第16話 混乱を招く思考回路
「奥様! どうか旦那様をお迎えに来てはいただけないでしょうか!?」
「嫌ですけど!?」
「そうおっしゃらず!」
と言うか、なんで!?
「何やら迷走しているご様子でして……」
屋敷にある私用の来賓室で、兵団長はほとほと困り果てましたと、懇願するように見つめてくる。
◇◇◇
キメラ事件の後、旦那様は屋敷に帰ってきていない。現地で復興の指揮を執っていた。
それにキメラ再利用の為に私が書いた手紙が功を奏し、クリスティーナ様の協力が得られたのだ。あの大きな魔石と一緒に専門家も派遣してくれた。
おかげでキメラはもうすぐ生贄なしで再び動き出す。定期的な魔力の注入は必要だが、人間が300年体内にいる必要はもうない。
(その代わりクリスティーナ様の発案にしろってのがねぇ)
あの美味しいとこは持って行くという徹底ぶりは見習わなければ。
(ということは旦那様の髪の毛は送らなくてもいいよね!?)
旦那様に初めてねだるものが髪の毛って……危ない危ない。
私はこれまで同様、屋敷と冒険者街を往復する日々を送っていた。だがある日、私の帰りを待つ屋敷の玄関にはエリスだけでなく、兵団長がいたのだ。
「奥様、少しお時間をよろしいでしょうか」
「かまいませんよ」
私も今の状況聞きたいし。
屋敷用の衣装に着替え、来客用の部屋へ兵団長を通す。
「まずキメラ捕獲のお礼とお詫びを」
「いえいえ~どういたしまして!」
死者0なんて奇跡に近いことだ。それを考えると兵団長や兵士達も頑張った。もちろん私も、冒険者達も。
それより私が聞きたいのは、
「で、私のことは?」
バレてもいいと思ってこの1年冒険者として活動してきたが、ここにきて気が付いた。
バレない方がやりやすい!
皆私を危険な事から遠ざけたがる。彼らの立場を考えれば理解できるが、そんなことされたら冒険者なんてやってられない。
(こんなことに気が付かないなんてアホだったわ……)
旦那様にバレるのはいいが、私に気を遣う立場の人はバレないに越したことはない。
「あの時いた兵士が屋敷に戻った際、奥様のお姿をみて驚いたようでして」
「あらま」
相変わらずほとんど屋敷にはいないのだが……ちゃんと私の顔を覚えてて偉いぞ!
「そう言えばあの小隊長は?」
「いつ奥様から声をかけられるかと震え上がっております」
(はっはー! ざまぁみろ!)
悪い顔をした私を見て兵団長は笑っていた。
「アイツにはいい薬です」
「ああいう人もいるんですね」
「あれでも役には立つのです」
どうやら酷く臆病者故に危機察知能力が異常に高く、今回もあの小隊長がいち早く異変に気が付いたおかげで死者が出ずにすんだのだと教えてくれた。
だが本人にその能力の自覚がなく、いつも最前線に送られていることを嘆いているのだそうだ。
(馬鹿とはさみは使いようってやつか)
今後とも最前線で頑張ってもらおうじゃないか。
「それで本題なのですが……」
ここで冒頭に戻る。
初めこそ領主自ら家を失った領民に声をかけ、兵達を叱咤激励し、人々は旦那様の熱意に感激していた。だがそれがずっと続くとなると……下々の者は毎日気が気ではない。
それに屋敷の方が警備も手厚い。旦那様はお姫様に攫われかけた過去がある。
「旦那様が
「後ろ姿!?」
あの馬車ですれ違った時の話? 正面から見ても妻とはわからなかったのに!
「その美しい黒髪が見えたとおっしゃっておりました」
あのクソ旦那、やっぱり妻の認識が髪の毛だけじゃないか!
「以前冒険者の姿でお会いされたのですか? 何やら旦那様が知っている冒険者の奥様と、兵士達が話した冒険者の姿に相違があるとおっしゃっていましたが」
「ええ。旦那様の護衛依頼を受けました。その時はたまたま私の髪色が変わっていまして。ですが顔を見合わせても少しも妻だとは気が付かなかったようです」
兵団長の表情が消えた。
「え?」
「十分会話もしたのですが、それでも気が付かず」
「え!?」
「名乗ったのですが、それでも気付かず」
「え!!?」
今更あの驚きを共感出来て嬉しい。兵団長はあちゃーと額に手を当てていた。
「こ、公爵様は人を見た目で判断される方ではありませんので……」
「いや、顔を覚えてないからそれ以前の話!!!」
それが自分でもわかったのか今度は頭まで抱えていた。
「も、申し訳ございません……」
困惑と混乱の表情に変わっていた。
「私は公爵様が幼い頃から存じているのですが、まさか奥様のお顔もまともに見ることが出来ていないとは……」
でも、決して世間で言われるような冷血なお人ではないのです、と小さな声で庇っていた。
(それはわからんでもないけど)
実際、領主としては悪くない。市中で過ごしていてよくわかる。が、それはそれ、これはこれだ。
2人ではぁ、とため息をついて話を戻す。
「それで、迷走していると言うのは?」
兵団長はもう一度ため息をついた後、意を決したように話し始めた。
「我が家には『人の恋路に関わらるべからず』という家訓があるのです……ですが今回ばかりはどうしようもありませんので、家訓に背こうと思います」
いったい何があったの兵団長のご先祖様!
そして言いにくそうに、俯きながら話し始めた。
兵団長は旦那様が幼い頃に剣術を教えた1人でもある。旦那様は師である彼に相談をしたのだそうだ。
『妻のことを愛しく思っているのに、ある冒険者のことも気になって仕方がないのだ……』
話を聞くと、どう考えてもその冒険者は妻である私のことである。だから何を悩んでいるかわからない。
兵団長は相談してきた旦那様と話がかみ合わず混乱したそうだ。まさかいまだに2人のテンペストが同一人物だと気づいていないとは思ってもみなかったからだ。
それで返した答えは、
「誠実でいらっしゃることが大事です」
という当たり障りのない言葉だった。適当だ。
「待ってまだ気が付いてないの!?」
「はい……」
少し気まずそうな兵団長の前で思わず罵り言葉を吐き出しそうになる。
(あの野郎~! 冷血じゃなくて色ボケ公爵名乗れや!)
「旦那様は冒険者テンペストに恋してるんですよ」
「ということですよね……」
一回り小さくなった兵団長は私と視線を合わせるのを避けている。可哀想に。兵団長曰く旦那様は、
『先日見たあの後ろ姿……(2人が同一人物だったらという)私の願望が見せた幻だ……』
そう嘆いていたそうだ。
(現実ですけど!?)
なんで簡単で単純な答えじゃなくて、ややこしくて可能性の低い答えに行きついてるわけ!?
更に、
『両方を手に入れたいなど、なんて傲慢で強欲な男なんだ私は!』
と自分に憤りっていたそうだ。
「どちらか決心がつくまでお屋敷には戻るつもりがないのでしょう……」
と兵団長はこれまでの不可解な上司の言葉がやっと理解できたようだ。
(選べる立場だと思ってんの腹立つな~!)
お前は少女漫画の主人公か!?
「ネヴィルに留まっているのは私の責任ですね……」
自分のアドバイスのせいだとわかり、ガックリと項垂れていた。
「もう放置しましょう。私はこのままが1番都合がいいし……」
兵団長は可哀想だが、私は別居生活は気楽で最高なのだ。
「奥様……そこをなんとか! なんとか!」
「嫌です~」
イベント発生したらまた旦那様惚れちゃうじゃん私に!
その時兵団長の体がピクっと動いた。扉がノックされる。相変わらず私は気配だけは探れない。
「お話し中恐れ入ります! 兵団長、ネヴィルまで至急お戻りください!」
「どうした?」
「ま、魔獣が群れをなして向かっているのです!」
なんで!? って、まだあの魔獣を遠ざけるキメラの再起動が出来てないからか。それにしても魔獣の大群なんておかしい。
「まさか魔石……?」
私の言葉に、兵団長も連絡員の兵もハッとした。キメラが眠っていた辺りに、もしかしてまだ残っていたのかもしれない。そういう話はあの騒動の直後から出ていた。それを目指して魔獣たちが集まり始めているのかも。ネヴィルの町は山岳地帯の通り道になっている。
「すぐに行く」
そう言って兵士が出て言った後、兵団長は私の方に向き直した。
「公爵様は引きがお強い」
「良くも悪くもね」
仕方ない。旦那様をお迎えに行きましょうかね。
エリスは何も言わずに私の冒険者の衣装を用意してくれていた。
「お気をつけて! 旦那様を助けて差し上げてください!」
「え!?」
エリスは随分前から気付いていたのだ。私が冒険者をやっている事に。
(黙っててくれるなんて優しいな)
その方が私に都合がいいとわかっていたのだろう。きっと毎日心配だったに違いない。いつも玄関まで迎えに出てくれていた。
「……わかった! 行ってきます!」
「ご武運を」
エリスに言われたら仕方ない。旦那様をきっちりお助けしましょうかね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます