第11話 危険なものも使い方次第

 クリスティーナ様が、あの美しい笑顔のまま取り巻きと一緒にこちらへと向かってくる。向けられる感情と表情にギャップがありすぎて混乱しそうだ。


「ウェンデル様~! 今日もなんて素敵なんでしょう!」


 恋する乙女のうっとりするような目、頬は赤く染まっている。


「また体を鍛えられたのですね! その腕に抱かれたいわ~!」


 取り巻き達とキャッキャと大騒ぎだ。そのセリフ、嫁入り前に大丈夫!?

 

 ちょうど胸にある大きな魔石がキラリと輝いた。


(高そ~)


 流石王族。いいもの持ってる。あの石があると魔力を貯蓄できるので魔術師にとっての便利アイテムなのだ。


「ねぇこの魔石、陛下にいただいたのよ? 貴方の髪色と同じね!」


 旦那様はその魔石を見ることもなく、ただ頷くだけだった。

 

 このお姫様の興奮気味なテンション、私はつい最近体験している。斜め前にいる旦那様だ。


「これだけたくさん人がいても、貴方以外目に入らないわ!」

「今日は妻を紹介いたします」


 ムスッとした表情のまま、クリスティーナ様のテンションに動じることなく、淡々を話を進めようとした。


テンペスト・ブラッドでございます」


 礼儀通り深く頭を下げた。冒険者としての勘が鈍い私でも、これから起こることは予想がついたので少し気合を入れる。


が貴方の結婚相手?」


(『それ』ときたか~!)


 綺麗な顔して喋りはドぎついじゃないか。惚れている相手の前だろ? クスクスと取り巻きが笑い声をあげる。だが私は少し違和感を感じていた。


(なんだろうこの感じ……)


 なにかわからずモヤモヤする。決して小娘達のおままごとに反応したわけではない。


 先ほどのクリスティーナ様の言葉を聞いて、睨みつけるような目つきになった旦那様を、こっそり服を引っ張って止めた。どうやら旦那様、家族を守るという義務感はあるようだ。それは普段興味のない妻にも適応されるらしい。

 やっぱり家族と縁が薄いことを気にしているのか?


 だが、私なりの対処法もある。事勿れことなかれ主義の前世の価値観を採用しようじゃないか。


(お国の為に気持ちよく隣国の女にだらしないクソ王子に嫁いでもらわなきゃ!)


 餞別代りだ! 言いたいだけ言うがいい!


(えーっとこういう時は……)


「あっその……私などが申し訳ございません……」


 なーんて言っちゃたりして~! オドオドした女は嫌いだろ? ほら、もっと文句言ってもいいのよ!

 口元に手をやり、俯く。これで怯えてる風にみえるだろうか。


「なんて重苦しい髪なのかしら……目まで真っ暗な暗闇だわ! 目障りよ!」


 そうよそうよ! と取り巻き立ちが後ろからヤジを飛ばす。


(難癖つけるパターンできたか!)


 この国で黒髪黒目はそこそこ珍しいが、そこそこ程度だ。いやそれよりも、有難い言葉を言い放ってくれたじゃないか!


「申し訳ございません!……お見苦しいものをお見せするわけにもまいりませんので、これにて失礼させていただきます……どうか皆様はこのままお楽しみください……」


(ヒャッホー! お先に失礼しマース!)


 サッサとずらかるぜ! あばよ! 達者でな!


 ヨヨヨ……と、顔を隠しながら後退りして出口へ向かおうとすると、


「お、お待ちなさい!」


 そそくさと会場を後にしようとする私を慌てて引き止めた。


「まだよ! まだ貴女に言いたいことがあるわ!」

「あ……はい。どうぞどうぞ」


 こちらとしてはもう帰る気持ちになっている。早くしてほしい。


「こっちを見なさい!」

「あ、はい」


(見てる見てる! ちゃんと見てるから!)


 急に鼻息が荒くなる。美人は怒っても美人だ。


「貴女みたいな女がウェンデル様の妻だなんて恥ずかしいでしょう! 恥ずかしいと言いなさい!」

「恥ずかしいです!」

「!!?」


 いや、クリスティーナ様が言えって言ったんじゃん。なんでビックリするの。


(ん? 今なにか……)


 なにか気配を感じた。取り巻きの令嬢付近からも似た気配を感じる。相変わらず馬鹿にした顔でこちらを見ているが。


「は、恥ずかしいのなら……今すぐこの方と別れなさい。離婚すると言いなさい!」


 私の瞳を射すように見つめている。見つめ返すと彼女の瞳の中が渦巻いているのが見えた。これが恋する乙女の嫉妬の炎と言うやつか。なかなか禍々しい。


「クリスティーナ様!!!」


 流石の旦那様も声を上げた。まあ、普通に考えたらやり過ぎだ。


「それに関しましては私に決定権はございません。どうか旦那様と陛下にお話しいただければ……」

「!!?」


 またビックリしている。離婚の手続きは厄介だ。公爵家ともなれば、結婚にも離婚にも王の承諾が必要となる。それは彼女もわかっているだろうに。


「貴女! ちゃんと私を見ているの!?」

「はい。美しい青い瞳の奥まで」


 その時急に旦那様が私の肩を引き寄せ、目を手で覆った。


「な、どうしました!?」


 何も見えない。そしてやっと先ほどの変な気配がわかった。

 クリスティーナ様、何か魔術を使っているな。


(洗脳魔術か!)


 合点がいった。あの取り巻き令嬢達は操られているのだ。


(洗脳魔術ってなかなか難しいのよね~禁術扱いだし)


 それが使えると言うことはかなり努力したに違いない。


(努力の方向性が残念だけど)


 洗脳魔術の耐性は人それぞれ。洗脳するのにそれなりに条件がある上、魔術の素養がある者、メンタルが強い者はかかりづらい。つまり私には全く効果がない。極端に効いた恥ずかしいと言ったかと思ったら全く言うことをきかなかったのでクリスティーナ様も驚いたことだろう。


「これ以上は公爵家への敵意とみなします」


 ドスの効いた声が聞こえてきた。どうやら旦那様はかなりお怒りのようだ。そもそも攫われかけてたし、怒って当然か。


 会場中がこの騒動の行方を見届けようと、シーンと静まり返ってしまった。


(あーあ……)


 面倒はごめんだ。


「クリスティーナ様、別室でお話しいたしましょう」

「いやよ! 貴女となんて……!」

「旦那様も一緒ですから」

「!!?」


 なにビックリしてるんだ。嫁に後始末任せてんじゃねぇぞ! って、旦那様も彼女を歓迎はしてないしな。さっさと決着をつけよう。王族と争ったって誰一人幸せにならない。


 来賓室のソファに座っているクリスティーナ様は、涙を我慢して震えていた。洗脳魔術がバレたことは分かっているようだ。


「なんで貴女、少しも洗脳がきかないのよ!」

「妻は強力なヒールが使えるのです」


(なぜ旦那様がドヤるんだ)


 ま! ヒール以外の方が得意ですけどね!


「先日の盗賊、クリスティーナ様が雇ったのですね」

 

 旦那様が冷たい声を投げかける。


「……そうよ。貴方を嫁入り先に連れて行こうと思って」


(思い切ったな!?)


 まさか隣国まで連れて行くつもりだったとは。


 旦那様はギョッとしたあと、大きなため息をついている。クリスティーナ様を罪に問うことはできない。彼女は隣国への捧げモノだ。代わりはいない。


「クリスティーナ様」


 先ほどと同じように瞳を見つめ合う。彼女も魔術で癖になっているのか、すぐに目を合わせてくれた。


「クリスティーナ様、今ここで本心を吐き出してみてはいかがでしょうか」


 洗脳魔術のお返しだ。この魔術は効果時間が長くはないし、他の誰かにバレることはないだろう。


「なんで結婚したの!? せめて貴方がずっと1人だったら我慢できたのに! 誰かのものにならないでよ!!!」


 堰を切るよう、わあー! と、大泣きし始めた。そっとハンカチを差し出し背中をさする。


(あーわかる! その気持ちわかる!)


 推しの結婚報告で大ダメージをうけ、祝福したいのに出来ない自分が惨めだったことを思い出す。


「それにあんな王子と結婚するなんて嫌よ! 貴方がいなきゃ耐えられない!!!」


(それもわかる! 推しにお金を落とす楽しみがなければ仕事なんて頑張れなかったし)


 頭を縦にふって全力で同意する。


「どうしようもないことだって……わかってる……だけど何もしないなんて……できることはしなきゃって……」


 そのできること、だいぶ過激ですけどね!


「やらない後悔よりやる後悔って言いますから」

「わかったような口きかないで!」

「スミマセン!」


 同意したのに怒られてしまった。とはいえ、背中をさすることは許してくれている。


「……ごめんなさい」


 ヒックヒックとしゃっくりを上げ、小さな声で謝った。吐き出してスッキリしたのだろう。彼女も立場上、こんなに大声を上げて不満をぶちまけるなんて出来ない。

 盗賊騒動は謝って済む問題ではないが、こちらは許す以外の選択肢がないのだから謝ってくれただけマシだろう。


「……貴女、私を洗脳したわね!?」

「洗脳魔術も少々嗜んでおります」

「まさかそれでウェンデル様を!?」

「まさか! ただの政略結婚です。手もつないでおりませんのでご安心を」


 ね? と旦那様の方を見ると、少し戸惑いながらゆっくり頷いた。

 彼女はそれで少し気持ちが落ち着いたようだ。勝ち誇ったような顔をして、


「ま! 貴女の魅力じゃそんなもんでしょう!」


 と、捨て台詞をはいてくれた。


(こんガキャ! 調子に乗りやがって!)


「クリスティーナ様、最後に強力な洗脳をさせていただきます」

「はあ!?」

「貴女様は異国でもその力を遺憾なく発揮し、その美貌と行動力であらゆる人間を魅了するのです!」


 彼女の瞳を見て言う。彼女も見つめ返した。

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