第14話 お帰り下さい
ネヴィルという町はブラッド領の中では中規模の町で、件の山岳地帯の中継地点となる場所にある。
「討伐に貢献したら昇格確約って美味しすぎるだろ」
冒険者の召集も、言い方は悪いが珍しく雑だった。だが成功報酬は大きい。それだけ領の兵団が焦っているのだ。
「日が沈むわ~」
ミリアはその言葉と同時に武器を構え、他の冒険者達と荷車から飛び降りた。
私は暗闇に一発火球を放つ。暗闇が照らされ、狼型魔獣がキャンキャン鳴き声をあげて逃げて行く。だが他にも魔獣がぞろぞろと。
「テンペストは巨大魔獣用に魔力とっとけよ」
「えぇ~!?」
「そうよ~貴女の凄まじい攻撃力を頼りにしてるんだから~」
「そうなの!?」
まさかそんな期待を背負っているとは知らなかった。
「そんなに私に期待してるなら早く言ってよ~!」
まだまだヒヨッコ扱いだったのにいつの間に認めてくれてたんだろう。同業者から頼られると嬉しい。
「お前すぐに調子に乗るからよぉ」
「さぁ諸君! 頑張ってくれたまえ~!」
「早速か!」
口を尖らせながらも冒険者達はバッサバッサと魔獣を捌いていった。
(あの本の通りみたいね)
屋敷で見つけた領史にはその巨大魔獣のことが記載されていた。
この魔獣達はその巨大魔獣から逃げ出しているのだ。
領史によると、その巨大魔獣は生贄を捧げる代わりに周辺を魔獣から守っていた。その巨大魔獣がその土地にいるだけで魔獣が近づいてこない。
生贄の儀式では何人もの魔術師を山の洞窟の前に並べ、それを巨大魔獣が腹に入れると書かれていた。それも生きたまま。少数の犠牲で大勢を守っていたのだ。
(あの辺、大昔は魔石が採掘されてたのか)
人の手で研磨されてない魔石は魔獣を引き寄せてしまう。だが大きな利益になる魔石の採掘は続けたい……かつて魔獣で溢れていたその土地で安全に採掘する為に、人々は巨大魔獣に生贄を捧げることを選んだ。
魔石は200年前には採掘され尽くしていた。稀に魔の森やダンジョンから出てくることもあるが、どれも高値で取引されている。
◇◇◇
私が無事魔獣を討伐し終えた冒険者達をヒールで治している間、ミリアは転がってる魔獣の中で1番売値が高い素材を切り取ってまわっていた。
「大丈夫よ~皆にも分配するから~」
何が大丈夫なんだ? という他の冒険者達の心の声が聞こえてきた。
再度荷馬車に揺られ目的地を目指すと、今度は上空に黒い煙が見えてきた。
「町が燃えてる!?」
(そんな……!)
家屋も崩れ、破れ折れている領の旗も。
(兵団の本体がやられた!?)
崩れた防護壁をくぐり抜け、急いで町の中に入ると、
「よく来てくれた! すまないがまず救助をお願いしたい!」
すぐに兵団長と会うことが出来たのは幸運だった。指示がバラバラだと混乱を招くだけだ。町を破壊した魔獣はすでに地中に潜り姿を隠していた。
「兵団長、失礼します」
私はとりあえずボロボロの兵団長にヒールをかける。
「ん? 君は……」
兵団長は何か思い出すように私の顔を見ていた。そして、
「え!? ええ!? あ!? ええええ!?」
キリっとした威厳のある顔が、驚きで崩れている。周りの兵たちはそんな様子を何事かと不安そうに見ていた。
(この人の方が私の顔覚えてんじゃん!)
一度だけ屋敷の中で軽く挨拶をしただけだが、旦那様より記憶力は優秀そうだ。
口元に人差し指をあて、しーっと言うと、壊れた人形のようにコクコクと頭を前後に振っていた。偉い人が
「ミリア~! 兵団長さんに例の巨大魔獣の伝説、話してあげて~」
「了解よ~」
両脇に兵を抱えながらミリアが戻って来た。
「詳細は彼女に」
「わ、わかりました!」
巨大魔獣の正体のお話はミリアに任せ、私は上空へと飛び上がる。
「みんなー! 大雨が来るよー!!!」
両手をパチンと叩いた後、大きく腕を広げると、雨雲が町を覆った。そしてそのままザーザー降りの雨に。少しずつ、火は消えていった。
「よっと」
忙しい忙しい。上空から降り立った後は、兵士たちの治療だ。急いで救護所へと向かう。
「何だ貴様! 冒険者ごときが我々に気安く触れるな!」
「あんたこそ何!? さっさと救助に行きなよ!」
「なんだその態度! 気に入らん! ギルドに報告して降格させてやる!」
「やってみろ! その顔、覚えたからな!」
「こちらも覚えたぞ! 覚悟しておけ!」
急に絡んできたのは兵団の小隊長。自分は怪我もしていないのに、なんでここにいるんだ。
「何をしている!!!」
怒鳴り声を聞きつけたのか、私がここに降り立ったのを見たのか、兵団長が駆け足でやって来た。
(やっぱり存在を気付かせない方がよかった)
これは反省しなけれあば。彼はもっとすべきことがあるのに、
「この女が出しゃばって口答えするのです!」
「馬鹿者!!! この方はっ!」
「兵団長!」
(今はやめてー! 後で自分でネタばらししてこのクソ小隊長ギャフンするから! 今はそれどころじゃないし!)
という視線を兵団長へと送る。
「い、いいからさっさとお前は救出に向かわんかー!!!」
兵団長の怒号が響き渡り、流石の小隊長もこれ以上彼を怒らせるのはまずいと気が付いて急いで救護所を出て行った。
「覚えてろよ!」
「てめぇもな!」
という腐れ台詞をお互いに吐き捨てて。
「申し訳ありません!」
「いえいえ~そんな~オホホ……」
先ほどの汚い言葉使いがいつもの私ではないことを知ってほしくて、今更行儀よく振る舞う。まだ遅くないと思いたい。
私のヒールを見て、兵団長はとても驚いているようだった。
「ヒールがお得意だとは伺っておりましたが、これほどまでとは……」
「他に怪我をした方は?」
「町人たちが数名。よろしいでしょうか?」
「もちろん!」
この兵団長は良い人だ。身分がどうあれ人を助けることに抵抗がない。
現状、死者が出なかったのは不幸中の幸いだが、町を失った彼らの表情を見るのは辛かった。
「先ほど聞いた話が本当なら、喰われてしまった兵達は……」
「多分生きてます。その前に食べられてしまった人も」
兵達はボロボロの姿にされてしまっていたが、巨大魔獣の直接の被害があったのは兵団所属の魔術師だけだった。
「明らかに魔術師を狙っていて、捕食した後すぐに地中に……」
「やっぱり」
巨大魔獣伝説には続きがあった。300年ごとに、300年前の生贄たちが世界に
「必要なのは多分魔力だけなんですよね」
食堂の婿さんから聞いた『生贄の甦り伝説』の生贄の条件は魔術師という話だった。先に食われている領民達もおそらく魔力を持っているのだろう。
「何故そんなことを」
「単純に魔力を貯めこめないのかもしれません」
魔術師はいわゆる電池。生贄の魔力をエネルギーにして、他の魔獣を遠ざける能力を発現しているのだ。そして300年に1度、電池がきれた者を外に放り出し、新たな電池をよこせという。
「巨大魔獣はやはりキメラだったのでしょう?」
「はい。鋼で覆われた巨大な蛇でした」
「ではやはり、大昔の誰かが魔獣を遠ざけるための
キメラは人間に作られた魔獣だ。目的はそれぞれだが、人間の為に働くよう作らたものが多い。キメラを作る技術はすでに失われているので、詳細はわからないが。
「どうやって助け出しましょう」
「それはそれほど難しくはないと思います」
「奥様! なんと頼もしい!」
「ここではただの冒険者でお願いしますね」
「はっ! 失礼いたしました!」
綺麗に敬礼してくれるが……大丈夫か?
「お話し中失礼します! 公爵様は明日午後到着予定とのことです!」
「わかった」
急に兵士が我々が話し込んでいるテントに入って来た。
(げぇ! ここにくんの!?)
危なくない? 旦那様に何かあったら大変なのに。
「公爵様はこのことをご存知で?」
「いいえ。ですが好きにしていいと言われておりますので」
「それは存じておりますが……なんでまた冒険者に?」
「そりゃあ冒険者になりたかったからです」
兵団長はキョトンとした。どんな答えを予想していたのだろうか? そしてニヤリと挑発的な笑顔の私を見て、今度は大笑いだ。
「ああ! なんて素晴らしい方がウェンデル様の側にきてくださったんだろう!」
なんだかとても喜ばれてしまった。だがその言葉は少し複雑だ。
「旦那様には危ないから来ないよう言ってもらえませんかね」
「そうですね。奥さ……テンペスト殿もやりづらいでしょうし」
そう言うと兵士に声をかけ、
「ここは私どもにお任せ下さい、と公爵様に急ぎ伝えてくれ」
と、伝令を出してくれた。
(そうだそうだ! 帰れ帰れー!)
兵団長とは仲良くなれそうだ。
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