第15話 どういうことだと言われても

 すでに月が高く昇っているが、私のヒールのお陰で兵士も冒険者も十分回復している。


 兵団長は全員を集め、大声でキメラについて説明した。先ほど喰われてしまった仲間が生きている可能性があると知って、兵士達は湧いている。


「我々は郊外でキメラを迎え撃つ!」

「どのようにしてでしょう!?」


 兵士から声が上がった。


「冒険者テンペスト殿に強力してもらう!」

「囮役のテンペストでーす! よろしくお願いしまーす」


 兵士達に手を振った。皆頑張って役目を果たしてね!


 この作戦、兵団長はなかなか了承してくれなかった。


(そりゃ上司の嫁を巨大魔獣の腹の中には入れられないか~)


 囮というよりも餌だからな。


 巨大魔獣キメラの弱点は体内にあることは知られている。更に今回のキメラの体内に人間が出入りできることもわかっている。

 だが実際、中がどうなっているかわからないので、念のため体中に防御魔法を張る必要が出てくる。それが出来るのはこの中では私だけだ。


 一部の兵士がざわついていた。公爵夫人に気付いたのだろうか。


「名前が同じだからって奥様が冒険者やってるわけないだろ!」

「いやでも、同じ黒髪だぞ」

「俺、遠くから奥様をお見掛けしたことがあるんだ……似てるぞ」

「んなことあるわけねぇだろ! 常識を考えろ常識を!」

「そ、そうだな。奥様が囮になるなんてありえねーよな!」


(常識よありがとう~!)


 しかしこうなるといよいよ旦那様のダメっぷりが際立つな。よっぽど自分の影が薄いのかとも思ったがそうでもなさそうで安心した。


「ぷぷ! 兵士達がお前を公爵夫人だと思って騒いでやがるぜ!」


 レイドや他の冒険者達が笑いを噛み殺していた。


「だって本人じゃん!」

「公爵夫人が魔獣に喰われに行くわけねぇだろ!」


 行くんだな~それが。

 だが冒険者達は心底心配してくれているようだ。ミリアもギュッと手を握ってくれている。


「必ず私がお腹から出してあげますからね~」

「頼りにしてまーす!」


 開けた荒野に移動し、私と運良く生き残った兵団の魔術師が荒地にポツンと立つ。

 少し離れたところに兵士と冒険者がスタンバイしていた。彼らは今回、討伐ではなくまずは捕獲を試みるのだ。


「付き合わせてしまってごめんなさいね」

「光栄です! お供させていただきます!」


 どうやら私の側に来て、若い魔術師は私が誰か気付いたようだ。震えながらも勇気を振り絞っている。


「食べられても大丈夫よ~最悪300年後にタイムスリップするだけだから!」

「はは……」


(スベッた!)


 乾いた笑いだけが返ってきてしまった。


「どこで私のことを?」

「公爵様がとても美しい奥様を迎えられたと聞いて……こっそり温室にいらっしゃるお姿を」


 申し訳ございません、と少し照れたように俯く。


「あらやだ! 嬉しいわ~」

「美しいだけでなく、これほど勇敢な方とは存じませんでした」

「貴方も同じでしょ! でもまだしばらくは秘密ね。皆に気を使わせたくないから」

「承知しております」


 褒められるとやっぱり嬉しい。彼も少しずつ落ち着いてきたようだ。 


「来た!」


 誰かの声と同時に、ゴゴゴゴゴっと地鳴りが響く。予想よりずっと早いご到着だ。


「真下!?」


 グラグラと地面が揺れ、その後すぐに地面が盛り上がった。


(ホントに魔術師狙いね)


 現れた大蛇キメラは思ったより大きく、鱗のような鋼に包まれていた。

 真下に張った防御魔法にガツンと音をたて鋼の牙がぶつかる。


「お下がりください!」


 一緒に飛び上がった若い魔術師が私を庇おうと、私よりに出ようとする。


「貴方がよ!」

「!?」


 その気持ちだけで嬉しい。けど助け出す人数は少ない方がいいからね。

 私は彼をつかみ風の魔法で包み込んで、


「おいしょー!」


 と、遠くへ放り投げた。


「奥様~~~!!?」


 と言う叫び声が遠くなって行く。これでキメラの狙いは私だけになるはずだ。


「さ、こーい!」


 声をかけるまでもなく、ガツンガツンと防御魔法にぶつかり続ける。そうやって少しずつ上空へと引き付けた。大蛇キメラは諦めずに体を伸ばし、絶対に喰ってやる! というやる気と意気込みを見せる。


「全身が出たぞ!!!」


 作戦は上手くいった。キメラの胴体が全て地中から出たのだ。捕らえるための網や鎖、杭の準備も万端だ。


「じゃあ行ってきまーす!」


 一度大きく深呼吸した後、私は全身を防御魔法で包み込み、自ら大蛇の口の中へとダイブした。


 キメラの中を奥へ奥へと入って行くと、無機質な広い空間へ出た。生き物の体内とは思えない。


「これだ!」


 部屋の中で沢山の魔術師が繭に包まれており、全員静かに眠っている。その繭の糸は大きな魔石に繋がっていた。ここに魔力を供給しているのだろう。


 どのキメラにも共通するのが体内にあるこの魔石だ。基本的には魔力を注入した者の言う事をきくよう作られているが、このキメラは違う。ただ決められたように魔術師を取り込み、決められた通り魔獣を遠ざけていた。何百年も、もしかしたら何千年も。


 兵団長と私の意見は一致していた。


「キメラを討伐したくない」


 このキメラのいるおかけでブラッド領の山岳エリアは平和だった。かと言って300年後に解放されるからと生贄を捧げるわけにはいかない。


「魔石の魔力貯蓄技術はわりと近年……ここ100年ほどで確立したはずです」


 だから少しずつ体内の人間から魔力を補給していたのだろう。他のキメラも頻繁に魔力を注ぎ込む必要があった。キメラの特徴として、魔力なしに長くは動けなかった。


「なら魔力が貯蓄可能な魔石に入れ替えてみては?」

「それは難しいでしょう。巨大キメラを動かせる大きな魔石と、それを入れ替える為の技術が必要です」

「専門家か……」

「できるのは王家お抱えの学者くらいです」

「では王家を頼りましょう」


 だが兵団長は渋い顔だ。


「王家が公爵様に簡単に手を貸すとは思えません」


(そう言えばダンジョンの収益狙いだったんだっけ)


 なかなか簡単にはいかない……いや、王家と言えば1人知り合いがいるじゃないか!


「クリスティーナ様がいらっしゃるわ!」


 しかもあの人、大きな魔石持ってた! 魔石は通常小石程度だから、あれだけ大きければいけるはずだ!


「それは流石に厳しいのでは!?」


 驚きあきれる兵団長の気持ちはわかる。彼もクリスティーナ様の性格は良く知っているようだ。


「まあダメ元です」


 旦那様の髪の毛でも送るとでも言えばあの魔石をくれるかもしれない。

 私の手紙は急ぎ王都へ送られた。結果はわからないが、とりあえずこれで私がキメラの体内でやることは決まったのだ。


 小さな風魔法で魔石に絡まる繭の糸を切り離す。


「イタッ!」


 魔石に触れようとすると、バチバチっと強力な防御魔法に阻まれてしまう。どうやらここが弱点で間違いないようだ。


「私と魔術で勝負なんて2000年早いのよ!!!」


 出し惜しみはしない。拳に火、水、雷、岩、風の魔法を詰め込み、圧縮し、思いっきり魔石を守る防御魔法を殴りつけた。


「っしゃー!」


 バリンっとガラスが割れるような音と共に、防御魔法は消え去った。同時に囚われた魔術師達が繭から解放されたる。


「ふぅ……」


 今度は魔石に触れても何も起こらない。思い切って、大蛇キメラに埋め込まれた魔石を引っこ抜く。


――キィィィィィ


 思わず耳を塞ぎたくなる音が体内にまで駆け巡った。


 鳴き声なのか、悲鳴なのか、機能が止まる音なのかはわからなかった。


◇◇◇


 やっとこさキメラの口から外に出ると、沢山の冒険者に囲まれた。


「テンペストー!」

「よくやったわぁ」


 見慣れた顔にホッとする。兵団長や先ほどの若い魔術師が心底安心したという表情だ。

 キメラはガチガチに鎖と杭で固められていた。冒険者も兵も皆ボロボロだ。こちらも全員全力で戦ってくれたんだろう。


「こっちも皆頑張ったんじゃん」

「これでランク昇格いだだきねぇ」


 ミリアの喜ぶ顔につられてゴツイ冒険者達もウフフと笑っている。


「テンペスト殿、どうか今夜はこちらで用意したテントでお休みくだ……休んでくれたまえ」

「ありがとうございます。ですが今夜は仲間と一緒に過ごそうと思いますので」


 今日はとても充実していた。冒険者の皆と分かち合いたい。


 私達は翌朝、荷馬車で冒険者街へと戻った。馬車の中の話題は今回の報酬の使い道、旦那様の馬車がすれ違ったことにも気付かず、レイドに指摘されて夢中で喋りすぎていたことに気付いた。私も滅多にない体験をして、一夜明けても興奮状態だったのだ。


◇◇◇


「今のは!?」

「いかがされました?」

「テンペストが荷馬車に乗っていたぞ!?」


 すれ違った荷馬車の中、確かに見た。後ろ姿だったが、あの艶やかな黒髪を私が間違えるはずがない。

 一緒に馬車に乗っていたヴィクターは手元の手紙を読んでこう答えた。


「ああ、冒険者テンペストのことですね。ワイバーンを討伐したあの。今回はキメラの捕獲に一番貢献したと兵団長から連絡が」

「テンペストが来ていたのか!?」

「はい。先ほどの荷馬車で冒険者街に戻ったのでしょう。いい人材がいてくれてよかった」


 どういうことだ!!?

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