第19話 お約束
小説は、読むから楽しいのであって、リアル体験するもんじゃねぇ。
前方数km先の無数の赤い点と少しの青い点を見つけ、私はどうしようか考える。
――このまま見なかったことにしてぇ。ひーふーみー…5人か。
このまま行けば、あと数分でかち合う。魔物の多さから言って、多分虫系だろう。となると、ひたすらめんどくさい。
「………グランさんや」
「なんだ?」
「スピードダウン」
「どうした?・・・あぁ、何か来るな。気配からすると、亜人種とインセクタァ系の魔物か。この谷に群れで生息するのは、巨兵蟻(ジャイアントキル)だろうな」
グランはスキルとかはないみたいだけど、竜人の本能的に鋭いようで広範囲な察知能力に優れている。因みにウォルフは鼻で嗅ぎ取ってるっぽい。結構な速度で距離が縮んで来てるから、そんなグランの察知能力の範囲にも入ったようだ。
「一旦、どっか上に退避しとこうか。どういう状況か分かんないし」
「そうだな」
崖にいい感じに待機できそうな場所がないか見渡しているグランの横で、息を整えつつ耳を立てて前方を見るウォルフが顔を顰めた。
「助けねぇの?」
「言ったでしょ。状況が分からない。こんなとこ来るくらいだから、腕に自信のある冒険者か、私たちみたく訳ありってことでしょ。余計な手を出すことになるかもだし、あの数相手にするってなると私たちが無事で済むとも限らない。因みに、今こっちに向かって来てる魔物は200匹以上いる」
「200!?そ、れは」
「ウォルフ、分かってると思うけど、優先順位決めとかないとダメ」
「優先順位…」
「私の場合、美味しいご飯と身の安全と楽。それを守る為に切り捨てるべきは切り捨てななぁと思ってる。この世界は、相当シビアだからね。私は初日山賊に捕まった時に悟った。揺らいだらすぐ死ぬ。自分が伸ばせる手の長さを勘違いしたらダメだよ。今のウォルフに伸ばせる手はまだない。それが分からないようなら、君に外の世界は向いてない」
「…分かってる」
「ならいいけど。それから、何事もまずは俯瞰…一歩引いた場所で観察。状況とか、情報把握できずに突っ込んでってもダメ。落ち着いて行動、これ基本」
ま、私の場合慌ててもしゃーないって精神が強いけど。母さんが言ってた。幼少期、犬に嚙まれても泣きもせずに歓談してた母さんのもとへ血をダラダラさせて報告に来て、小学校の時、彫刻でざっくりいっても慌てもせずに無言で立って保健室に向かうような子供だったと。正直、あんまり覚えてないけどびっくりしたのは一応覚えてる。腕と手の甲に痕が残るくらいの重傷ではあったし。
「…分かった」
「あそこがいいな」
避難場所に目星をつけたらしいグランが指さしたのは、頭上500mはありそうな岩の一部。
目は人並みだから分かんねぇけど、グランが言うなら窪みはあるんだろう。ただ…
「高くねぇ?ウォルフには無理でしょ。今日は特に。そして、私を抱えて登れんの?」
ウォルフは私が昨夜作ってあげたブーツを履いたことの弊害として、今上手く歩けない。何でもまともな靴を履いたことがないらいし。布靴か裸足でしか過ごしてこなかった為、革の硬さのあるブーツに慣れず、今日は走るのにも四苦八苦してる。あの崖を登るのは無謀だろう。だから脱げって言ったのに、謎に意地でも脱ごうとしない。因みに、グランは起きた時には通常運転に戻っていて、物凄く熱烈に恭しい感じで崇め奉っていた・・・靴を。
「問題ない。2人とも抱えていく」
「え…凄いね。世辞抜きに」
「造作もない」
そう言って、私を抱える手とは反対の腕にウォルフを小包の如く小脇に抱えて地を蹴った。
「うぉっ!?」
「ひっ」
ふわっとそわっとする感覚に、私は目の前の首にしがみ付く。安定性が崩れたわけでもないけど、手も使わずに崖の窪みを何歩か蹴りつつ登って行くのを見てるとヒヤッとはするから。遊園地のアトラクションとも違う感覚に、おぉっと声が漏れる。ウォルフは恐怖を覚えるらしく、尻尾を丸めて耳がペタッとなってる。うん。ちょっと可愛い。
「怖くなさそうだな」
結構広さのある目的地について、私を面白そうな顔で見るグランに、肩を竦めて応える。アミューズメントに富んだ現代文明に育った私は、絶叫アトラクションは平気な方だ。取り敢えず地面に下ろしてもらったところで、グランが呟く。
「来た」
下を見るグランの言う通り、まだ大分遠いけど見晴らしがよくなったのもあって目視できる距離に土煙が見えた。その中から火魔法が上がる。
「冒険者だな」
「うっわ。蟻の大群って、あの大きさにでもキモイ」
「あれがジャイアントキル」
ウォルフも恐々と下を見つめて呟く。
見たところそれなりに対抗しつつ逃げてきている。恰好から言えば、グランの見立て通り冒険者だろう。種族は分からないけど、男3人女2人の5人組が、それより更にでかい蟻に追われていた。人間との対比から言って3〜4mはある。
「手に負えてないみたいだね。どうしようか?」
「カエデの好きにすればいい」
「私に押し付けられてもなぁ」
「そんな気は全くない。ただ、カエデの望みを叶えるのが、俺(下僕)の勤めだ。たとえ貴女が見捨てるとしても、それはカエデの責任ではない」
「まぁね。ここ来たって決めたのも、壁の外に出るって決めたのもあの人らの自己責任なわけだし。助ける義理ないしね」
下の様子を見つつ、それでも疼く日本人の道徳観に少し迷う。助けたら、力がばれる。見殺しにしたら、ちょっとした後悔は残りそう。でも言った通り、正直そんな大ショックとかはないだろうなと我ながら薄情な感じで己の将来像を予測する。山賊のおっさんたちでもそうだったし。
ただ、恩が売れたらおいしいっちゃおいしい。どうするか…。
「…助けらんねぇ、よな」
そんな捨てられた犬の様な目で見られてもなぁと思いつつ、なお考える。しかも、何かタイミング見たみたいに真下に差し掛かった人たちが囲まれた。
え、何君ら何か打ち合わせしたの?って聞きたくなるタイミングだ。私は重い重い溜息を吐いて、口を開いた。
「《ウィンドボイス》」
風魔法で声を届けるイメージで、私は尋ねる。
《そこの冒険者、手助けいる?》
「!?」
私の声が聞こえたのか、全員が視線を魔物に据えたまま、周りをチラ見している…っぽい。なんせ私の視力は普通。表情はあんま見えてない。
多分向こうからはしゃがんでる子供は見えないまでも、背の高いグランが見えたんだろう。リーダーらしい男がこっち見て叫んだ。
「頼む」
《じゃぁ、ここで見たことは他言無用。あと、私たちは訳ありだ。詮索もなし。それから、終わったらこっちの要求を呑め。以上の条件を呑むなら助ける》
「な、そんなこと言ってる場合!?」
女の人が何か叫んでるけど、条件提示は大切でしょ。ボランティアで危険冒すつもりない。
「おい、わざわざ訳ありって言うことか?」
「隠し立てしても仕方ないじゃん。もう、見かけからして怪しいんだよ、私ら。最初から堂々と言っとけば、逆に突っ込まれないかなって」
「こっちの条件は、闇魔術で契約すれば裏切る心配もない」
身に着けてる物のバランスが取れてないし、大男と子供2人連れがA級冒険者パーティーでも危うい危険区域にいたら、怪しんでくださいって全身で言ってるようなもんだ。私なら通報してる。お母さんなら子供に「見ちゃいけません」って言ってる。
「分かった。何でもする。頼む」
話し合いが終わったのか、大声で返った返事に、手を翳す。数の暴力だし、一気に魔法で片そうと思っていた私を制し、グランが首を振る。
「俺がやる」
「加減はしなね。谷ごと焼き尽くしたらダメだよ?」
「分かっている」
何となく文字通りの火の海にしそうなグランに注意して仕事を譲った私の耳に、それは聞こえた。
「《万物を焼き尽くす煉獄の炎よ。我が敵を駆逐し、灰燼に帰せ。エクスプロージョン》」
「厨二病~~~~!リアル厨二病だ!ものほんのエクスプロージョンだぁ!!!!」
痛い感じに詠唱するパターンの魔法を聞いたのはこれが初めてで、私はある意味感動に叫んだ。因みに、この瞬間天空に現れた魔法陣から放たれた炎の渦的な高等魔法よりそのこっぱずかしい詠唱の方に感動した。
「何に感動してんだよ」
「いや、ちょっと今私、過去一ファンタジー世界に来た実感したかも。エクスプロージョン言うた大人の人見て、獣人とか魔法とか魔物とか見た時より現実感湧いたかも。ちょっと感動。痛いね。チョー痛いね」
「な!?どこかケガをしたのか、カエデ?」
騒ぐ私に、グランがしゃがみこんで体をチェックする。
「いや、ケガはしてない。気にしないで。ところでさ、ホント大丈夫?」
下を覗き込めば、確かに殲滅できたっぽいけど、救護対象者も殲滅したっぽい惨状になっている。
「この程度であれば、自分たちで結界を張れるはずだ」
マップには、一気に減った赤点と一緒に、まだ青点があった。
「あぁ。うん。無事っぽいけど…なんか、ケガしてね?あの人等、ボロボロな感じになってね?」
遠目に辛うじて炎を防いだように見える人影が。回復役の人、ヒール使ってるように見えるのは私だけ?何か、殺す気かって叫んでる声が聞こえるのは私だけ?
このまま報酬貰わずにとんずらしようかなとも迷ったけど、行き先がルアークな以上協力(脅迫)してもらおうと思いとどまった。
■ カエデ ヤマシナ (6) Lv.7 女 ヒューマン
HP 58/70 MP ∞ SPEED 7
ジョブ:チャイルド
魔法属性:全属性 『初級魔法 Lv.100』『身体強化魔法 Lv.3』『治癒魔法(ヒール)Lv.100』『回復魔法(キュア) Lv.100』『完全治癒(リディカルキュア) Lv.100』『付与魔法 Lv.10』
スキル:『探索(サーチ) Lv34』『審眼(ジャッジアイ)Lv.27』『隠密 Lv.3』『逃走 Lv.4』『狩人 Lv.10』『スルー Lv.999』『万能保管庫(マルチアーカイブ)Lv.1』『ユニーク:絶対防御』
状態:『若返り』『闘神の加護』
称号:『異世界人』『怠け者』『食道楽』『料理人』『破壊魔候補』『自己至上主義者』
アイテム:奴隷[竜人:グラディオス]
所持金 56,780,450ユール
■グラディオス (179) Lv.326 男 竜人
HP 1,500/1,690 MP 2,190/2,690 SPEED 299
ジョブ:戦闘奴隷〔契約主:カエデ・ヤマナシ〕
魔法属性:闇・風・火属性 『古代闇魔法 Lv.X』 『上級風魔法 Lv.100』『特級火魔法 Lv.45』
スキル:『隠密 Lv.89』『剣術 Lv.97』『体術 Lv.100』『暗殺術 Lv.60』『従僕スキル Lv.80』
称号:『紫黒の死神』『始祖竜の末裔』
■ウォルフ:(9)Lv.13 男 獣人(狼属)
HP 60/125 MP 30/39 SPEED 194
ジョブ:孤児
魔法属性: 火・無属性『身体強化魔法Lv7』
スキル:『追跡術 Lv5』『噛千切 Lv5』『掻爬 Lv7』
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