第12話 勘違いは渦を巻いて膨らむばかり

 私、ウェンデル・ブラッドは公爵家の長男だ。

 だが実際には腹違いの兄がいた。父が若い頃使用人の女に生ませた子だ。だが聡明で少しの野心もなかったので、領地の屋敷で父の補佐として働いていた。

 

 私の母は領地を獣臭いと嫌がり、王都から出てこなかった。父も王都と領地を往復する日々。そんな私を兄はとても可愛がり、自身が結婚した後も家族のように温かく見守ってくれた。


「兄上、私は冒険者になりたいのです!」

「ウェンデル様……兄上というのは少々問題が。それに領主の勤めがございます。冒険者はなかなか難しいかもしれません」


 困ったように笑う兄を見たのは1度や2度ではない。

 

「では私が冒険に出ている間は兄上が領主代行をしてくださればいい!」

「またそのようなことを……いつかは美しい奥様を娶って立派な領主になられるのですよ」

「どうせ政略結婚だ。兄上のように好いた人と結婚がしたいよ」

「ウェンデル様であれば、きっと素敵な方がお側に来てくださいます」


 この頃から兄の方が私より領主として相応しかった。領民を大切にし、暇があれば難しい本を読んでいた。優しく穏やかで、誰からも愛されていた。


「では、ウェンデル様が冒険しやすいように街を整備いたしましょう」

「それがいい! ここを冒険者の街にしよう!」


 愛する人と結婚することも、冒険者になることも、自分には難しいことは知っていた。だからせめて冒険者と関われるような領主としての仕事を、という兄の配慮が嬉しかった。


 そんな兄は父と共に死んだ。生まれたばかりの彼の息子を残して。王都への道中、魔獣に襲われたのだ。あっけない最期だった。


(母上が領地にきたのはあの葬儀が最後だったな)


 兄の子はその母親共々、遠方へと追い払われた。後継ぎを主張されては堪らないと私の母が恐ろしい剣幕でまくし立てていたことを今でも覚えている。

 そうして私は若くしてブラッド公爵となった。


「兄上が領主になるべきだったのに……」


 あの雨の日の葬儀が忘れられない。


(昔の夢か)


 執務机でうたた寝をしていた。机には書類が山積みになっている。急な来訪者クリスティーナにどうなることかと思ったが、大きなトラブルなく彼女は王都へ帰っていった。間違いなく妻の功績だ。


(なぜあそこまで頑張ってくれたんだ?)


 直前に酷い難癖をつけられ怯えていたのに。クリスティーナの品格がこれ以上落ちないようと、別室で彼女の想いを吐き出させ、更には励ました。


「公爵様、ダニエル様からお手紙が届いております」

「ああ」


 のダニエルが暮らしに不自由しないよう支援していた。兄の妻は後を追うように亡くなった。また家族を1人失った気分だった。


 クリスティーナから逃れるために結婚したウィッシュ家の娘が、自分のせいで不幸になったのだと知った時の衝撃は凄まじかった。

 結婚式のあの日、花嫁の控室へ挨拶へ向かっていた途中、その部屋から大声が聞こえてきたのだ。


「よくも騙したわね!?」

「お嬢様! 諦めが悪いですよ!」

「くどいです!」


 どうやら自分の妻になる人物の声だと気付いき、その場から動けなくなった。彼女に花嫁衣装を着付ける為の侍女やメイドが、叱ったり宥めたりしている。


「私は自由に生きたいの! 結婚なんてしたくないってずっと言ってたじゃない!」

「贅沢なお悩みです」

「お相手はあのご容姿ですよ!?」

「私が好きか好きじゃないかでしょ!」


 まさか私と結婚を望まない女がいるとは……そんなこと考えもしなかった。あらゆる女性に結婚してくれと迫られてきた人生だったのだから。

 そしてそれと同時に、私はやはり『家族』というものに縁がないのだと思い知った。妻は、自分と家族になることを望んでいない。

 

 だから彼女に自由を与えた。私の都合で犠牲になったせめてもの償いだ。

 彼女を見ると罪悪感で胸が潰されそうだった。絶対に冒険者になる日は来ないことを知った、あの雨の日の自分を思い出す。

 

 それなのに、彼女が寂しがっていると聞いた時は驚き、少し嬉しかった。


(彼女の家族もこの屋敷では私だけじゃないか)


 勝手に連れてこられたこの土地で、1人寂しく感じるのは当たり前だ。

 ※テンペストは今が人生で1番楽しい


 せめて朝食の時間だけは一緒にと、どれだけ疲れていても無理をして早起きをした。罪悪感からなかなか目を合わせられなかったが、挨拶は出来る仲になれた。


(いつか家族のように振る舞える日がくるかもしれない)


 彼女も別に私自身を嫌っているわけではないようで、疲れている私を労って強力なヒールをかけてくれた。あれだけのヒールを使うことは彼女にとっても負担のはずだ。

 ※あの程度で借りを作らずにすんだとほくそ笑んでいた


 それに妻は毎月渡す金をほとんど使わず、孤児院に寄付しているのだ。ドレスや宝石は必要最低限しか買わず、しかもそのドレスは私の瞳の色だった。

※お金を旦那様に返したくないだけ

※侍女が選んだだけ


(もしかしたら妻も私と仲良くしたいのかもしれない!)

 

 そんなことを考えて彼女との生活を送っていた。


(なのに私は……!)


 私は、あの冒険者が気になってしかたがない。なんて不誠実な男なのだろう。優しい妻がいるというのに。罪悪感が泉のように湧き出てくる。

 

 強く自信満々な姿を見て心が満たされる思いだった。私の容姿に囚われることもない。

 それに彼女からは強烈な生命力を感じた。きっと私の前から突然消えてしまうことはないだろう。彼女から溢れるエネルギーで自分も前向きに、元気になれた。

 強く可憐で凛々しい、冒険者テンペスト……彼女が愛しい。その想いを消すことはできない。


「テンペストに会いたい」


 思わず口からこぼれてしまった。


「奥様は本日もお出かけされております」


 ヴィクターは困り顔だ。彼女には自由を約束していた。なかなか行動を制限するのは難しい。


「奥……様……?」


(そうだ! 名前が一緒じゃないか!)


 だが姿は全然違う。冒険者テンペストは不自然なほどの白い髪の毛で、妻の方は艶やかな黒髪だ。


 性格も違う。冒険者テンペストは自信家で力強い意志を感じた。

 妻テンペストは優しく包容力がある。それに夜会では公爵の妻としての役目を果たそうと王姪クリスティーナを励まし、その場を丸く収めてくれた。今では心強い味方に感じている。

※さっさと夜会を終わらせたかっただけ


(あれほど酷い言葉を浴びせられたというのに、なんて慈悲深い)


 妻と過ごすと、いつも心の中がほんのりと温かくなった。先日の夜会で絆も深まったように感じている。

 夜会での対応は完璧だった。礼儀作法も客人達への対応も、そしてトラブルにも。公爵として生きる私の伴侶として、彼女ほど頼れる女性がいるだろうか。


(私は、冒険者テンペストも妻のテンペストも愛しているのか?)


 先ほどから冒険者テンペストの事を考えると、どうしても妻の顔がよぎったのは罪悪感のせいだと思っていたが、罪悪感というには少し違和感があったのだ。その違和感が、妻への恋心なのだと気が付いた。


 そうなるといよいよ最低な男だ。軽蔑に値する男だ。あの尊敬する兄には見せられない。


 情熱的に、燃え上がるように恋に落ちたテンペストと、穏やかで、まるで春の日差しのような暖かさで包み込んでくれる妻テンペスト。


「ああ! どちらを選べばいいんだ!」


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