第13話 未確認巨大物体接近中

 嫁入り後、あの結婚式の悪夢はなんだったんだ? というくらい楽しい日々を過ごしている。ダンジョンに入り、依頼をこなし、がっぽり稼ぐ毎日だ。


(はーはっは! 笑いがとまらん!)


 最近は悔しいが旦那様の功績を実感している。この街でなら冒険者は公平で適正な評価を受けることが出来るのだ。他領からやってきた冒険者達はここでの待遇にいつも驚いていた。


「買取所が足元みたり、ギルドが賄賂で冒険者の功績を横取りして別の冒険者の功績に仕立てたりするからな」

「そんな酷い事すんのか!」


 この街以外の冒険者街を知らない私とレイドは『へぇ』の嵐だ。 


「この街でAランク評価受けたやつと、他所でAランクになったやつとじゃ実力に雲泥の差があるしな」


 当たり前だけどな~。と隣席の冒険者が話に入ってくる。


「そういや先週この街に来たあの威張り腐ってたAランクの奴ら、あっという間にダンジョンの餌になってたぞ」


 冒険者が無駄死にしないよう、ギルドが案内人を紹介や、ダンジョン情報を公開しているのだが、それをダサいと馬鹿にして命を落とす高ランク冒険者もいた。


「優秀な冒険者を長く滞在させるっていう、旦那様の思惑通りになってるのね」

「出たよテンペストの嫁面が」

「だって嫁だもーん」


 もはや誰も信じないので気が楽だ。


「お前ら~のんびりしてていいのか~?」


 外から帰って来た食堂の店主が冒険者達に声をかける。


「兵隊さん達が慌ただしく動いてたぞ~」

「お! 久々の大物か!?」


 ガタガタと席を立って出ていく。ワイバーン以降、特に大きなイベントはない。いたってだ。

 冒険者達はギルドへ向かった。何かあれば1番に情報が降りてくる。


「それで嫁はまたなんにも知らないのか?」

「知らなーい」

「夫婦仲がうまくいってないの?」

「それは……うーん」


 クリスティーナ様の件があってから旦那様との会話が増えていた。毎朝食事中、1つだけ質問をしてくるのだ。


「す、好きな色は?」

「何か食べたものは……?」


(プロフィール帳でも作ってんの!?)


 じれったいから例の用紙くれたら全部書くけど!?

 というか、旦那様は冒険者テンペストに恋をしていたのでは? なにやらこの会話だけで幸せそうだ。


(ついにバレた!?)


 そう思った日もあったがどうも違う。


「困ったことがあったら何でも言ってくれ。ヴィクターではなく直接私に」


 ということは、旦那様は今気持ちの面で二股中。実際の所、股はわかれていないが。

 それにしても惚れっぽいぞ旦那様。イベント発生しただけでホイホイ惚れてるじゃないか。


(うちの旦那様、もしかしてちょろイン!?) 


 私が金髪に染めて旦那様の前に現れたらまた別人格として惚れられるのでは!?

 とはいえ、あれから特に冒険者の私へアクションがあるわけではない。あくまであの一瞬のトキメキだったのだろうか。


「おーいテンペスト~!」

「なーにー」

 

 ギルドに到着すると、いつもの調子で依頼窓口のハイネが声をかけてくる。


「ご指名依頼が入ってるぞ~トゥルーリー商会からだ~」

「ええ!?」

「一昨日から連絡入ってたんだが、お前ギルドに来ないんだもんな~どこの宿に泊まってるんだぁ?」


 どうやら二股を進めるつもりになったようだ。


(あのクソ旦那~!)


「明後日だけど大丈夫か~?」

「うん! 楽しみにしてるって伝えといて!」


 いい加減ハッキリさせてやろうじゃないか。恋に落ちた相手が誰か、今度こそしっかり見るといい!


(まーた腹立ってきた!)


 まずは妻の顔すら覚えていなかったことを反省させてやる! 


「なんだ!? 怖い顔して!」

「別にー」


 説明を聞きに行っていたレイドとミリアが戻って来た。


「領境のあたりで巨大魔獣の被害がでてるらしい」

 

 だが冒険者達はのんびりしている。


「討伐に行かないの?」

「地中を移動しているらしくって今はどこなのかわからないらしいわ~」


 それはブラッド領に接する山岳地帯で起こっていた。小さな村がぽつぽつあるエリアだ。ここからはそれなりに遠い。小さな山崩れが起こった後、その巨大魔獣の被害が出始めたということだ。すでに何人か食べられてしまったらしい。


「あの辺りは魔獣の被害も少ねぇのに。もう何百年もこの領の平和の代名詞みたいな場所だ」


 それは知らなかった。ブラッド領はダンジョンが有名だから、わりと荒い領地の印象があったが、そんな穏やかな土地も存在していたとは。公爵夫人としてはもう少し領地のことを勉強すべきなのかもしれない。


「ここまで報告が届くのも時間がかかってしまったようねぇ」

「巨大魔獣がこんな街中きたら大変だぞ」


 もちろん旦那様もその考えに至っているようで、すぐに巨大魔獣の現在地探るための斥候部隊を送ったようだ。ある程度場所が絞れたら、また冒険者ギルドにも声がかかるらしい。


「文字通り大物が来ちゃったわね~」

「巨大ってどのくらいなんだろ?」

「酒樽が10個以上並べられる大穴があったらしいぞ」

「それはデカい!」


 そんな魔獣、今までどこにいたんだ!?


「おーいテンペスト~」

「なーにハイネ。また依頼?」

「さっきのトゥルーリー商会の件、取り消しになっちまった~なんでも急用ができたとか……」

「そう。わかった」


(ちっ! 命拾いしたな)


 それにしても律儀な旦那様だ。お付き合いしたらマメなタイプなのかもしれない。すでに結婚までしてるけど。


 少なくとも明後日までにこの巨大魔獣の処理は厳しいと言う判断だろう。今日は冒険者として動けそうなことはない。

 案の定、領主様旦那様からダンジョンの入場制限がかかっていた。いつでも動員をかけられるようするためだ。他所ならブーイングの嵐だろうが、長くいる冒険者ほど誰がこの冒険者街に心を尽くしているか知っているので、仕方ないな、という反応ばかりだった。


(屋敷に戻ってその巨大魔獣がなにか調べるのもありね)


 屋敷には大きな図書室がある。


(備えあれば患いなしって言うし)


 大技が使えなかった時のことを考えると、敵のことを事前に知っている方がいい。魔術向上にイメトレイメージトレーニングは大事だ。


「どうした?」


 レイドは私がいつものように、魔獣狩りだ~! と騒がず大人しいので不思議に思ったようだ。


「その巨大魔獣の情報がないか探してくるわ」

「私も下調べしようかしら~確かあっちの食堂の婿さんが山岳地方出身なのよ~」

「じゃ、じゃあ俺も!」


 いつもよりずっと早く屋敷に帰り着くと、エリスの驚いた顔に笑ってしまった。久しぶりのお土産も喜んでくれた。


(公爵家の名は伊達じゃないわね~)


 屋敷の図書室には壁一面に分厚い本が並んでいる。


「奥様、ブラッド領の領史はこちらです」

「ありがとう!」


 それは歴代領主の手記をまとめたものだった。

 ミリアの記憶力のおかげで、最短で有力な情報を得る事ができたのだ。食堂の婿さんが地元にある伝説を話してくれた。


「300年に1度、山に生贄を捧げる!?」

「そうそう! その村はもうないんだけどさ。俺のひいじーさんがその村出身でよ~! 小さい頃聞かされたんだ。いや~ぞくぞくする話だった!」


 話の大枠だけ覚えていたようで詳細までわからなかったが、直感的にコレだと思えた。

 

(だいたい未確認巨大魔獣がポッと現れるなんて変でしょ)


 どこかにいたはずだ。それが動き出した。山崩れで目覚めたのか、それとも。


「奥様、これでしょうか?」


 エリスが手伝ってくれていた。旦那様の役に立つことだと言ったらそれは大喜びで。私が彼の為にいつもの放浪から帰って来て、彼の為に動いている、と勘違いしたのだ。


(結果、旦那様の為になるのは悔しい気もするけど、領民に罪はないしね!)


 税金で暮らしている身としては、このくらい貢献して然るべきだろう。なにより自分の為だし。


「これこれ! これだ!」


 エリスが見つけたのは予想通りぴったり300年前の領主の記録だった。600年前に書かれた記録を元に300年前の領主が確認した、という内容だ。600年前の記録はすでに消失していたので詳細は確認できないが、確かに巨大魔獣がいたという記述がある。


「じゃあ私はまた出てくるわね。今日は帰らないわ」

「奥様!?」

「エリスはこの事、旦那様に伝えてね~」


 追及される前に急いでその場を去った。これで無断外泊で心配させることもないだろう。


「さぁ! 初めての遠征にしゅっぱーつ!」

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