない!


「逃げろー! 逃げるんだ!!!」


 優しいテンペストのことだ。町の盾になろうとしているのかもしれない! 


「え?」


 妻が指先を前に出したかと思うと、まず閃光が空を駆けた。そしてその後、ドン、ドン、ドドンと爆音が何度も町中に響く。そうして先ほどのように黒焦げの物体が重力に負けて落ちていく……。


「んん!? い、今の攻撃は誰が?」


 城壁に配置した魔術師かな? 


「奥様ですねぇ……」


 やっぱりこの兵士にもそう見えたか。


(冒険者のテンペストにそっくりだ……)


 髪色は全然違うが。魔術の派手さや力強さが彼女を思い起こさせる。


「つ、次が来ます!!」


 兵士の方も妻の魔術に夢中なようだ。


「あ! 舌打ちしましたね!?」

「妻がそんなことするものか! あのマナーに厳しいウィッシュ家の娘だぞ!!!」


 側にいる兵士は双眼鏡で様子をうかがっている。……貸してほしい。

 

 妻の側に眩い光の塊がいくつも現れた。それが一斉に飛び散り、上空にいる魔獣達を追いかけ始める。いくら逃げても追いかけていき、最後は光の矢となって魔獣達を貫いた。


「すごいです奥様!」

「あ、当たり前だ! 私の妻だぞ!」

「はっ! 失礼いたしました!」


(知らん知らん知らん知らん知らん!)


 あんな妻知らーん!!! どういうことだ!?

 

 妻は落ちていく鳥型魔獣に何やら魔術を施し、文字通り丸裸にしていっていた。魔獣の羽根を両手いっぱいに抱えている。


「あの魔獣の羽毛は貴族にも人気がありますからね。かなり高値で取引されていますよ」


 隣の兵士は、


「僕、兄が素材買取所で働いているんで詳しいんです!」


 と、得意気に教えてくれた。


「奥様、あれで冬用のコートでもご準備されるんですかね。ご自身で素材から集められるなんて流石公爵夫人はこだわりが違います!」

「はは……買ってやるのは簡単だがな。あそこまで出来るのは私の妻以外いないだろう」


 間違いなくいない。


◇◇◇


 私達がネヴィルの町にたどり着いた頃には、町を囲む防護壁には魔獣が群がっていた。


(なんであそこが集中的に狙われてるの!?)


 魔石に引き寄せられたという仮説は間違いだったのか? てっきり山岳地帯に魔獣は向かっているかと思っていたが。魔石が眠っているのはキメラが300年眠っていた辺りという噂だ。まだずっと向こう側のはずなのに。


「入口はどうなっている!?」

「門は締め切っております! キメラの大穴から出入り出来るはずです」

「おそらく町人達もそこを通って避難しているかと!」


 同行した兵が答える。


 すでにこうなった場合の対策は出来ていたようだ。まさかキメラの通って来た大穴がトンネル抜け道として利用されるとは。


「少し遠いな」


 トンネルの出口はそれこそ山岳地帯にある。


 中の様子がわからないままだ。とりあえず今は籠城戦をしていることはわかるが、中にまだどれほどの人が残っているのだろうか。


「中の様子を見てきます!」

「私もお連れ下さい!」

「荒くなりますよ!」

「かまいません! これでも兵団長ですので」


 ということなので、遠慮なく兵団長の腰ベルトをつかみ、上空へと飛び上がった。風を受けて目がシパシパする。


「私はこのまま上空を警戒します!」


 遠くから何か来るのが見えた。鳥型魔獣だろう。制空権を握られると厄介だ。


「承知しました! くれぐれもお気をつけて!」


 もう危ないから駄目だとか、下がってくださいとは言われない。私の力を信じてくれているのがわかる。


「投げます!」

「どうぞ!」


 防護壁の上にポイっと兵団長を落とした。自分で言うだけあり、くるりんっと一回転して兵団長がかっこよく着地したのを確認し、更に上空へと飛び上がる。


「ガァァァ!」


 私をみつけた怪鳥は嬉しそうだ。餌がやってきたと思ったのだろう。


「てめぇは焼き鳥コースだよ!」


 空に白い光が駆け抜けた。その光が魔獣に触れた瞬間、爆発音が轟く。もちろん丸焦げだ。その後も続々と同じ鳥型魔獣がこっちへと飛んできている。


「おかわりね!」


 今度もレーザービームを剣に見立て、一直線に指を振るった。そしてそのまま爆炎魔術の連発だ。


(って、また~!?) 


 今度は先ほどまでと違う、モフモフした鳥型魔獣が四方八方からやって来る。


「チッ」


 いけないいけない! 舌打ちなんて行儀の悪いことを。


(あれ? でもあの鳥型の羽毛……お高いやつじゃない!?)


 めちゃくちゃ軽い上に温かい、高級コートの素材になってるやつだ! 実家の母も欲しがっていた。


(それじゃあ新しい魔術新技でもお見せましょう!)


 パチン! と指をはじくと、私の周りにいくつもの光の弾が浮かび上がった。


「行ってらっしゃーい!」


 の、掛け声と共に、一斉に上空の魔獣に向かっていく。奴らもマズいと気づいて逃げ出すが、それはどこまでも追いかけ光の矢になって魔獣を貫いた。


「おぉ! うまくいった!」


 これは私自身の護衛用に考えた魔術だ。不意打ちされる前に相手に自動オートで攻撃が出来るようになっている。


「おっと! 落ちちゃう前に~」


 風の魔法で閉じ込め、一気に羽毛をもぎ取った。


「フワフワだ~」


 よしよし。いい収入になるぞ。


 旦那様との対面も迫っている。さて、一体どんな反応が待っているやら。


「先立つものさえあればなんにも怖くないしね!」


 ついでに私の武功、ご対面の手土産にしてやらぁ!

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